第4話 この世界は俺に厳しすぎる!
落ちていた意識が、次第にはっきりしてくる。
……どうやら、首を斬り落とされるくらいでは死ぬ事がないらしい。驚きだ。呆れてしまった。
確認してみれば首と胴体が再生している。
いや、再生したから意識が戻ったのか? まぁどっちでも大差ないか。治る事には変わりないし。
にしても、心臓潰されても平気だったし、首落とされても死なねぇってんならこれはもう完全に不死だな。
どうやっても死なないんじゃね? 後死ぬ可能性があるとしたら全身が潰れたり、燃えて炭になったり、水の中で窒息したり。……やーそれでも再生しそうで怖いな。うん、死ななそう。
「―――やっぱり、死なねぇんだ。分かってたけど」
目の前で、残念そうに呟く彼がいた。……人が生きている事を残念がらないで欲しいな。むしろなんでバラバラにしたの?
ぶっちゃけ、部屋中が血だらけで大変な事になっているぞ。
つか、人の体を気楽にバラバラにしないでもらいたい。
今の俺は腕もなければ足もない、けれど何もないのに痛くないこの気持ち悪さ……尋常ではないんだぞ。ホントに気持ち悪い。この違和感、いつになったら消えるのか。
我ながら、なんで気が狂いそうにならないのか不思議でならない。
これもスキルの効果なのか? ……だとしたら、精神までもが人外になりつつあるって事か。
「……………みたい、だな」
バラバラにされた切断面が、ぼこぼこと青い光を放ちながら泡だち―――ぱんっと泡がはじけると、なくなっていたはずの腕や足が元に戻っていた。なるほど、こうやって再生するのか。
「うはっ、気持ち悪っ」
「あんた、ホントに人間か? モンスターの類じゃねぇだろうな」
「人間じゃねぇかなぁ。たぶん、そうだと思いたい」
ほら、見た目は人間っぽいし。見える範囲では普通の人間と変わらない。……ちょっとだけ回復力がおかしいだけで。
……自分でも自信が無くなってきた。スキルの効果だと分かってはいるが、どうにも自分の体が化物になったとしか思えない。事実、化物とそう変わらない。
「結構ショックだ……」
俺自身で選んだスキルだ。
だけど、いざ現実になってみると気持ち悪さと倫理観の拒否反応が酷い。いずれは慣れるのかもしれないが、慣れたら慣れたで嫌だ。
「まぁいい。君の名前はなに? いい加減教えろって」
「ああ? オレの名前? ミラだ」
……えっ。
「ちょっ、おまっお前は女かっ?」
「そうだよ」
「おう、なんか、すっごい微妙な気分。……化物とかどうでもよくなってきた。なんでまた、男みたいな喋り方してんの?」
人間、驚くべき事態に遭遇すると自分の悩みがちっぽけな物に感じるって言うけど、あれマジだったんだ。自分の体とかどうでもいいわっ。どうせ自分で望んだモノだし! むしろこいつが女だって事に驚きだ。
声は高いっても子供特有のものだし、見た目もボッロボロのガリッガリで女らしさなんて欠片もない。いくら子供って言っても、女か男かくらいは分かる年齢だと思うのだが、こいつはどう見ても男にしか見えない………俺の目が節穴なのだろうか。
「決まってるだろ、こんな場所で生きてんだ。女らしく振舞ったら、3日と経たない内に奴隷商の店に並べられてる」
「そ、そこまで治安が悪いのか……」
顔が引き攣る。
そこまで治安が悪いのに、国は何もしないのか? 犯罪の温床にしかならないと思うんだけど。そんな場所。
「治安? 馬鹿じゃねーの、ここはディパルス王都のスラム街だぜ? 治安を守ってくれる騎士様は俺達の敵だぞ。見つかれば斬り捨てられたって文句を言えねぇ立場にいんだ、オレ達は。自覚しろ、オレを守ってくれる大人なんていねぇ」
「えぇ……」
ドン引きだ。
騎士って、子供とか姫様みたいな弱い者を守ってくれる存在じゃねぇの? 聞いてる限り、この世界の騎士はすべて悪逆非道の存在にしか聞こえないんだけど。なに、理想はあくまでも理想って事なの?
