冬虫夏草

 夏に西瓜を食べていて、うっかり種を飲み込んでしまいました。

 幼い頃、母から何度も何度も、

「西瓜の種を飲み込んではいけないよ。お腹の中で芽が出て、死んでしまうよ」

と、注意されていたのに。

 それから、怖くて堪りません。

 あの種が今頃、私の体内で発芽し、日一日と生長しているのではないか。

 春になったら私のお腹を食い破って、外に出てくるのではないか。と、考えてしまうのです。

 ――まるで、冬虫夏草のように。


 夏、蛾が地表に卵を産みます。卵から孵った幼虫が土の中に潜る前に、冬虫夏草菌に寄生されてしまうのです。その菌は冬の間、土の下で幼虫を養分として吸収し、生長します。春になると虫の身体から発芽して地上に現れ、夏には草状に育ちます。

 冬には虫だったものが、夏には草になるように見えることから、「冬虫夏草」と呼ばれるのです。


 最近ネット上で、こんな記事を見つけました。

 冬虫夏草の仲間で菌の種類が違う「虫草」には、生きている蟻に寄生して、脳を乗っ取るものもあるそうです。

 乗っ取られた蟻は、しばらくはいつも通りの生活を送っていますが、発芽に都合の良い時間が近づいてくると、都合の良い場所で死ぬように、菌に操られて連れて行かれてしまうのです。


 ああ、それでなのでしょうか。

 ある年の春、何の前触れもなく、幼い私を残して、母がふらりと家を出てしまったのは。

 数か月後、遠く離れた山の中で発見されたときには、母の身体は朽ちて、半分土となっていたそうです。


 母はいったい、何を飲み込んでしまったのでしょう。

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