第4話 何でもできるってことは――

 気が付いたらベッドの上で仰向けになっていた。

 自分の部屋だ。

 夢?

 いや、俺は確かにビルから飛び降りたはず。

 あの絶望感、あの恐怖。

 あれが夢だったとは思えない。

 身体を起こす。

 服がない。全裸だ。全裸で寝たことなどない。

 やはり……。いや、でも、そんな非現実的なことが……。

 なんて深く考えても無意味か。試せばわかる。

 なんでもできるんだったな。

 じゃあ――

 俺は手元にある目覚まし時計が宙に浮くよう念じてみた。

 時計は浮いた。

 うわ、本物だ!

 直後、水を差すように携帯電話が鳴った。

 画面には上司の名が表示されている。

 俺は半ば反射的に応対した。

「もしもし」

『お前、今どこにいるんだ! とっくに始業時間過ぎてるぞ!』

 宙に浮く目覚まし時計を見ると、八時五分。遅刻だ。

 急いで…………行く必要はあるのか?

 そもそも、俺の飛び降り自殺の件はどうなった? 

 なかったことになっているのか?

『おい、聞いてるのか! あと何分で来られるんだ!』

 ……うっとおしい。

 まずは状況を整理したいというのに。

 消すか? 

 もちろん、通話をではなく上司をだ。

 なんでもできるってことは、消せるんだよな? 

『返事をしろ!』

 いや、さすがにそれはやり過ぎか。

 今はまだわからないことが多い。大事は避けるべきだ。

 とりあえず喘息にでもなっておけ。

 そう念じた瞬間、上司は激しく咳き込み出した。

『く……なん……ゲホッ、ゲホッ、なんだ……?』

 効いた! やはり本物だ。

 これで力の強大さが実証された。遠くにいる人間を一瞬にして病気にできる。

 もうあの上司を恐れる必要はない。

 俺は通話を切った。

 またかかってきては面倒なので、会社関係者からは一切着信を受け付けないよう念じておいた。

 それから、机の上に置いたままだった遺書を破り捨てた。

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