第8話 悲しいな……

 瞬間移動で家に戻った俺は、楽しむより先に身辺整理を行うことにした。

 まずはきちんと会社を辞める。

 なんでもできる力があれば、わざわざ会社に行く必要などない。あんなひどい会社、社員ごと消してしまうことだってできる。

 でも、それでは気が済まない。

 こればかりは自分の手でけじめをつけておきたい。

 というわけで、俺は忌まわしき勤め先に瞬間移動する。

 時刻は、ちょうど午後五時になったところ。

 業務終了を知らせるチャイムが鳴るも、誰一人として帰ろうとしない。みなチャイムなど聞こえていないかのように仕事を続けている。

 日本ではよくある光景だ。

 定時が定時でない。終了と定められた時刻であるはずなのに帰ることができない。たまに用事があって定時に帰ろうとすると「もう帰るのか?」と嫌味を言われる不思議な社会。

 お前らどんだけ帰りたくないんだよ? 

 そんなに家が嫌いなの?

 家族と一緒にいたくないの?

 おっさん同士の方がいいの?

 もう会社に住んだらどうなの?

 言いたいことはたくさんあるし、無理やり言って聞かせることもできるが、ここは素でいきたい。

 俺は私服のまま社内に入り、上司のところへ行った。

 ちなみに、話がしづらいので喘息は治してやった。

 上司は鬼のような形相で勢いよく席から立ち上がる。

「てめえ、今ごろ何しにきた! なんだその服装は! ふざけてんじゃねえぞ!」

 まるでチンピラだ。

 とても社会人、それも人を管理する立場にある者とは思えない。

 仕事さえできれば、こんなチンピラみたいな奴でも管理職に就けるのだ。

 悲しいな、道徳を失った社会ってのは。

 俺は、たった今をもってこの腐った社会と決別する。

「もう辞めます」

 しかし、上司は昨日と同じように辞表を突っぱねた。

「なに言ってんだ! そんな途中で辞められるわけねえだろ!」

「じゃあ、いつなら辞められるんですか?」

「うだうだ言ってねえでやることやれよ! てめえが失敗したせいで、こっちは忙しいんだぞ!」

「ずっと忙しいじゃないですか」

「それが社会ってもんだろうが。いつまでも子供みたいなこと言ってんじゃねえ!」

「でも、あんまり働き過ぎると過労で倒れますよ?」

「そんなもん根性が足りねえだけだろうが! いいからとっとと着替えてこい! 迷惑かけた分、今日は帰らず朝まで働け!」

「このばかやろうが!」

 俺は上司の顔面を思い切り殴った。

 上司は床に尻餅を着く。

「まだだ!」

 どよめく周囲を無視し、すかさず追撃。

 上司の胸ぐらをつかみ、顔面にもう一発加える。

 怒り拳が顎を打ち抜いた。上司は仰向けに倒れ、目を剥いて動かなくなった。

 これで二発。借りは返した。

 終わったな……。

 帰ろう。今度こそ、二度とここへ来ることはない。

 さようなら。

 自分が搾取されていることすら知らない、井の中の蛙さん。

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