資金調達と対外折衝

 今日も今日とて書類の山と格闘していると執務室のドアがノックされた。返事を返すとサムスが現れた。あれ?なんか違和感が……あれ?追加の書類を持ってない、らっきー!!などと不届きな考えをスルーされつつ用件を聞いた。


「エレス様、王都よりお客様がお越しです。応接室にお通ししてあります」

「んで、どちらさまが来られたのかな?」

「商人のシャイロック様です」

「あー、新興商人の、なんか商業ギルドと揉めてるらしいとか聞いたな」

「目的は恐らく当家の後ろ盾を得ようとしているのでは?」

「それ言い出したらうちも新興だろ?ただまあ、行商人くらいしか来てないからメリットは有るか・・」

「左様ですな。お会いになられますか?」

「うん、行こう。茶の用意を頼む」

「かしこまりました」


 応接室のドアを開くと良く言えばスラっとした、さもなくばひょろっとした銀髪をオールバックにし仕立てのいい服を着込んだ男がいた。柔和な笑みを浮かべているが目には強い光をたたえている。あ、これあかんやつや。どっかの王様とか王女とある意味同じ人種や。


「お初にお目にかかります。閣下、私はしがない商人にてシャイロックと申します」

「エレスだ。新米貴族をやっている。よろしく頼む」


俺の名乗りに目の前の男に僅かな苦笑が浮かんだ。まあ、値踏みされるのはいまさらだ。もっとも、そんな表情を隠しきれなかったあたり、見た目以上に衝撃を受けているのかもしれない。


「いやはや、なんとも型破りなお方ですな」

「なに、貴族とかいう肩書が付いてるが生まれも育ちも平民でな。それにまだ肩肘張るような身代じゃない」

「いやいや、ご謙遜を。王都ではイリス殿下の結婚相手筆頭と噂されておりますぞ?」

その一言を聞いて俺は椅子から滑り落ちそうになった。んだと?!あんの腹黒王女、外堀を埋めに来やがったか?!

「ご存じなかったので??」

「ああ、済まんが初耳だ。いい情報をありがとう、あの腹黒め、今度あったらシメてやる……」


俺のセリフの後半は聞こえかったのか聞いてなかったことにしたのか不明だが、なんか手巾を取り出してわざとらしく額の汗を拭う素振りを見せている。まあ、多分意図的にスルーしたなと半ば以上確信している。


「さて、前置きはこれくらいでいいだろう。単刀直入に聞く。何がほしい?」

「ふむ、ここで言葉を重ねても貴方様には届きますまいな。では、ラーハルト家の御用商人の立場を頂きたい。可能であればトゥールに商館を置くことをお認めいただきたい」

「見返りというか、うちにはいい話だが、あんたになんの利益がある?」

「いやいや、私の商人としての勘なのですが、貴方はきっと大きくなる。誰も行けなかった高みまで登る、そんな気がしたのです」

「根拠としては薄いな、なんか今の一言であんたが詐欺師に見えてきたぞ」

「そうですな。では、失礼ながら、ここ数ヶ月のこの領内を調べさせていただきました。元自由戦士の兵を士分に取り立てたり、街路の整備、資金的にはかなり無理をしても先を見据えた政策をとっておられる。資金があれば、ある程度人口の不足は補えますし、ここでしっかりと基盤を作ることができればこの地は大きな発展を遂げます。そうなれば、私の投資した資金は何十倍にもなって返ってくるでしょう」

「ま、うまくいく保証もないがな。おっしゃるとおり、資金はピーピー言ってるよ」

「正直な方だ。先ほどおっしゃられた言葉を返すようですが、商人は一皮むけば詐欺師と紙一重です。それをわかったうえで胸襟を開いてくださる」

「俺はあんたのような目をした人間を二人ばかり知ってる。騙し、騙されるのが当たり前で、常に相手の奥底まで探ることを生業としなきゃいけないような、な。まあ、俺は単純な人間でな。そういう奴らには太刀打ち出来ん。となると、なんか適当に取り繕っても無駄じゃないか」


 なんかもう人の上に立つ領主としてはかなりダメなことを真顔で言い放った俺にどのような感情を抱いたのだろうか?切れ長の目を見開いて驚きの表情を浮かべている。そういえば、初めて表情が変わったな。


「ひとまず、お話につきましてご検討いただければ幸いです。今日のところはこれにて・・」

「いや、いい。そちらの提案を受け入れよう。商館は大体の規模を言ってくれたらこちらで用意する。提供してくれた資金については、当家に対する貸付金として年利10%の利息を払おう。あとは、商業税だが、利益の5%を収めてもらうのでどうだ?」

「は・・?売上ではなくですか?それであれば、利益が出ない場合は税を納める必要が無いというように聞こえますが」

「まあ、上前をはねるっていうのは好きじゃないんだがな。利益に対する課税にしたのはまず、領民のためだ。売上の課税だとこっちに入る金額は増えるが、その分間違いなく商品価格に跳ね返る。それは即座に領民の懐を直撃する。商品を持ち込んでも売れなきゃしょうがないだろう。あとな、これはあんたを見込んで言うんだが、利益を出せないような阿呆な商売をする気だったのか?」


 その一言でシャイロックは大笑いを始めた。営業スマイルとかではなく、可笑しくてしかたがないと言った風情で。俺、なんか変なこと言ったんだろうか?


「閣下、厚かましいながらもう一つお願いを聞いていただけないでしょうか?」

「うむ?」

「私を貴方の家臣に加えていただけないでしょうか?」

「いいのか?御用商人くらいであれば、契約解消で離れることができるが、そうなっちまうとうちになんかあったら場合によっては首飛ぶぞ?物理的に」

「金は商人の命です。それほど大事な金を貴方様につぎ込むのですから、私の首一つ賭ける覚悟は必要でしょう?」

「わかった。それも含めて受け入れよう。この場で略式になるが騎士に任命する」

「拝命いたします」

これが後に神商と呼ばれる男との出会いだった。


 資金を得て物流が回る、インフラ投資も進む。うちの魔法工兵の働きで、3日で商館を建てた時のシャイロックの顔は見ものだった。あの常識はずれな速度で街道が設置された理由を知り、領内の開発計画をサムスとどんどん進めている。かなり資金を突っ込んでいるはずなのだが、1ヶ月後にきっちり税を納めた時はもう開いた口がふさがらなかった。


 領内の開発と軍備に少しめどが付いたあたりで近隣の貴族領に使者をだし、有事の際の取り決めと商業協定を結んだ。一つ大きな成果は南方のアルフェンス伯フェルナン卿とのパイプを得ることができた。王都にも顔が利く上に、オルレアン伯と親友の間柄。長子のウォルト卿がトゥールに常駐するという話もまとまった。

そしてミリアムがやらかしてきた。オルレアンに派遣して、帰ってきたら何故かルドルフ卿がくっついてきたのである。オルレアン領は平原が広がり、騎馬の扱いが巧い者、弓の扱いが長けたものが尊ばれる。そしてミリアムが滅多に見せない射撃を披露したところ、カール卿が目をハートマークにしてミリアムを見ており、ルドルフ卿に至っては……見なかったことにしよう。帰ってきたら、ミリアムをルドルフ卿の養女にするとかの話になってた。どうしろと。

 山賊まがいの外見のゴツいおっさんが猫なで声で「ミリィちゃーーーん(はあと」とか呼ぶのを目の当たりにし、俺は天を仰いだ。


神様、いるのか知らないけど神様、俺なんかしましたか?

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