「おはよう」
仕事の都合で、久々に実家に住むことになった。引越しの片付けも一段落し、思い立って、朝から家の周囲を散歩してみる。
ああ、こっちは小学校へ向かう道だ。今日は休日だから、登校する子は一人もいないけれど。
小学生の間は毎朝、同級生の舞ちゃんとお喋りしながら通った道。こんな時間帯に歩くのは、十五年ぶりくらいだろうか。いつも、公園の前あたりで知らないおばあさんとすれ違って、「おはよう」って挨拶されたんだよなぁ。と考えつつ公園前にさしかかったとき、
「おはよう」
まさにその場所で、そのとおりの言葉をかけられ、驚いて飛び上がりそうになった。
「お、お早うございます」
しどろもどろになりつつ挨拶を返し、にこにこ微笑むおばあさんと会釈し合いながら、すれ違う。何歩か歩いて、ふっ、と思った。
(まさか、あのおばあさんじゃないよね)
健康なおばあさんだったら、あれから十五年経っても、まだ元気かもしれないけれど。小学生の頃はお喋りに夢中で、挨拶するとき以外おばあさんのことを気にしたこともなく、結局どこの家のおばあさんか知らないんだよね……。
何気なく、振り返る。
おばあさんも、こちらを見ていた。
両手をだらんと下ろして立ち。
能面のような無表情で。
「ひっ……」
見てはいけないものを見た気がして、慌てて前を向く。
小走りで、その場を立ち去る。
おばあさんに、背を見送られたまま。
私は、昔、一度も振り返らなかったけれど。
今でも、朝、あの道を通る小学生は、「おはよう」と声をかけられるのだろうか。
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