第5話 ダンジョンは結構やばい物だった……


「着いたぞー」

 着いたという、ミラの言葉に立ち止まる。

 ここがダンジョンの入り口らしい。


 ―――その言葉に辺りを見回しても、草が生えてるだけで他には何もない。……謀っているのだろうか?

 しかし、どこをどう見てもダンジョンなんて存在しないぞ。いったいどこに着いたというのだ? 意味がわからん。


「……なんもなくね?」

「あ? あぁそっか。てめぇはダンジョンに来た事ねぇのか」

 訝しげな俺の質問に、イラッとした声をだした後、ミラは何かを納得したのか、1人頷く。……分かったのなら説明して欲しいのだが。


「そんな睨むなよ、いいか? こっから先に真っ直ぐ進んでみ? それで全部分かると思うぞ」

「いいけど、何があんだよ……」

 誰かが踏み鳴らした道が続いてるだけで、何もない道を彼女に言われた通り歩いていく、特にこれと言って変わった事は起きない。……これで何が分かるというのか? 

 示された方向に数十歩歩いた後、不思議に思った俺は後ろに振り返った。




「え……?」

 そこにミラはいなかった。いや、ミラどころか、先ほどまで続いていた道も消えている。まるで神隠しにでもあった気分だ。確かに先ほどまでとまるで変わらない程に似ている草原だ。

 しかし、道がない。

 ここは一応広場なのか、周囲を踏み均されている。いるのだが、あきらかに先ほどまでの道ではない。

 

 なに? どう言う事なの? 見捨てられた? 騙された? え、ホントにどういう事?

 突然の出来事に頭がパニックになる。

 まともに思考できない。

 考えが纏らない。


 この状況で見捨てられたって、まずくね? この辺ってモンスターだらけなんだろう? このままここにいたら襲われね? いや襲われても大した問題じゃないけど。俺、死なねぇし。

 だからって1人でこんな場所に置き去りとか、泣くよ? 俺ってば寂しいと泣いちゃうよ? …………なんか、取り乱した。うん、泣かないわ。別に1人でも泣かないわな。

 ぶっちゃけ1人暮らしで、何年もまともに人と話してなかったし。うん、普通に1人で平気だった。………長年ぼっちだったわけだけど、案外人と話せるもんだね。驚いたわ。……え? 普通に話せてたよね? ―――あ、だめだ。話せてない。思い返してみたら、出会って数分でバラバラにされたわ。




「てめぇは、1人で何してんだ?」

「ひゃい!!」

 突然掛けられた声に振り返ってみれば、呆れた顔を浮かべたミラがいた。


「えっちょっおまっ!?」

「落ち着けって。何かあったのか?」

 どうどう。と、まるで獣を落ち着かせるかのように頭を押さえられる。…………あ、なんか落ち着いてきた。


「お前、どこにいたんだ?」

「うん? なんだ理解してないのか。ここは異界だぞ」

「いかい?」

 なに、どういう事? ちょっと理解できないんだけど。誰か分かるように説明してくんない?

 期待を込めてミラを見つめていると、彼女は苦笑しながら説明してくれる。


「さっきまでいた場所とそこが境界線になってんの。つか、ダンジョンはすべて異界にあんだよ。おまけにダンジョンからモンスターが生まれるんだぜ? つか常識だろ?」

「……え」

 つまり………どういう事?


「お前……いい加減に理解しろ。いいか、ようはドアだ。そこに馬鹿でっかいドアがあんの。それも開けっぱの奴が」

 ……………………! 


「それってやばくねっ?」

「理解おせぇな……はぁ。まぁ分かってくれたと思うが、こっからモンスターがうじゃうじゃとオレ達の世界に侵入してくるわけだ。当然やばい、やばいってか一時期は本気で世界が滅びそうになったんだと」

「マジかっ? なにそれ、いつ世界が滅んでもおかしくないじゃん! 滅びそうになったって事は今もまずいんじゃねぇのか?」

「そうだな。でもそん代わり、ダンジョンでモンスターと戦えば強くなれる、モンスターを殺した際に、モンスターから零れ出る魔素って奴を吸収してな。それに宝箱だってある。ダンジョンからしかでねぇ武具や魔道具。稼ぎたい奴らは命をチップにダンジョンにくんだよ、そんだけの価値がある」

 そんな危険な場所だったの? 

