魔物の領域
トゥール北西にある森は亜人と魔物の領域とされていた。放置すれば魔物が溢れ、深部で上位魔獣が発生することもある。中心部の魔素溜まりを消せば領域が浄化され、開拓することができるのだが上位魔獣は普通は人間が太刀打ちできるものではなく、軍を動員してやっと撃退できる類いのものだった。森の深部まで軍を派遣するのは現実的ではなく、外周部を冒険者を使って探索させたり、溢れ出てくる魔物を倒すのみにとどまっていた。エレスの施策で、トゥールとの中間点に砦を築き、監視と迎撃、冒険者の往来を用意にすることで、村まで魔物がやってくる被害を減らしていた。
今日も今日とて書類の山に埋もれていた。低利の少額貸付金制度を作り、返済は現金以外で余剰な作物、物資でもいいという制度を作った。返済に充てられた物資はある程度の備蓄を残し放出することで、領民が溜め込んでいた物資が市場に出回り、引き換えに手にした貨幣でそれを購入する。また、近隣の領土を巻き込んで商業の税率を統一し、交通網を整備して東部連合なるものを結成。経済的な統合を進めていた。物流が増え、貨幣経済が浸透することで様々な産業が活性化する。いいことだ。領民が豊かになれば、その分領主も豊かになる。いいことだ。
東部連合締結の際にミリアムが正式にオルレアン伯の養女となることが決まった。そしてそのままうちに駐在する形となり、肩書が変わった以外には変わりはない。領内の仕事をこなしつつ俺にまとわりついてくる。
当たり前だが、様々な手を打つことで、仕事が増える。文官の教育を受けてる人間は貴重なため、どこも手放さない。教育のシステムを整え始めているが、それが結果を出すのは早くて数年後。
何がいいたいかというと、多分俺は遠からず、書類の山に埋もれて圧死する気がする。そんな益体もないことを考えながら書類のチェックをしつつひたすらサインしていた昼下がり、ちょいと厄介な話が持ち込まれた。
「森にゴブリンの上位個体を確認か」
「それにともなって500ほどの集団を確認しています」
「砦で迎撃した場合どうなる?」
「撃退は可能でしょう。当家の手勢は今200を少し超えたところで、近隣の領から援軍を呼ぶのが妥当かと」
「あの槍の配備はどうなってる?」
「80ほどが長槍兵として編成可能です」
「砦に150集めておけ。オルレアンからの騎兵はどれだけ出せる?」
「30騎です」
「それで行こう」
カイルとの打ち合わせを終え編成にとりかかった。
その3日後、森からゴブリンの集団が砦に向かっているとの知らせを受け、出陣の命を下した。
砦からさらに北に簡易の拠点を築くように伝えてあり、そこに本陣をおいた。中央に重装歩兵。5メートルの長槍をもたせ、密集隊形で迎え撃つ。その後方から矢を打ち込み数を減らす。意図的に右側の兵を後退させ敵がそこに予備兵力を投入することを誘う。こちらの左手から騎兵を回りこませ一気に本隊を攻撃した。動揺した敵は裏崩れを起こし、潰走しはじめた。追撃で半数以上のゴブリンを打ち取り、戦いは勝利に終わったが、一つ問題が発生していた。上位種のゴブリンを取り逃がしていたのである。
ひとまずこの場はカイルに兵を任せた。騎兵はナガマサに任せ、森の入り口に待機させる。いざというときに退路を確保してもらう。俺はロビン、ミリアムと10名の兵を率い、森に踏み込んだ。散発的なゴブリンやウルフの襲撃を叩き、ロビンの先導に従って森を進む。上位種ゴブリンは矢傷を受けており、傷を癒やすために魔力溜まりに向かうだろうとのこと。そのまま森を進むと、少し開けた場所に出た。
ポッカリと開けた土地に、日差しが差し込んでいる。小さな泉があり、本来は静謐な水をたたえているはずが湧き上がる黒い魔力に汚染され、淀んでいた。張り詰めた雰囲気は、泉に浸かる真っ黒な肌のゴブリンジェネラルと、それを睨みつけ、唸り声を上げる黒い毛並みの仔オオカミだった。跳びかかったが手の一振りで放たれた魔力弾に弾き飛ばされ、地面にたたきつけられたらまずいと思い、とりあえず受け止めておいた。良い毛並みだ。後でモフろう。
ガアアアアアアアアアアア!と飛びかかってくるゴブリンジェネラルは、真っ二つになってもらい、ミリアムの浄化魔法で魔力溜まりを消滅させた。
ちっこい狼を抱きかかえ、帰路につく。結果的に森の一部を切り取ることができ、魔物の領域を後退させることができたのは収穫だった。砦に帰投し、軍を解散する。士官用宿舎でとりあえず休息し、明日村に戻ることにした。クッションの上に狼を寝かせ、村から届いていた書類をさばき始める。訪ねてきたミリアムをとっ捕まえて書類仕事に参加させる。そんな時、狼が唸りだした。
「エレス、この子目を覚ましたみたい」
「そうだな。どれ」
手を伸ばすとフンフン匂いを嗅いでいる。その仕草に萌えつつ撫でようとするといきなり噛みつかれた。痛え。その後、傷を舐められると何故か傷が消えている。明らかに牙が皮膚を食い破っていたはずなのだが痛みすら無い。
【はじめまして、我が主よ。まずは私に名をいただけないでしょうか?】
「ん?ミリィ、なんか言ったか?」
「ついに幻聴が聞こえるほど疲れが・・・エレス、今日は私が添い寝する。異論は許さない」
「待たんかい!それとこれとは問題が違うだろうが!」
【えーと、無視しないでくれますか?】という声が響くのと同時に狼がくーんと鼻を鳴らしている。
「・・・もしかして、この声はお前か?」
恐る恐るちびすけに話しかける。ワンとしっぽを振りながら即答してきた。
「なんかこいつ喋れるらしい」
「え・・・もしかして・・」
なんか思い当たるフシがあるっぽいミリアムが考えこむ。
「んーまあ、拾ってきちまった以上、俺が面倒見るしか無いわな。名前か・・・」
真っ黒い毛並みに、額にワンポイントで白い点があった。夜空にひときわ輝く星の名をこいつにつけることにした。
「シリウス。お前の名前はシリウスだ」
【ありがとうございます。我が名はシリウス。魔狼フェンリルの一族の者なり。血の盟約を交わし貴方に生涯付き従うことを誓う】
そう告げるといきなり光りだす。何このわんこ、びっくり箱?と現実逃避気味の思考を塗りつぶすように、人間サイズまで大きくなっていた。
「我が名はシリウス。コンゴトモヨロシク」
「うっわ、喋ったよ」
「あー、フェンリルの幼生体だったのね。エレスの獣魔になってる」
「お、おう。それってどうなの?」
「フェンリルといえば上位魔獣の一つ。それを支配下においたってことはまず例がない」
「そうなのか。うーむ・・・まあいいや。よろしく頼む、シリウス」
「とんでもないことをまあ良いやで終わらすのは貴方くらい・・」
「こまけえことは気にすんな。あー、でシリウスよ。ちょいといいか?」
「なにかな、主よ?」
「モフらせろ」
「・・・はい?」
目を丸くするでっかいわんこに抱きつき、その背中に顔を埋め全身を撫で回してその毛並みを堪能するのだった。
シリウスも嫌がってなかったぞ多分。しっぽパタパタさせてたし。
じゃれあう一人と一頭を恨めしげな目で見ているミリアムがぼやいていた。
それは私にするべき・・・と。
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