裏庭のラプンツェル

 高い塀に囲まれた、美しい庭があった。庭の畑には、ラプンツェルの葉が青々と茂っていたが、それを収穫する者は、今はいない。


 すぐ隣の家には、長く子供のいない夫婦が住んでいた。夫は床に倒れ、胸から血を流している。包丁を持った妻が、呆然と立ち尽くしていた。

 口論の切欠きっかけは、窓から見えるラプンツェル。

「どうして勝手に、『生まれた子を渡す』なんて約束したの!」

「お前が、ラプンツェルを食べたいと言ったからじゃないか」

 念願の子供を授かった身重の妻が、魔女の庭のラプンツェル食べたさにやつれてしまった。庭に盗みに入った夫を発見した魔女は、許す条件として、生まれてくる子を要求する。生まれた女の子と魔女が姿を消してから、既に数ヶ月が過ぎていた。

「『盗んできて』なんて、言ってない!」

「普通に頼んで、魔女が分けてくれるわけないだろう」

 どれだけ口論を繰り返しても、娘は帰ってこない。解決策のない言い合いにんだ夫が、妻をなだめようとして言った。

「諦めよう。案外あの魔女も、いい母親になってくれるかもしれん」

 妻の中で、何かが弾け。

 ――気づいたときには、夫は物言わぬ骸となっていた。


 妻は、隣に移り住んだ。夫を運ぶのは苦労したが、バラバラにした死体を埋めた畑は、作物がよく育った。

 やがて、その庭には恐ろしい魔女が住む、と噂されるようになった。

 月日が経ち、庭の隣の一軒家に、夫婦が引っ越してきた。


 魔女は、畑の世話に精を出す。窓から見えるラプンツェルが、青々と茂るように。

 隣の妻も、きっと食べたくなるだろう。

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