 内心で驚いてしまう。

 もっとファンタジー感溢れるゲーム的なモノを想像していた。……魔素とかいう経験値的なモノを考えれば十分ゲームっぽいけど。でも、かなり殺伐としているのは分かった。


「つか、なんでお前は来てんの? ぶっちゃけ子供が来るような場所じゃねぇぞ」

「決まってるだろ。オレに出来る仕事なんざ戦う事だけだからだ、体を売るにしたって小さすぎて無理なんだよ。スリをするにもオレは街に出られねぇ」

「……なんで、街に出られないんだ?」

「はっ。スラムの住人が街をうろつけば、それだけで住人共に通報されちまう。そうすりゃあ喜んで騎士が来てくれる。なにせ、憂さ晴らしもできるは金にはなるわで、良い事尽くめだからな。即行で騎士に捕まんだよ。運が良ければそのまま売られる程度ですむ。悪けりゃその場で嬲られて殺されるな」

 救われる余地はねぇ。と悲しそうに呟く。……誰か、知り合いでも殺されたのだろうか。実際にありそうで聞けねぇわ……。


 この世界、どんだけ殺伐としてんだよっ。え、なに。俺達って街に出るだけで殺されんの? 生き辛いなんて話じゃねぇぞ。どれだけハードモードにすりゃ気がすむんだ……。鬼畜ゲー過ぎんだろ。



「―――おっ、早速お出ましだぜ」

「なにが?」

「おいおい、ここがどこだか分かって言ってんのか? ダンジョンだぞ、モンスターが湧いてくる場所なんだぜ? モンスターしかいねぇだろ」

 彼女は話しながら、ヒョイっと手首でスナップを利かせ、ナイフを投げる。……なにして―――


 ―――ドスッ

「ギィアアアアッ」

 悲鳴が聞こえた。いや、断末魔って奴なのか? なにせ―――


 ―――ナイフが投げられた先に、茶色の小鬼がいた。そう鬼だ。茶色の肌に腰布を巻いただけの奴、額に小さな角が生えていて、手には棍棒をもっている。しかし、全体的に小さい。子供サイズの俺といい勝負だ。

 ……いや、あれだろ。これはあいつだ。色んなゲームでおなじみの奴だ。


「な、なにこいつ?」

 確認の為に問いかける。

「知らねぇのか? こいつはモンスターの中でもクソ弱え雑魚、小鬼オルフェルだ」

「お、おるふぇる?」

 え、なんだそれ? え、ゴブリンじゃねぇの? 吃驚だ。まったくこれっぽっちも知らないんだけど……。


「まぁ、所詮は第一位階のモンスターだ。大した魔素はもってねぇ、額の角が売れるくらいで……ぶっちゃけ稼げない雑魚だ。そん代わり数は多いけどな」

 笑いながら蠢いてる草原を示した。広場から見える草陰が気持ち悪い程動いている。何かいるとかそう言うんじゃない。むしろ、モンスターがいない場所の方がなさそう。


「え、っと、なにあれ?」

 嫌な予感しかしねぇ。

 めちゃくちゃ動いてるんだけど! 昔見た、蟻の大群を思い出した。あんな感じで動いてた。数が多いと、妙に草葉を揺らしてあんな風になるんだよなぁ。


 俺が現実逃避をしている間に、ミラは小鬼からナイフと角を回収していた。……て、手馴れている。見事な手際だった。ナイフをあっさりと抜き、飛び出る血を無視して角を抉り採る。……血に慣れているわけだ。

 ほらっ、と言って角を投げてくる。袋に入れておけ、という事だろう。まぁその為にいるようなもんだし。

 

「オレは適当に雑魚を狩ってくるけど、てめぇはどうする?」

「あの、この棍棒貰っていい?」

 子鬼の死体が握り締めている棍棒、これがあれば俺も戦えるだろう。……そんな気がする。あくまで気がする程度のものだけど。少なくとも、無手よりはマシなはず。つかこんな場所で無手は嫌だ。小鬼達に一方的に殴られそうだ。

 

「いいけど、どうせもって帰っても買い取ってくれねぇしな」

「おおっありがとう!」

「んじゃ、後でここに集合な」

「え、集合って―――いねぇ!?」

 それだけ言い残して、颯爽と草原の中に突っ込んでいった。

 

 ……どうやってここまで戻って来いと? ぶっちゃけ周りは草木のみで、目印になる物が何一つない。マジでどうすればいいの? つかアイテムの回収できないよ? 何の為に俺を連れてきたの? いや、元々は1人でやってたわけだし、別に問題はないんだろうけど、たぶん帰りに持たされるのだろう。

 しかし、ここから下手に動いて迷子にでもなったら最悪だ。ここに戻ってくる術が俺にはない。ホントにどうしよ…………食われたくないなぁ。


 ギザギザとした歯をもつ子鬼を見つめ、食われる事を想定する。だってこいつら、間違いなく肉食でしょ? じゃなきゃ肉を食い千切る為に必要そうな歯はいらない。


 いや、食われたって治るだろうけど。

 問題は、食われながらでも治るのか? って事だ。そもそもどう言う基準で治り始めるのかが分からない。

 毎回、治るまでに多少の時間が掛かっている。確実に治る事は間違いないけど。つまり、食われながら治ってまた食われての繰り返しにでもなんのかな? ……それってつまり、無くならない肉とでも思われない?


