王都潜入

「寝言は寝て言うのだな」

「なっ!」

王都からの使者のおっさんは顔をゆでダコのように真赤に染め上げてこちらを睨みつけてきた。

宰相の腰巾着らしいとレイリアさんが言っていたが、どうも王都の外に目を向けるのが苦手のようだ。王宮の中の序列で全て押し通せるとか妄想の中に生きているらしい。

「では、こちらの条件は飲めぬと、そう陛下に伝えて良いのですな?」

「いつから第一王女殿下が即位されたのですかな?私にはそのような話は一切来ておりませんな。

 そもそも状況をわきまえず、全軍武装解除して降伏とか何を考えているのか?」

「よくわかった、なればあとは貴様らを討伐するのみだ。命乞いは受け付けぬからそう心得ておけ!」

「ほう、誰が帰すといったのだ?」

「なに?」

「こちらの陣を通過しているのだ。決裂した以上、貴公には捕虜になってもらおう

 貴公の首と王都開城を交換条件にするのもいいな」

「なにを言い出すのだ、わしを戻さねば宰相閣下が黙っておらんぞ」

「ほう、黙っていなければどうなるのだ?そちらの兵力は1000足らず。どうやって貴公を奪還する?」

「な、な、な、な」

「時間稼ぎの捨て石の相手ももうよかろう、連れてゆけ!」

「まて、無礼な、何をする、うわあああ」

 あんなアホを突き出してきて時間稼ぎか。籠城して時間を稼いでファフニル軍と挟み撃ち、報酬はバルデン領あたりかね。方策は2つ、王都を一気に落とし、反転してファフニル軍を迎え撃つ。もう一つは、王都に抑えの兵を置き、先にファフニル軍を撃破する。背後に敵を残して会戦はいろいろと無理があるか。王都を片付けよう。


 街道に陣取ってすぐに使者がやってきた。適当にあしらったが、最大のネックは第二王女が監禁されていることだ。第三城門の開け方は近衛がいるのでなんとかなる。兵力の分散になるが、1の郭、2の郭をしっかり占拠したうえで、第3城門前に兵を展開。内部に兵を忍び込ませ、王女の救出と城門の開放を行う。どんな無理難題だこれ、いっそ笑えてきた。


「という作戦なのだが、どうだろう?」

「「「「んな無茶な!?」」」」

異口同音に返答する幕僚たち。

「1の郭はアルフェンス勢にお願いする。万が一、ファフニルの軍が現れた時、最前線で迎撃してもらうこととなる。危険な任務となるが、頼めるか?」

「おまかせあれ」

完璧な礼で返答してくるフェルナン卿。こういう無理難題を振るのは好きじゃないんだが・・

「2の郭はオルレアン勢にお任せする、その機動力で、どちらかの軍に動きがあった時即応をお願いしたい」

「承知した」

巌のような巨体をかがめ、請け負うルドルフ卿。頼もしいが養女のことになると見境を失うのが玉に瑕だ。

「ラーハルト勢、バルデン勢、近衛騎士団は第3城壁前に展開。内部への侵入がうまく行ったら近衛は城門の確保、ラーハルト、バルデン勢は、王宮の確保に動く」

「「「はっ!」」」

「時に閣下、内部への侵入は誰が請け負うので?」

「良い質問だサヴォイ伯。私とアストリアほか10名の手勢で行く」

「「「「なんですと」」」」

息があってるなお前ら、さては練習してきたのか??

「「「してません!!!」」」

「背後の険しい山道だが、フリーデン山脈で鍛え上げたフリードの精兵なら踏破可能な見込みだ」

「左様、私が選び抜いた最精鋭を率いる。閣下のみの安全はなんとしても確保しよう」

山岳戦では、この中で一番の力量を持つアストリアに反論できるものはなく、本日の夕刻を持って潜入作戦が決行されることとなった。


 まるっきり勝算のない賭けじゃない。シリウスの魔法で闇を見通す目のエンチャントを使用し、昼間と変わらぬ視界を確保した。以前より地形の調査を進めていたこともあり、夜明け前には南の離宮にたどり着く。使われなくなって数年経つが、屋根もあり、獣も寄ってこない。ここで兵を休ませることができた。ここで二手に分かれる。アストリア率いる小隊は城門の解放に、俺自身は王女の救出に動くこととなった。

 フェンリルの隠形魔法を使用し見回りの兵をやり過ごす。散々蹴散らしておきながらこういうことを言うのはなんだが、同じ国の兵である。なるべくならば殺したくない。事前に密偵を入れておいたことが功を奏し、西離宮にたどり着く。魔法封じの結界が張られていたが、人間と上位魔獣では魔法の強さが違うのか、結界を通過しても魔法は解除されなかった。

 2階の窓から城壁を見下ろす人影、1年半振りの腹黒王女の姿が見えた。少しやつれたような気がするが、それ以外は面差しが少女から女性に移り行きその輝きを増していた。天下無双の美少女ぶりである。などと思ってることは本人には絶対に言わないが。

