負けちゃだめ
「栞ちゃんに負けちゃだめよ」
いつも、ママはそう言う。
栞ちゃんは、わたしと同じ事務所で、今とても人気がある子役アイドルだ。可愛くて、頭もよくて、CMやテレビドラマにいっぱい出ている。
「全く、あんな子が、映画だなんて!」
今日は、栞ちゃんの映画初出演の記者発表をテレビで見たばかりなので、ママはものすごく機嫌が悪い。これから、わたしの歌のレッスンの時間。痛いくらいグイグイ手を引っ張られながら、教室へと歩いていく。
「ああ、もっとレッスンを増やさなきゃ! 歌も、ダンスも、演技も!」
ママはとてもきれいだけれど、こんな風に怒っているときのママは、とても怖い。
怒っていないときも、いつ怒るかと思うと、とても怖い。
ごめんね、ママ。わたしが、ダメな子だからいけないんだよね。
でも、いつもママは言う。
「次は、絶対に栞ちゃんに負けちゃだめよ。勝てるわ。だって、あなたはママの子なんだから」
だから、わたし、ママに聞いてみたの。
「ママは、誰に勝ったの?」
ママの動きが、ピタッと止まった。
そして。
「ひぃやぁアアアアアァァァあああァあぁアア!?」
スピーカーが壊れたような、身体が裏返ったみたいな奇声でママが叫んだ。
長い爪で、バリバリと自分の顔をかきむしっている。顔も、指も、真っ赤。
「……マ、ママ……?」
びっくりして、固まるわたし。
通りすがりの大人が何人かで、暴れるママを押さえつけた。それから救急車が来て、ママが乗せられていって。
それっきり、ママは、家に帰ってこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます