第12話 中秋の宴


 この山の何処にこれ程の妖化しが居たのだろう。

 日頃はしんと静まり返っている広場に、今宵は蛍のような鬼火が漂い。その柔らかな光の下、行き交う者や座り込んで話す群れを照らし出した。


 たいそう賑やかな雰囲気のなか、列の緩やかな流れに乗り、宴の開かれている広場へと運ばれていく。

 白嶺と黒嶺は、見るもの全て珍しいといった様子で落ち着きなく辺りを見回した。


「お晩です」

「いい月夜ですなぁ」


 年に一度のこの夜は、立場の違い、力の違い関係なく、月読命に習って見知らぬ者のあいだにも親しく挨拶が交わされる。初めは緊張の面持ちで挨拶を返していた姉妹も、時が過ぎ、列が短くなるにつれ、慣れてきたのか自分の方から声をかけるようになっていた。


 行列の順番も終わりに近づき、目の前が開けてくる。

 広場を大きく囲うように、紺色の臼絹で織られた長い幟(ノボリ)が幾つも立てられている。ときおり吹く風に緩やかに大きく膨らんで棚引くと、篝火の届かぬ宵闇へ融けるように見えなくなった。それでも、金糸や銀糸でなされた月の刺繍が、星の瞬きのように僅かに光を放つ為、何処にあるか見定める事が出来た。


 ここそこに立てられた篝火のほか、中央に盛大な焚き火がたかれ、その炎を遠巻きに囲うようにして大妖や神が座って酒盛りをしている。姿は様々で、大きい者、小さい者、一目で妖化しと分かるような獣の姿をしたものから、人と見紛う者までいる。皆それぞれに着飾って大変煌びやかな百鬼夜行を見ているようだ。


 数人の見目麗しい天女が火の傍で優雅に舞っている。

 まるで己の影と踊るかのように軽やかな足の運びである。身に纏った小さな鈴の飾りが、身を翻す度にチリリと涼しげな音を響かせた。笑みを含んだ口元が艶然と揺れる炎に照らされる。


 とうとう白嶺の番がまわって来た。

 篭の中のお団子は数えるほどしかなくなってしまったけれど。それでも愛しの君に捧げられると思うと胸が高鳴る。黒嶺の方をみれば、最初よりだいぶ豪華になった花輪を持ち直して、誇らしげに笑みを浮かべていた。


 天女の舞う焚き火よりも奥、臼絹で天蓋が張られた上座の中央に月読命が鎮座していた。お社様に酌をしてもらい、愉しそうに歓談に花を咲かせている。


 白嶺も黒嶺も、この時初めてお社様を見た。

 以前、この山に棲む許しを得ようと社へ出向いたときは、御簾の奥にいたため姿は見えなかったのだ。


 重蘰より少し背の低い女神は、雪のような白髪を地に引きずるほど長く垂らしている。口元は布で覆われている為、顔の全体を見る事は叶わなかったが、透けるような肌に時おり光る新緑の萌え立つような瞳が遠目に見ても美しかった。

 今は秋であるせいか、濃淡のある紅葉を幾重にもつなぎ合わせたような薄物を羽織っていた。鳥の羽根のようにも見える。後ろ姿はさながら紅葉の深い山に白滝の流れる様である。


 その横に青い筒袖のキヌをまとい、揃いの衣袴と言った、古来の神そのままの服装をした月読命が座っていた。杯を持つ手に連なる手珠や、胸元を飾る頸玉クビダマ、細やかな銀鎖ギンサの揺れる冠に篝火の光が反射して煌めくさまは丸で一服の絵のようだ。


 白嶺たちの前に並んでいた妖化しが、月読命に深々と頭を下げて辞すると、傍に控えている天人が姉妹を見て頷いた。もう来てもいいよと言う合図なのだろう。

 分かってはいるのだが、近より難いほどに神々しい姿に足がすくむ。


 なかなか現れない最後の者に、お社様もこちらへ顔を向ける。青ざめそうなほどの緊張の面持ちで、こちらを見詰める兎の姉妹に、思わずと言ったようすで笑い声をたてた。目元を綻ばせて手まねいている。


「姉さま、お社様がうち等を呼んでる」

「うん。此処まで来たのだから行かなきゃダメよね」


 山神の優しげな姿に励まされ、姉妹は覚悟を決める。

 このような機会はもう二度と訪れまいと、自分を鼓舞して広場へ足を踏み出した。


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