第3話 愛し君
重蘰はがっかりしたように頬杖をついて深い溜め息をはく。
これからこのちっこい妖化しを泣かせるかと思うと、憂鬱な気持ちになった。
何にも知らない二羽の妖化しは、愛し君が何者なのか知りたくて、期待に輝く瞳で重蘰の答を待っている。
「白嶺、お前の想い人の名はね。月読命というんだよ」
「つきよみのみこと?」
「そう、お月さんの神様さ」
白嶺と黒嶺が手を取り合って、嬉しそうにわぁと声をあげる。
「だから白嶺は、夜なると空を見上げていたのね」
「知っていた訳じゃ無いのだけれど、あの方に似ている気がしたの」
きゃあきゃあと恋の話に花が咲く。
その無邪気なようすに、重蘰は諦めろと言い出せない。
日の本に八百万の神がおわす中、代表する三貴神の一人だとわかっているのだろうか?
「次はいついらっしゃるの?」
白嶺の弾む声が、重蘰を物思いから引き戻す。
駄目だ。これ以上幸せと現実の落差が大きくなる前に、この子に教えてあげなくちゃ!
「その事なんだけどねぇ......」
重蘰が苦い話を切り出そうと重い口を開いた時、社の奥で歓声が上がる。話を中断され思わず振り返れば、本殿から渡り廊下へ御使い達が足取りも軽くどやどやと流れてくる。
その群れのなかにいた鵺雷が、重蘰のもとへ駆け寄ってきた。いつも厳しい顔をしている彼にしては珍しく、口許が笑っている。
「騒がしい。なんの騒ぎだい?」
「今年の仲秋の宴は、うちの山ですることに決まったらしいぜ」
重蘰の後ろに隠れている兎の妖化しに気が付き、鵺雷が頭を撫でてやる。白嶺がビクッと身を震わせて目を瞑った。わしわしと大きな手に撫でられて首をすくめる。
「お前ら初めてだろ。仲秋の宴に出るの。お偉い神さんや大妖が一同に揃う姿が見られるぜ」
「あの、その宴はどういったものですか?お祭りなの?」
黒嶺もちょっと彼が怖かった。
それでも好奇心旺盛な彼女は、鵺雷の言った『仲秋の宴』が何か知りたくて怖々話しかけてみる。狼の目に射竦められて耳を伏せた。
「まぁ、そう怖がるな。兎は俺の口に合わねぇから」
目を見開いて石化する二羽の兎を鵺雷が面白がっていると、重蘰に頭を叩かれた。『本気にするから、からかうんじゃないよ』と怖い顔される。謝罪のつもりなのか、鵺雷は宴の内容を至極丁寧に教えてくれた。
彼によると内容は以下のようだ。
お月見の日、仲秋の名月として人々から拝まれる月読命に、休憩をとって頂くため、山の神はその嶺に月を座らせてあげるのだそうな。
その時月読命を囲んで、盛大な酒宴が開かれる。
この持ち回りは不公平にならぬよう、山並会で順番に回す習わしだ。そして今年はお社様の番らしい。
その一晩だけは無礼講となっており、上下関係なく月読命の御前に捧げ物をしてよいことになっていた。
ようするに、立場の弱い妖化しにも、月の神と直に言葉を交す千載一遇の機会が与えられるのである。
それを聞いた二羽の兎は色めき立った。
あの方にまた会える。しかも言葉を交わせるかもしれない!
「姉さま!これは頑張らねばなりません!」
目を見合わせた姉妹は力強く頷き合う。
ヤル気満々な様子で鼻息も荒く、両手を握って小さな拳をつくっていた。
「宴はこの次の望月の夜だ。頑張れよ」
「はい! 頑張ります!」
あぁ、何て事してしまったんだいこの人は。
高根の花、雲の上のお人。それに気が付いた時、希望を持たせただけ深く傷つくかもしれない事をこの男は分からないのだろうか?
心の機微を汲みとれない奴め。
重蘰は、白嶺の恋心を焚きつけてしまった鵺雷が憎らしくなって思いっきり抓ってやった。御神木に恨まれた訳が分からず驚いた顔をしている彼に、重蘰は怒ってそっぽ向いて見せる。
すると鵺雷は何を勘違いしたのか微笑んで「心配すんな。チビに興味ねぇよ」等と小声で囁く。漆塗りの木下駄でつま先を踏んでやった。
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