城門は開かれた

俺の頭の上から音もなく飛び降りたシリウスは本来の大きさに戻る。王女二人には乗馬服のような動きやすい格好をするよう指示し、見張りの騎士を無力化してきた。さっくりとドツキ倒して。

「わああああ、かわいい!」「・・・もふもふは正義」

エリカ王女がシリウスの首元に抱きついて満面の笑みを浮かべる。イリス王女はしっぽになついている。いやいや、お前ら状況を考えろ・・

【主殿、こやつらもつがいになるのか?】

人をなんだと思ってるんだ。俺が嫁にするのは本気で惚れた相手だけだ!


 俺、エリカ、イリスの順にシリウスにまたがり、シリウスの固有魔法、慣性制御で体を固定する。急に飛んでも跳ねても乗っている人間には静止しているのと同じ状態になるぶっ飛んだ魔法だ。種明かしをすると、昨日俺が2階まで飛び上がったのもこの魔法の応用である重力制御を使用している。

 黒い疾風が王都を駆け抜けた。守備兵は立ちはだかることすらできず、ただ呆然と見送っていた。城門に着いた。王女たちの護衛にシリウスを付け、アストリアたちに加勢する。城壁上の兵を倒し、持ち込んでいたロープを城壁から投げ落とす。近衛の軽歩兵がロープを伝って城壁上に浸透し、城門の開閉装置を奪取した。軍が一気に雪崩れ込み、重要拠点と重要人物の確保を行う。特に行政資料庫と金蔵はまっさきに抑えさせた。近衛騎士団が監禁されていた国王の居室を確保。宰相などクーデター派の捕縛の報告が上がってくる。また、クーデター派の人質となっていた貴族の一族も解放に成功していった。実に順調である。勝ち目がないと見た残存兵が降伏してくる。

 最後に敵が立てこもっている謁見の間の前にたどり着いた。バルデンの紋章をつけた騎士たちが門番のように立ちふさがっている。レックスの説得も一切聞かなかったのでやむなく討ち取った。謁見の間の重厚な扉が開かれる。叙爵式典以来である。俺を先頭に、王女二人と護衛にレイリアさんと騎士たち、カイル、ロビン、ナガマサ、トモノリと言った股肱の臣が続く。そして、オルレアンの弓兵を率いたミリアムもやってきた。そして、王女とミリアムが挨拶を始めたが、相殺あいさつにしか見えない。

穏便に、穏便に頼む・・・

「エレスに近づく女は排除する」

「あら、ミリアムさん。お久しぶりです。オルレアン伯の養女に収まって、

エレス卿との身分差を埋めると同時に、そのままオルレアンをエレスの与党に加える

なかなかに見事な策ですわ」

「なんのこと?」

「あ、あの、はじめまして義姉様」

「エレスの嫁は私一人でいい。あなた達は邪魔」

「そうねー、准男爵とかならそれでも良かった。伯爵令嬢なら身分は十分釣り合うしね」

「どういうこと?」

「この戦いが一段落ついたとして、今回のエレスの武勲が巨大すぎるのよ」

「さすが私の旦那様」(フンス

「王族の姫を降嫁できるレベルね。伯爵令嬢じゃ身分の釣り合いが取れない」

「ほえ?」

「というか、今この国にエレス卿以上の優良物件はないのよ。わかるでしょう?

だから、私達は手を組む必要があるの」

「・・・話を聞かせて」

ミリアムのピリピリしたオーラが引っ込んだのを確認して、イリスは息をつき話を続ける。

「間違いなくだけど、彼には国内外から縁談が殺到する。それを阻止は難しいけど、私達3人が組めばそれを管理下に置くことができる。変な女は近づけさせない事ができる」

「理解した。理解したくはないけど・・背に腹は代えられない」

「身分や立場を考えると、妻や妾はどんどん増える。けど、それを最小限にするの」

「え、そんな、え・・・けど・・・」

何かを想像して顔を真赤にして目をぐるぐる回すエリカ。

「エリカ、貴女も王族の女なら、ここらで度胸を決めなさい!」

「あの、その、えと・・・分かりました!」

なんか、いろいろと腹が据わったようである。いいのか悪いのか・・・

とりあえず、トラブルにならんなら今はいい。しかし3人顔を見合わせて笑い合う姿に、妙な寒気を覚えたのだった。


 気を取り直して謁見の間に踏み込む。玉座には第一王女クレアが座り、横にふんぞり返ったオークもどき。フィリップとか言ったか。そして、完全武装のオーギュスト卿。因縁を踏まえるなら、俺がやるしか無いよなあ。と踏み出した瞬間

「ぶべらっ!」

魔法弾がオーギュスト卿をフルボッコにした。身も蓋もねえ。ミリアムとイリス王女がハイタッチをしている。クレア王女は血の気の引いた顔色で杖を握りしめている。そして・・あれ?いつも真っ先にプルプル震えてるはずのオークもどきがやたら平然と立っていた。

