海賊乙女と英雄騎士④





 どうしても護りたいものが、世界にとって排除すべきものだったとき、ほかの人はどんな道を選ぶのだろうか。


 最初にクレアの視界に映ったのは、重苦しい石の天井だった。


 湿った空気とざらついた感触。すぐさま黴臭さが鼻につき、横たわっていた石床の埃っぽさに身を起こす。ぐらつく視界の中には、頑なな鉄の格子が見えた。

 どうやらここは牢獄らしい。それを認識するやいなや、囲いの外側にくだんの黒騎士が立っているのに気付いて身構えた。


 宝石のような青い瞳は暗い光を帯び、彼の整った顔立ちにいっそう冷たい印象を与える。先ほどと変わらない黒の出で立ちでクレアを見下ろしてくる彼はやはり美しい容姿だが、今度は黙って見惚れるつもりもない。クレアは眉根を寄せたあと、その騎士を強く睨み付ける。


「――ふたりをどうしたの?」


 すると、騎士は面倒臭がっているのを隠しもしない素振りで声を落とした。


「桟橋にあのまま捨ててきた」

「え?」

「用があるのはお前だけだ。ほかの連中がどこに逃げようとどうでもいい」

「どうでもいい、って……」


 あんまりな言いように呆然とする。


 この男は騎士として海賊を捕らえに来たのではないのだろうか。思考が追いつかずにただただ見上げていると、彼はひとつ舌打ちを散らした。それでクレアも気を取り直し、現在の状況を探るべく口を開く。


「ひとりはさびしいわ。処刑台にはあなたがエスコートしてくれるのかしら」


 堂々と言い切ってみせながらも、さり気なくドレスの腰元を探った。

 クレアのドレスには縫い目に切れ込みが作ってあり、ポケットの要領で武器を隠している。しかしそこにあるはずの銃や舶刀の感触はなく、どうやら奪われてしまったらしい。


「素直に受け入れるつもりもねーくせに、物分かりの良いふりしてんな」


 青年は言い、「連れ出せ」と傍らにいたふたりの騎士に命じた。

 彼らに両手首を縛り上げられたあと、クレアは無理やり外へと引き出される。青年はそのままこちらに背を向けて、牢の出口へと歩き始めた。


 付いて来いということらしく、騎士たちにも促されて渋々その後ろへ従う。どうにか逃げる算段がつけられないかと見渡すが、長い廊下には残念ながら窓のひとつもない。


 仲間たちは無事だろうか。桟橋に倒れたふたりだけでなく、王女の船を襲った面々の安否も気に掛かる。


 そもそも、この男が最初からクレアの正体を知っていたのは何故だろう。

 振り向きもしない青年の後ろ姿を見遣れば、彼の立ち振る舞いは位が高い人間のそれを思わせた。剣の腕だけ立つ傭兵ではない、正真正銘の騎士なのだ。紛れもない敵が、どうしてクレアの仲間を置いてきたのだろうか。


「隙を窺おうとしても無駄だからな」


 振り返りもせず言われた言葉に、こちらも素直にむっとする。


「じろじろ見てしまってごめんなさい。騎士の方なら貴族さまでしょうに、何処から私たちのように口さがないお言葉が出てくるのかしらと興味があってつい」

生憎あいにく半分は庶民の血だ。言っとくが間違っても馴れ馴れしくするなよ」


「ご、あ、ん、し、ん、を」


 好んで近寄るつもりもなく、敵意を込めて言い放った。

 やがて大きな扉の前に立たされる。


 純白に竜の翼を象った金縁の装飾が施されている、両開きの扉だ。後ろを歩いていた騎士が扉の両脇に立ったことから、この先が処刑台でもおかしくはない。身構えていると、青年は躊躇なくその扉を蹴り飛ばした。


 足で扉を蹴り開けたのだ。


 本当に、見た目にそぐわない真似を突然するのはやめてもらいたい。思わずぎょっとしてしまうのだが、扉の向こうからも窘める言葉が聞こえてきた。


「こらあ、めっ。お行儀が悪いですよ、アドルフ」


 落とされたのは鈴のような声である。


「アドルフって……」


 どうにも聞き覚えのある名前だ。剣の腕前からまさかとは思っていたが、予感はこのとき確信に変わった。


「あなたがあの、アドルフ・フォード?」


 それは英雄騎士の名だ。

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