第4話 贈り物
日時は刻々と迫っているのに、肝心の捧げものが決まらない。
社の中庭に、ちんまりと二羽の兎が正座をしている。
背筋を正し、その顔は真剣そのものだ。
その二羽の視線が向かう先、豪奢な友禅の着物に袖を通し、艶やかに結い上げられた黒髪へ技巧をこらした繊細な簪を挿した女人が枝に腰かけている。まるで浮世絵から抜け出て来たように、端正な顔に困惑の色を浮かべていた。
「で、また聞いて来いと?」
「はい……どうしても。どうしても知りたいんです」
「いい加減におしよ。お社様だって暇じゃないんだし、あたしだって正直そんなものに興味無いよ」
御神木の精、重蘰は本来この姉妹に甘いのだが、もう何十回と繰り返されている問答にいい加減うんざりしていた。
質問の内容は全て同じ『お月さまの好物は何?』である。
「お酒、穀物、新鮮な魚、季節の山の幸に綺麗な花。全部教えてやったろう? これ以上は知らないね」
「でもでも、皆が全部用意しているんだもの。」
「皆が用意してない物が良いの」
「付き合いきれないねぇ……」
声をそろえて訴えて来る、このかしましい兎の姉妹のお喋りに、重蘰はぐったりと首コウベを垂れた。『自分で考えな!』とうとう痺れを切らしたようで、質問をぶん投げて返すと本体の樹木へ退散してしまった。
しょんぼりと耳を垂らし、俯く二人の頭上へ笑い声が降って来る。見上げれば、いつの間にやら鵺雷が傍に立っていた。
「やり込められて逃げ出す重蘰を見るなんざ何十年ぶりだ? お前らすげぇな」
可笑しくて堪らないようで、ニヤニヤが止まらない。
彼にしては珍しいくらいの笑い顔なのだが、いかんせん本性が狼である。笑い顔にすら凄みが滲む。
鋭い目に見下ろされて兎の姉妹は思わず手に手を取り合った。重蘰と話している様子から、悪い人では無いと分かってはいるのだが、未だ獣の性が抜けきらない白嶺と黒嶺である。彼の前ではつい構えてしまのだ。
「あいつがまだ教えてないお供え物のこと知りたいか?」
「え? ほんとう!」
「知りたい!」
重蘰が教えてくれなかったお月さまの好物。
そんな話題に釣り込まれて、兎の姉妹は狼の前へまんまと寄って行く。
野生の世界であったなら、即刻弱肉強食のなんたるかを知らしめられる状況である。しかし、計り知れないほどの歳月を経て、もはや獣の肉を食らう事の無い御使いは、その姉妹の様子を微笑ましく見守るのみであった。
期待のこもった澄んだ瞳に急かされて、鵺雷は白嶺にそっと耳打ちをする。
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