にんぎょとひめ
短刀を手に、人魚姫は王子の寝所へと忍び込みました。この短刀で王子の胸を刺せば、人魚に戻ることができ、泡となって消えずに済むのです。
王子の胸には、花嫁である隣国の姫が頭を乗せ、瞳を閉じていました。人魚姫は、穏やかに眠る王子のひたいに口づけ、短刀の切っ先をじっと見つめ、そして――
(ああ、やっぱり私には、王子さまを殺すことなどできない!)
そして自らも船べりから、夜明けの海へと身を躍らせました。
重い水音に、薄目で様子をうかがっていた姫は、身を起こしました。
――寝所へと何者かが入ってきた気配に、眠りを破られた花嫁。気配の主が、短刀を持ったあの娘だと気づき、必死に眠ったふりをしていたのです。
王子が拾ったという、美しいけれども口のきけない娘。
どこの馬の骨ともしれぬ、何を考えているかもわからぬ娘を王子がそばに置いている。と婚約の際に聞き、多少の不快感と不安はあったのです。婚礼の今日、実際に娘を目にし、王子に向ける眼差しを見てからは、いっそう。
(きっと、あの短刀で、私を殺しに来たんだわ!)
目を覚ましたことに気づかれたら、その途端に刺されるかもしれない。密かに外に知らせる方法を、ひたすら考えます。
しかし。
身を
はあ、と大きく息を吐きます。
(でも……良かった。邪魔者が、自分から消えてくれて)
寝息を立てる王子の傍らで、姫は、うっすらと笑みを浮かべました。
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