「―――おい、まさかとは思うが……御伽噺の類を信じてるって言うじゃねぇだろうな。いいか、ドラゴンに攫われた姫様を助けに行く騎士なんて存在しねぇ。それどころか、暇すぎて騎士連中にゃあスラム狩りって遊びがあるくらいだぜ」
うお、聞きたくない名前! 絶対に嫌な出来事だろ。間違いなく暇潰しでしていい遊びじゃない。間違いなく不吉そうな名前だ。
つかスラムで狩れる奴なんて……う、うぁ、想像したくねぇ。
「い、一応聞くが。それってどんな遊びだ?」
ミラはにんまりと口角を吊り上げ嗤う。
「簡単なルールだ。まず狩る為の場所・範囲を決めて、次に時間と獲物の得点数を決めるんだ。二つを決めたら狩りの始まりだ。決められた範囲内で誰が一番スラムの住人を斬り殺し得点を稼げるかっていうルール、そして決められた時間内で得点を競う。っていうクソな遊びだよ」
「いやいやいや、いくらなんでもそれは―――嘘だろ……」
「残念ながら、月1でやってくるな」
真顔になってそう告げるミラ。どうやら冗談ではなさそうだ。
俺の中にあった騎士像が木っ端微塵に破壊された。ハンマーで木製の騎士を粉砕していくミラのイメージが脳裏を掠めた。
三騎士とか九偉人とか、めっちゃ好きだったのにっ。
そんなイメージが次々と掻き消えていく。
代わりに、子供を嬉々として殺戮していく騎士を思い浮かべてしまった。
「そんなわけだ。いいか、騎士を見たら即座に逃げろ。絶対に立ち向かおうとするな関わるな。それがスラムで生きる者の鉄則だ」
そんな話を聞いて、騎士に会いたいと思える気力は俺にない。
「分かった。……ミラって、案外面倒見いいんだな」
見知らぬ俺にそんな忠告をしてくれるなんて。……いや、さっきバラバラにされたばかりだけど。バラバラどころか首チョンパされましたけどね!
あれ、良い奴じゃなくね? 隠れ家にいた俺が悪いんだけど、でも普通バラバラにはしないよね? せめてとっ捕まえて情報くらい引きだすよね? それとも、ここでは敵を見つけたら即デストロイが当然なのか? ……スラムで生きてる子供ってのを考えれば、あながち間違ってなさそうなのが困るな。
「そんなんじゃねぇよ。お前に隠れ家を知られちまったからな、お前が下手に捕まっても面倒なんだよ。ここが見つかる、なんていう事態は避けたい」
渋い顔でないない、と示している。
「そ、そうか。あ、もう一つ聞きたいんだけど」
「まだあんのか」
「さっき消えたけど、何だったの?」
あれには驚いた。……直後、もっと驚く事が起きたのでそれどころじゃなかったけど。いや人生で一度しか味わえないはずの死を、何度も繰り返し強制的に与えられた。
「スキルに決まってんだろ」
「お、おう」
教えねー、と目で語っている。問い詰めても無駄だろう。先にこっちの体がバラバラにされるだけだ。
まぁ俺も教えなかったし、いや俺の場合教えたくとも教えられなかったんだけど。だってどんなスキルなのか……俺にもわからないんだって。
「で、これからどうするんだ」
「どうするってもなぁ、逃げるのに必死だったから、何も考えてねぇや」
「おいおい、どうやって生きてくつもりだったんだ」
ミラは呆れたとばかりにため息を吐き出した。
いやあ、俺だって呆れたいよ?
スキルもらって難易度ベリーイージーだと思ってたのに、いきなり子供にされた挙句スラムからの強制スタートって、ベリーイージーどころかハードだよっ。ベリーハードだよっ。ついでに言えばやり直しなしの一発勝負っ! むしろこっからどうすれないいの? 誰か教えてくれよっ。
スラムでの生き方なんて知らないし、子供じゃ出来る範囲が少ない……少なすぎるんだ。何も出来ない可能性の方が高い。
そもそも不死系の力を取ってなかったら、あの場に留まり逃げずに待っていれば最初の遭遇でデッドエンド。助かる余地はない。なにせ、意識が戻ったら即行で戦闘態勢に入ったし。そのままざっくりやられました。
もし逃げだしたとしても、俺がスラムで生き残れたとは思えない。こちとら日本の都会暮らしの男だ、いきなり異世界でスラム生活を送れって言われてもなぁ。出来る事がない。大人のままならいくらでもやりようはあったのだが……愚痴を言っても仕方ないのだが、言わないとやってられない。
それにしても、マジで不死系取っておいてよかった。
これを取ってなかったら即行で死んでた。
たぶん2日ともたなかった。その確信がある。
少なくとも今日1日で数十回はやられた。それも1人の少女に寄ってだ。この世界、危険すぎない? それとも、俺にだけ厳しいの? スキルって凶悪すぎるでしょ。
「あー、なんだ、よければでいいんだけど、スラムでの生き方を教えてくんない?」
「嫌に決まってるだろ」
即行で断られた! まあ当たり前だよねっ。ここまで不審者な俺を助ける意味なんてないでしょうし。こいつ的には、騎士かストックとやらに俺が捕まりさえしなければいい。と思ってそうだ。
「どうしても?」
「どうしても、だ」
「どんなに頼んでも?」
「何があっても断る」
ダメかぁ。