 足元の小石を手に取り、窓に向け投げた。魔法を解除し、窓から見下ろすイリス王女と目が合う。大きく目を見開き、それでも音を立てないように窓をそっと開いた。音もなく跳躍し、窓から部屋に入る。


「お久しゅうございます、王女殿下」

「え、どうやってここまで?もしや城はすでに落ちたのですか?」

「わが手勢が包囲しております。何しろ、貴女が捕虜になったままですと、我々は手出しできないのですよ」

「え、そんな、私が大事ですって??」

「おい、変な勘違いしてんじゃねえ。間違ってはいないがそういう意味でじゃない!」

「そんな、私を抱きしめて、一生護ると誓ってくださったあの言葉は嘘だったの?!」

「へんてこな脳内変換するんじゃねえ!あれはそもそも主従の誓約だろーが!つーか抱きしめてなんぞいない!」

「私の純情を弄んだのですね!!」

「ちっがーーーーう!」

「私もうお嫁にいけませんわ・・・よよよ」

「で?状況わかってボケ倒してるんでしょうな?」

ジト目で睨むと流石に状況を思い出したのか、

「ああ、そうですね。お話をしましょうか」

とケロッと真顔に戻りやがった。ああもう・・・


 状況を改めて説明した。まもなくアストリア率いる兵が城門を開放する。その混乱に混じって脱出するのが今回のプランだ。まずは見張りの騎士を無力化しておこうか。などと考えていると、ドアが開き、出会った頃のイリス王女にそっくりな少女が現れた。

「あ、お初にお目にかかります、お義兄様。エリカと申します」

スカートの裾をつまみ、ペコリとお辞儀してくる第3王女。確かにほんわかというかふんわりと言うか、癒し系とレイリアさんが言っていたそのままの印象だ。深窓の令嬢を人物に起こすとこうなるのだろうと思った。

「イリス殿下、私をどのように妹君に紹介いただいたのですかな?」

「え?私を生涯守ってくれる方?」

「その言い方ですと、なんか別の意味にも聞こえますよね???」

「えー、それを私の口から言わせるんですか-?」

ええい、わざとらしく頬を赤らめるな!口元を隠しているが、そのニヤニヤとした表情はバレバレなんだよ!

「まあ、お二人はとても仲がよろしいのですね」

「あー、いや、なんというか・・・その」

「大丈夫よ、エリカ。エレス卿には私達の旦那様になっていただく予定ですし」

「え、そんな、でも、・・・恥ずかしい」

「ちょっとまて、俺をどうする気だこの腹黒」

「えー、こんな美人姉妹を嫁にできるんですから、もっと喜ぶべきでしょ?」

「だっかっらっ!いつそんな話になった!?」

「貴方の叙爵式の時にお父様から許可は頂きましたがナニか?」

「・・・・あんですと?」

「姉上は、適当な諸侯に降嫁させ、継承権を私に。

 私が女王になったうえで、貴方が王配となって、公爵に叙任される予定でした」

「えーっと、開いた口が塞がらんのだが?どういうことだ?」

「私と貴方が揃えば、建国王の再来を演出できるのですよ。今の4カ国は全て、建国王の血筋を引いた血統で支配されています。だから大義名分に違いはありません」

「まあ、それでずっと膠着してるけどな」

「それを覆す一手になるのです。貴方の存在が」

「現代の英雄を祭りあげてどうするつもりだ?」

「無論、フェリアース復興です。新たな王朝になるのでしょうが・・・」

「その旗頭に俺を選んだ理由は?」

「今まさにその理由を体現しつつありますけどね?常に不利な戦況を覆し、誰も落とせなかったグラナダ要塞を抜いた軍神。それが貴方のいまの評価です。買いかぶりなんて言わないでくださいね?」

いまさらながらやらかしすぎていたことを自覚した。ある程度は仕組まれていた部分はあるのだろうが、子供の妄想レベルの戦果を結果として上げているのである。今回の作戦がうまく行けば、さらなる功績が積み上がる。つーか、自衛してただけのはずなんだがなあ・・・

 ふと視線を感じてエリカ王女を見ると、さっきの話を額面通りに受け止めたのか、頬を赤く染め潤んだ目で俺を見ている。騎士物語に出てくる英雄が目の前に立っているように思っているのだろうか?

「あの、えっと・・・不束者ですが、末永くお願い致します」

ペコリとお辞儀してきた。なにこの子かわいい。

「あー、その話は、まずここを脱出してからにしよう」

「分かりました。夫を支えるのは妻の務め。お邪魔にならないよう控えておりますね」

こういう勘違いとか誤解を放置した結果がこうなのだろうか?しかし今口論している時間もない。

とりあえず事態が一段落ついたらなんとかすることにしようと問題を先送りすることに決めた。

離宮の外が騒がしくなっていた。城門付近で戦闘が始まっているようだ。


俺はシリウスを呼び出し脱出の準備を整え始めるのだった。

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