「ふん、役に立たない連中だ」

 フィリップから凄まじい勢いで黒い魔力が吹き出した。密度の濃い魔力の奔流は物理的な力すら持って叩きつけられる。ただ垂れ流しただけで、障壁を必要なほどの威力を持つとはどういうことだ。今まで何度か顔を合わせているが、ここまでの魔力の持ち主じゃなかったはずだ。

 油断なく盾を構え、カイルが前に出た。両脇をナガマサとトモノリが固め、隙を伺っている。ロビンは最初からミスリルの矢をつがえ、詠唱準備を始めていた。エリカも防御魔法が使えるようで、イリスと揃って防御結界を張っている。

 盾に魔力付与してカイルが押し出した。魔力弾を弾いて距離を詰め、剣を突き出す。高密度の魔力をまとった相手に剣先が通らず、押し戻される。両サイドから一呼吸で5回の刺突を撃ちこむナガマサと、唐竹割りの強撃を叩き込むが、これも魔力の結界を突破できない。ロビンの魔力矢が打ち込まれたが、全くの無傷だった。というか、この人外の戦いの中、クレア王女を回収していたレックス卿にびっくりだ。

「ご無事ですか?」

「はい・・・」

なんかいきなり二人の世界を作ってやがる、状況をわきまえてほしいものだ。


「あっはははははは、無駄無駄無駄むだ!」

無差別に魔力弾が飛んできて王女二人の防御魔法でなんとか無力化する。

こちらの攻撃は通らない、向こうの攻撃はなんとか弾くのが精一杯。どうする?

「どいて!射線を開けて!」

カイルたちが飛びのくのと同時に白い魔力弾がフィリップを直撃する。周辺が凍りつくが当人にはダメージは……通ってた。防ごうとかざした左腕が凍りついてる。 

今がチャンス・・・俺は風の宝珠から風の精霊を召喚し、自らの剣に付与する。

【わが呼び声に応えよ風の精 我かざすは夢影の刃 打ち振るいしは風の聖剣 エクスカリバー!】

通常は剣を振りぬいて、幅広の風の刃を打ち出す。しかし今回はひねりを加えた刺突にのせることで、一点突破の力を繰り出す。敵も魔力を集中し、押し返そうとするがどんどん押し負けてゆく。風の渦がフィリップの胴を貫き、壁を吹き飛ばして外までその衝撃を伝えた。

 致命傷のはずだが、まだ息はあるようだ。あの膨大な魔力も防御魔法で使いきって自己回復すらできない状態になっている。しかしこっちも全力の一撃だったので、体がついてこない。とどめを刺そうと動かない足を引きずり、剣を振り上げた瞬間、目の前に黒い魔力球が生まれた。中から黒い表紙の禍々しい魔力をたたえた本が出てくる。フィリップが本を手に取ろうと伸ばした瞬間、その肘から下が切り飛ばされた。・・・あれ?俺まだ間合いに入ってないよ?

「この時を待っておったぞ!」

オーギュスト卿がすさまじい形相で剣を黒い書物に叩きつける。同時に最大出力で光魔法を放ち、書物を両断した。そして、剣をフィリップの心臓めがけつきこんだのである。フィリップは目を見開いた形相のまま事切れた・・

そして瀕死のオーギュスト卿が語り始めた。

「3年前のことだ。行商人が先ほどの魔法書を当家へ持ち込んだのだ。内包する魔力は凄まじく、一級品のグリモアであることは魔法に疎いわしでもわかった。フィリップも優しい子であったのだ。だが、戦いの才はなく、武門の当主としてはふさわしくないと思い悩んでいたようでの、グリモアの魔力で強大な魔法を身に付ければ、無力ではなくなると考えたのだ。

 そして、あやつは確かにすさまじい魔力を振るうようになった。だが、その力に溺れ心を支配された。誰しもあろうよ。妬みなどの黒い感情が。あのグリモアは、その黒い感情が強いほどその力を発揮し、そしてその感情を引き出して、使用者を闇に墜とす。呪われた魔道書であったのだ。そして、その魔力はわしをも蝕んだ。

 自分が自分でなくなる感覚、すさまじい恐怖だった。だが、同時に禁忌を破る快楽も覚えていた。自身を制御できず、フィリップの言うがままの操り人形であったのだ。投獄された時も、見張りの兵などを支配し、徐々に操る人間を増やしていった。そして、王都を乗っ取った。このまま王家に成り代わろうと浅ましいことを考えておったが、エレス卿のおかげを持って最悪の事態は避けられた。最後に、わしとフィリップを止めてくれたこと、感謝いたす。

 レックスよ、我らのの罪をそなたに残すこと、誠に相済まぬ。バルデンの家名を託す。後は頼む」

 ずっと悪夢を見ていたようだ。最後に王家への忠誠と感謝を伝え、オーギュスト卿は目を閉じた。


「勝手なこと言うんじゃねえクソ親父!」

普段なら鉄拳制裁が飛んで来るはずだったが、答えはない。その事実に流れる涙を拭うことも忘れ、嗚咽を漏らしていた。


父と兄を最悪の形で失ったレックス卿に掛ける言葉は見つからない。重苦しい雰囲気に包まれていたが、兵が駆けこんできて少し明るい報告をもたらした。

陛下がお目覚めになりました!

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