「あ、盾になるよ。俺死なないし」
「……1人でダンジョンにでもいけよ。死なねぇなら生きてく金くらいは手に入るだろ」
「だんじょん?」
なにそれ、すっげぇ楽しそうな響きがあるんだけど。この世界ってゲーム? ゲームだよね? むしろゲーム以外に思いつかない。
戦って深層に潜っていけばいいの? 宝箱とかある? あったら貰っていいのかなぁ。いいなら、男解除で手に入れられるのに。
「穴の開いた城壁から抜け出して、近くのダンジョンにでもいくか、近場の草原にうろついてるモンスターでも狩ってこいよ」
「おお、ダンジョンってそんな近くにあんのか」
「歩いて3時間くらいだ」
「お、おぉ?」
それは近いと言えるのだろうか。まだ日本での感覚が抜けてないから遠くに感じるだけだ。実際、そこまで遠くない。車で30分掛からないぞ。
「なんで、そんなに詳しいんだ?」
「オレが狩りに行ってるからな」
「おお! 一回付いていっていいか?」
「あー…………一回だけならいいぞ」
しゃっ。了承もらった! 上手くいけば、これで生きていく術を身に付けられる
かもしれない。最悪、スラムで生き残れる強さが手に入るなら問題ない。
「いつ行くんだ?」
「あしたの朝だな。適当にモンスター狩ってダンジョンに行くから」
「それは楽しみだ!」
「楽しくはないと思うぞ……」
ミラは、寂しそうにそう呟いた。
王都から出て、早1時間。
俺達は草原を歩いていた。
時間の感覚は太陽の角度で見ているらしい。俺にはいまいちわからないが。
「なぁミラ」
「なんだ」
「モンスターなんて一匹もいないじゃねぇか」
周囲を見渡しても、身長の半分くらいもある草が生い茂ってるだけでモンスターは見つからない。
「あ? モンスターだぁ? そこら辺にうじゃうじゃいるじゃねぇか」
「え」
その時、近くの草がガサッと揺れた。
あきらかに何かがいる動きだった、てか風は吹いてない。動く理由なんて生き物くらいしか考えられない。
―――ガバッ
「あぶねぇぞ」
草から飛び出して来たモノを、前を歩いていたはずのミラが後ろにいたはずの俺の後ろに飛び出てナイフで斬り捨てた。……ど、どうやって移動してるんだよ。
真っ二つになったモノがべちゃりと地面に落ちる。
「ほれ、それがモンスターだ」
ミラの言葉に確認しようと見てみれば……
……原型が分かり辛いが、額に角の生えた兎だ。どう見ても兎だ。角あるけど。…………………………俺の倫理観、薄れてね? 二つに分かたれて内臓を撒き散らしている兎を見ても「角生えてるな」くらいしか思えない。……やはり、精神の異常もスキルの影響と考えてもいいはず。
―――え、なに。俺、あの角で刺されそうだったの?
「モ、モンスターって危ないのか?」
「はっ今更だな」
鼻で笑い、再び先に歩いていく。
なんで飛び出してきたモンスターに気付いていたのか、ミラの
スキルが気になるところだ。
俺をバラバラにしたり、消えたり、モンスターを把握したり。多才だなぁ。
つか、普通なら今ので死んでたよね。
このサイズの角であの速度なら、余裕で肉体を貫きそうだ。狙ってきたのは胸だったし。確実に仕留めに来てた。
「あ、ありがとう」
「気にするなよ、てめぇはどうせ死なねぇんだろ。あぁその死体を袋に入れといてくれ」
「あ、ああ」
カッコいいなっ。なんなのこいつ? なんでこんな男前なの? ホントに女なのか? 惚れそうなんだけど。
「朝に貰った袋に入れればいいんだよな……」
半分になった角兎を、それぞれ袋に詰め込む。
け、結構重いな。いったい何キロあるんだ?
というか、小さい袋だから角兎一匹だけしか入らなそうだ。同じ袋を後、三つ渡されてるんだけど、俺1人で持てるかなぁ。いや、もつ事が連れて来てもらう為の条件だったから仕方ないんだけど。
「な、なあ」
「てめぇは黙って歩けないのか? で、今度はなんだ」
「モンスターって、他にもたくさんいるんだよな……?」
「いるな。それと同じのが、少なくとも10はいる。それ以外にもいくつかの種族がいるっぽい」
「じゅっ」
ふ、普通の人間が出歩ける場所じゃねぇな! 地雷原じゃん。もはや敵地じゃん。よくそんな場所を涼しげに歩けるものだ。
踏んでも爆発しない代わりに、モンスターが出てくる、と。むしろ地雷原より危険かもしれない、だってアクティブだし。普通に襲い掛かってくる。
愕然としている俺を置いて、ダンジョンを目指して歩いていく。
「ま、待ってくれっ」
「おせぇんだよ、手早く詰めろ。いつモンスターに襲われるか、分かったもんじゃねぇ」
「分かった」
確かにミラの言うとおりだ。ここは戦場と言っても過言じゃない。一瞬の油断が命を奪う、どころか油断してなくても殺しにくる。恐ろしい場所だ。……不死の俺としてはどうでもいい事だ。
怖くもなければ、恐ろしくもない。そもそもだが、俺は死なないのだ。何を恐れろと言うのだ?
太陽の角度が傾き、俺達はダンジョンへ近づいていく。
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