危機一髪

 胸から下がっているペンダントに魔力を込め、風の精霊を召喚した。下手な斥候より有用ではあるのだが、魔力の消耗が大きいからなかなか使用できない。そんな切り札を切ったのは、オルレアン勢に被害が出ると今後の作戦に支障が出るからだ。だからカイル、後でそのニヤケ面ができないような目に合わせるからな、わかってんのか?

 精霊達が帰ってきた。オルレアン勢はこちらに向かっており、合流を図っている。その左後方をバルデン勢が追走している。指揮官は伯爵家嫡子?フィリップだそうだ。あのオーク馬に乗れるのか、最近の豚は常識をくつがえすな。その後1時間ほどで合流できる位置につき、いったん軍を止めた。指揮官を集め、馬上で簡単な会議を行う。


「このまままもなくオルレアン勢とすれ違う位置関係となる。味方左側面を抜け、そのままバルデン勢の左側面を衝く」

「承知しました。が、そのような情報をどこから?」

「秘密だ。そしてマルク男爵。貴公は我軍の右側衛として動き、槍衾で敵前に立ちふさがるのだ」

「なんと・・・」

「貴公らがうまくを足止めできれば、半包囲が成立する。そしてオルレアン勢が引き返してきて奴らは袋のネズミだろうよ」

「はっ!」

「変則的な鶴翼の陣だが要となる鶴の頭は貴公が務めることとなる。どうだ、楽しくなってきただろう?」

 なんかマルク男爵の顔から血の気が引いてゆく。簡単に投降した兵を信じるほど甘くないとわかってくれたようで何よりだ。そして、ここで武勲を立てれば再浮上どころか昇爵すら夢ではないとほのめかすと目つきが変わった。いい傾向だ。

「トモノリ、マルク男爵の目付けに任ずる。彼の者の手柄、あまさず俺に報告せよ!」

「御意!」


「殿の目つきがやばいのう、奥方さまを案じておるのか。おいたわしい」

「左様、普段はツンツンとしておるが、こういう時にはきっちりデレるあたり、素直ではないのう」

「見てて恥ずかしくなるから、あれやめて欲しいんだがな。砂糖を噛んでるような気分になる」

「お、おい、お前ら・・・」


「ほう、戦地にあって貴様らの為すべきことは何だ?だべって主君をこき下ろすことか?」

4人の背筋がぴんと伸びきり直立不動になった。普段からビシっとしてろ。

「行け!」

奴らはすっ飛んで、各々の任務をこなし始めた。


 マルク勢500が槍を下げ、視認しにくくなるように丘陵を回りこむように移動を始めた。同時に派手に土煙を立て、こちらも進軍を開始した。1時間あまり進軍し、ついに前方からこちらに向かう軍勢を発見。旗印、オルレアン勢との報告を受け、ミリアムならわかるであろう合図の魔法弾を打ち上げ、俺は全速前進を命じた。オルレアン勢はすれ違いざま左前方に転進し、弧を描いて戻ってくる。そして中心部で豚野郎がゲラゲラ笑う敵勢のど真ん中を撃ちぬくように兵を突撃させた。


 タイミングは危機一髪だった。まさに後衛部隊が接触しようとしていたタイミングで横撃を受けたのである。菱型の追撃陣形は側面攻撃に弱い。脇備えもろくにおかず、陣列が伸びきっていたためか、簡単に前後に分断されようとしていた。副官らしき壮年の騎士が立て直すよう声を張り上げ、後衛部隊をさらにこっちの側面を突くように命じた。前衛も同じように動いていれば、数に劣る我軍を逆包囲しようとするが、敵前衛にマルク男爵の500が突っ込みさらなる混乱に襲われていたようだ。最前線ではナガマサが槍を振るい敵騎兵を次々と槍玉に上げてゆく。そういえばこいつがまともに活躍したのって初めてじゃないか・・・?

 敵後衛部隊が左から攻撃していたため、後備のカイルを投入する。疾走してきた敵兵は我が軍より多く疲労を蓄積させており、数の差を覆す勢いで戦闘は推移する。マルク勢もトモノリが先陣を切って突き崩し、互角以上に立ちまわっていた。敵将もなんとか立てなおそうと必死に指揮を執るが、一歩遅かったようだ。オルレアン勢が戻り、此方に向いていた戦闘正面の背後を突いた。


「さて、行くか。シリウス!」

 頭の上に乗っかっていた仔狼が光を放って大きくなる。軽く背を撫で毛並みを楽しむと、俺はそのまま跨った。フェンリルの遠吠えに動揺した敵陣に切り込む。いかなる馬よりも速くシリウスは戦場を駆け抜け、おそらくは初めて目にした上位魔獣に敵兵は恐慌に拍車がかかった。行手を阻む位置にいる敵兵にはこの世からご退場願う形でどかし、敵指揮官までの道を単騎駆で突破した。壮年のおっさん騎士は健気にも向かってきたが一合目で槍を切り飛ばされ、剣を抜く間も無く切り落とされた。ついでにブヒブヒ喚く豚を叩き落とし捕虜とした。


「エレス!」

1ヶ月ぶりくらいのミリアムがすっ飛んできた。流石に今度は空気を読んで避けるのはやめにしてやる。首っ玉にしがみついて、勢いで俺ごと後ろに倒れる。そして顔が近いなと思っていたらそのまま唇に温かい感触を感じた。顔が熱い。部下どもはニヤニヤしながらわざとらしく横を向いていた。そして感じた殺気!・・・ん?殺気?風切音を感じ、首を思い切り横に曲げた直後に馬鹿でかいメイスが地面にめり込んでいた。そしてすごいいい笑顔のオルレアン伯。


「わしのミリィちゃんに手を出すとは良い度胸しておるな」

「えーと、ルドルフ卿、一体何を?」

「わしのミリィちゃんに手を出すとは良い度胸しておるな」

「いやだからなにを言ってるのかいみがわからな」

メイスを再度持ち上げられた。据わった目で此方を見ている。

慌てて起き上がり、ミリアムが離れないのでそのまま抱き上げて飛び退った。

よく考えるとこれお姫様抱っこだな・・・なんか頬が熱くなる。

すさまじい勢いで振り回されるメイスを躱し、透かし、避ける。しばらく命がけの追いかけっこをしているとふと手元から重さが消えた。

「わしのミリィちゃんは渡さああああああああああキュッ」

なんか微妙に可愛らしい声を上げてルドルフ卿が気を失っていた。

眉間にしわを寄せるミリアムは、さくっとチョークスリーパーを極めてくれたようだ。


「邪魔者はいなくなった、エレス、続きをしよう」


意味不明な寝言をほざくミリアムを張り倒し、俺は戦後処理に手を付けるのだった。

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