風王の塔

アルフェンス領南部は険しい山脈地帯で、人の立ち入れない地勢となっていた。それ故に犯罪者や社会からあぶれた者たちが入り込み、独自のルールで生活するようになっていた。場合によっては麓の村で略奪を働く場合もあり、領主の頭痛の種となっていたが、最近その山賊たちのリーダーが代替わりし、ピタッと略奪などの犯罪行為がなくなった。無論警戒は欠かせないが、しばらく様子を見るに話が通じそうだということもあり、フェルナン伯の依頼で交渉に同席することとなった。


「アストリア卿、まさか貴方が山賊の頭目ですか」

「なに、権力争いに敗れた敗残者ですよ。して、我がサンカ族に対して話したいことがあると?」

「さよう。当家に従っていただきたい。領民としての庇護をお約束する」

「フェルナン卿、それは無理な相談だ。我らは国と言うものを信じられない。私も地位と家族など全てを失ってここに来たのだ。力が正義という掟に従って力を示したゆえ、頭目などに祭り上げられたがね」

「独立した勢力であるということは理解している。正直、一部の腐敗した領主については私もよく思っていない。貴公らにはその名誉を回復する機会があればとも思っているのだが・・」

「国単位で軍を送り込まれては、流石に我らも勝てないでしょうな。しかし、ただの山賊と侮ってもらっては困る。我らの数倍の損害は覚悟していただこう」

「ふむ、交渉の余地はないと?」

「そうですな、我らの掟は力だと先に伝えました。我らに力を認めさせていただきたい」

「ふむ、それはどのようにしたら良い?」

「そうですな。風王の塔に登って、最上階にあるという宝珠を持ち帰っていただこうか」

「なっ・・それは無茶だ、過去よりいかなる勇者もあの塔から生きて帰ってこなかった」

「ふむ、一人可能性がありそうな方がいるが。上位魔獣を打ち倒したそちらのエレス卿とか・・ね」


 いきなり矛先が回ってきてビクッとなってしまった。俺の頭の上を定位置にしているシリウスが慌ててしがみつく。

【主殿、いきなり身動ぎしないでいただきたい。もっとどっしり構えるべきですぞ】

「って…俺になにをしろと?」

「古代遺跡の一つで、風の精霊王が住処としている塔があるのだよ。王に認められれば比類なき力を得るとの話だ。ただ、ここ100年ほど記録に残っている範囲で、帰って来たものはおらぬ」

「ふむ。なるほど」

「アストリア卿、今日の話はここまでとしよう。また後日話し合いの機会を設けていただければ幸いだが・・」

「いや、行きましょう」

「エレス殿??」

「アストリア卿とか言ったな。俺が生きて帰ってきたら俺に従うか?」

「私とサンカ族の腕利きが行ってもまず生きて帰れまいと思っている。そんなところから生還するならば、至上の勇者であろうよ。我らは強き者に従いは最高の誇りとしている」

「わかった。その言葉、違えるなよ?」


「エレス、また悪い癖が出た」

「ついカッとなって口を開いた。今は後悔しているが反省はしていない」

「ドヤ顔してる場合じゃないんですが・・・?」

呆れ顔でカイルがぼやく。

「いやー、あんだけ挑発されたらもうね」

「まあ、仕方ないでしょう。入れるのは4人だけのようですがどうしましょう?」

「俺、ミリィ、カイル、ロビンで行こう」

【主殿、我もついて行くぞ】

「あとシリウスは・・まあ良いか、ついてきてもらおう」

「ところで、あのアストリア卿って何者だ?」

「イーストファリアの最年少将軍だったらしいですが、権力争いに負けて失脚、追放されたようです。生死不明でしたが、こんなところにいるとは…ですなあ」

妙に情報通なやつだな、カイルは。なんか困ったらこいつに聞くことにしよう。


 5日後、サンカ族の道案内に付き従い、山頂付近にその塔はあった。内部は10層、最上階には風のオーブがあるとされている。塔の前に立つと、扉が輝き、音もなく開いた。エレスたちが扉をくぐると、同じように音もなく閉じ、うっすらとした明かりの下に広間いっぱいに魔物がひしめいていた。


「だらっっしゃあああああああああああ」

大剣を風車のように振り回して切り込む。ゴブリンにハーピー、オークなどが間断なく襲い来る。

【ランパート・レギオン!】

広範囲の防御魔法で結界を作り、それを維持したまま押しこむ。不可視の壁に押し戻され魔物がいない空間ができる。

【アロー・スコール】

空中に打ち上げた矢を触媒にして、頭上から矢の豪雨を降らせる。

【焦熱の風 赤熱の波 我が手に集いて焼き払え インパルス・ウェイブ】

ミリアムの広範囲殲滅呪文、放射状に広がる火炎が魔物を焼き払う。ものの数分で全滅状態になっていた。

「お、階段がある。進もう」


 2層、3層、4層は魔物の群れだったが、5層目は様子が違った。巨大な角を生やした牛頭の亜人、ミノタウルスが巨大な斧を構えて待ち構えていたのである。

ブモオオオオオオオオオオオオオオ!!雄叫びを上げて突進してきた。

上段大ぶりの振り下ろしを体を開いて躱し、大剣を振り上げる。ガンっと鈍い音が響き、ミノタウルスの両腕が切り飛ばされる。そこに狙いすました矢が眉間を貫き、その目から光が失われた。