 嫌な想像に顔が青くなるなんとしても捕まる事だけは避けよう。人型を殴り殺すって、妙な抵抗感があるのだが……そんな事は言ってられない。少なくとも、毎日奴らの飯になるよりは―――奴らを殺した方がマシだ。


 棍棒を強く握り締めて、覚悟を決める。一般人だった俺でも、化物みたいなスキルがある。大丈夫、戦える。そうだ、実家で見た牛を絞めるところを思いだすんだ。あれと同じで、これは戦いではなく屠殺と一緒だ。


 自分にそう言い聞かせていると、


「ギィ」

「ギイイ」

「ギギ」

「……わぉ」

 言い聞かせる事に夢中になっていたら、草陰から3匹の子鬼が出てきた。……嘘でしょ? 1匹だけでも持て余すよ? それが3匹同時って、何の嫌がらせ? そもそも、狩れるかどうかも怪しいんだけど………。


 俺を囲むようにして現れた3匹は、どうやら俺を獲物と判断したようだ。

 こっちを見て涎を垂らしているから、間違いない。……俺ってばそんな美味しそうに見えちゃう?



「「「ギアアアアア」」」

 それぞれが雄叫びを上げて、一斉に襲い掛かってくる! 凄い迫力だ。これが生で感じる殺意というモノなのか……!

 驚きを感じながら、ため息を吐き出す。そして、


「ふっ、俺に避ける術など―――」

 ない。と言おうとして、衝撃が襲う。


 体中を襲う歪な感触。

 痛い、という概念はとっくにない。ならば、ぶつかった際に訪れる感触はどんなものになる?

 簡単だ。麻酔した状態で触られた時と一緒の感覚。

 何かがそこに当たっているのに、違和感しか感じられない奇妙なモノ。だが、バランスが崩れ地面に倒れ込む。その衝撃で棍棒が手から離れる。


 奇妙な感覚、それが頭と右手と左足に感じる。そのうえ、右目が上手く見えない。たぶん、潰れた。


 ―――うへぇ、気持ちわりぃ。

 右手が動かないので、左手で頭を触ってみると―――ぐちゃっとした感触が伝わってくる。左手を左目の前にもってくると……大量の血と、なにかピンク色の物が付着している。……これって、まさか―――


 ―――思考を放棄する。

 考えたくない。と言うか、頭が半分潰れたくらいでは意識を失わないのか、新発見だわーい! ……無理無理無理っっっ!!! 誤魔化せないって! 妙にテンション上げても誤魔化しは不可能だって!! 脳漿だよっ。地面にぶち撒けられたのは俺の脳味噌だよっ。おいこら!! そこで何を満足気な顔してんだよっ。おめぇらの表情なんてわかんねぇけどなっ。


 どこか満足気に頷いている子鬼達。アジが未だ倒れても死んでいない事に、気づいてすらいない。どうやら、結構あれなおつむをしているらしい。……獲物を仕留めた勘違いしているのだろう。事実、アジでなければ死んでいたので間違っているわけではない。しかし、獲物が死んでいるかどうか、それくらいは確認するべきだった。


 ぱんっ。


 青い光を放つ泡がはじける。はじける。はじける。

 変な方向に曲がっていた右手が正常に戻り、半ばから千切れていた左足はあっさりと治り立てるようになる。視界も回復した。頭を触っても髪と硬い頭蓋の感触があるだけで、血の痕すらない。



 ……さて、どうしてくれようか。獲物の配分を決めているのか、ギャアギャア喚いている3匹―――今なら確実に1匹は仕留められる。それだけ隙を晒しているのだ。いっそ狩ってくださいと言ってるようなものだ。

 普通は仕留めた獲物を警戒する、なんてアホな事はしない。だが、確認すらせずに仕留めたと勘違いしている馬鹿なこいつらに仕返ししないと、俺の気が済まない。


 こちとら、頭を化物に潰されても温厚でいるつもりはない。人が相手なら理性が働くけども、こいつらの顔はどう見たって人じゃない。鬼としか表現できない化物の顔だ。


 アジが揺らりと立ち上がる。その際に棍棒を拾い上げる。結構大きな音を発てたのだが、3匹の小鬼は気付かない。


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