 6層ではアンデッドロードがいたが、ミリアムの浄化魔法でなすすべもなく消滅。向こうは呪文一つ唱える暇もなかった。

 7層はスカルロードはカイルのシールドバッシュで吹き飛ばされた上に光魔法をエンチャントした剣に真っ二つにされ消滅。

 8層のワイバーンは速攻で矢に翼膜を貫かれ、落ちてきたところをこれも真っ二つ。

 9層目は上位に近い魔獣の群れだったが、大きくなったシリウスの遠吠えで戦意喪失。ボスっぽい巨大な銀狼が襲っては来たが、フェンリルの咆哮を用いた魔法、【バイブレート・ロア】(超高速の振動で細胞レベルで崩壊させる)を受け、砂のように崩れ去った。


 そして最上階、吹き抜けの屋上にたどり着いた一行は、風の魔力が渦巻く中に人影のようなものが見えた。魔力の奔流は徐々に収まり、ローブを纏った女性のような人影がはっきりと形作られる。こちらを見据え、口を開いた。


「お前ら身もふたもないんじゃあああああああああああああああああああああ!!!」


「「「「え?」」」」

異口同音に唖然として返答を返す。


「お前ら強すぎじゃ!ここまで上がってくるのに半日と掛からんとか一体何なんじゃあああああ!!!」


魔女っぽいのの絶叫が止まらない、あんま興奮すると血管切れるぞとか思っていたら、なんかすごい目つきで睨まれた。人間じゃないはずなのに息を切らすとか芸が細かすぎるな。


「シルフィードよ、どうか我らに力を貸してほしい」

「おお?何じゃお主、今代の魔狼王か。転生したてのようだの」

「お初にお目にかかるといえば良いのか?」

「なに、転生前の記憶もあるじゃろう。久しぶりとでも云うておくか」

「ああ、まあ、それは良い。ここなるエレスと私は血の盟約を結んでおる。できうることならばお主にも、話が主との盟約を望むのだ」

「なんじゃと?いくら転生したての力が戻る前とはいえ・・・ふむ、ならば我が一撃をしのいでみせよ!

風の最上位魔法じゃ、これを防げばお主らの力となってやろうぞ。フェンリルよ、汝は下がっておるのじゃ」

「良かろう。主殿、今よりシルフィードが詠唱に入る。それをなんとしても防ぎなされい!」

「って勝手にお前らで決めてんじゃねえええええええええええええええ!!!

ああもうわかったよ、やるしかねえんだろ!くっそ、どうしてこうなった!?」

「「「自業自得」」」

「・・・・ごめんなさい」

「わかればよろしい。んじゃ、方針はこう。私の魔法障壁と、カイルの防御結界でなるべく弱体化させて、エレスとロビンの攻撃で相殺する」

「承知した」

不承不承頷くロビン。

「あれやると2~3日使い物にならなくなるんでシフト調整よろしく」

カイルよ、有給扱いな。

「エレス、帰りはお姫様抱っこでお願い」

ミリアムの色ボケ発言は今日も絶好調だ。

「俺もそんな余力残らんと思うが、まあいいや、なんとかなる!」


【王の名において告げる 風の精霊わが眷属よ 集え 逆巻け 吹きとばせ 切り裂け!

テンペスト・ゲイル!】


未曾有の風圧が迫り、生み出された真空の刃が巻き上げられた砂礫を瞬断する。

【女神よ、汝が愛し子を守りし御手を差し伸べ給う!広大無辺なる慈悲を我が前に示されんことを

 インビンシブル・フォートレス!】

カイルの掲げた盾から光り輝く盾が広がり、飛来する砂礫と暴風を食い止める。

【森羅万象の息吹よ 集いて万能の盾となれ!ファランクス・フォートレス】

ほころび始めた光の盾を補うかのように小さな属性魔法の小片が広がって風属性魔力を中和させた。

【黒き力、魔の力を喰らい尽くし貫け! ディスペライズアロー!】

魔力解除の付与を行い放たれた矢が暴風の中心を突き抜けた。食い荒らされ切り裂かれた魔力が暴走を始める!瞬間、今まで以上の暴風の圧力がかかり、カイルとミリアムが全力で耐えた。

【わが呼び声に応えよ風の精 我かざすは夢影の刃 打ち振るいしは風の聖剣 エクスカリバー!】

真一文字に振りかざした剣から放たれた斬撃が精霊王の魔法を真っ二つに切り裂いた。暴風は霧散しあたりに静寂が訪れた。


「見事!て言うかお主めちゃくちゃじゃの・・・風魔法に風魔法ぶつけて相殺とか、押し負けたらふたつ分の魔法が融合して弾き返されるとこじゃぞ?」

「え?」

「「「え?じゃねえええええええええええええええ!!!」」」

「エレス、また適当にやらかした?」

「えーっと・・・なんとなく?」

「まてこら、俺達の命もかかってたこと、よもや忘れてないよな?」

「はっはっは、当たり前じゃないか」

「忘れてたんだな?」

「てへ?」


「ふぇんりr・・・シリウス殿。なんとも規格外な連中だのう」

「さよう、彼らは運命すら変えるのだろうよ。大陸に戦乱の兆しがある。王都に黒き書の波動を感じるのだ」

「建国王が北の地に封じたあれが?」

「うむ、微かにであるが、あれが復活したとなるとまた騒動になるだろう」

「そうじゃのう、で、アレ止めんでいいのか?」

「飽きるまでやらしとけ、じゃれてるだけだよ」


「わ、てめえら、主君を何だと心得る!!」

「やかましい、黙って一発殴られろ!」

「そろそろ叩き直さないといけないと思ってたのですよ・・・うふふふふ・・・」

「ちょっと待てカイル、それミノタウルスのもってた斧じゃねえか、そんなので殴られたら死ぬだろ!?」

「なに、昔から言うではないですか、バカは殺しても死なないって」

「言わねええええええええええええええええええええ!!!!」

「やれやれ、困ったものですね」

とミリアムは肩をすくめ、ため息を一つついた。他人事のように。

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