第3話 神現る

 気が付いたら大きな川のほとりに立っていた。

 周囲は霞がかっており、遠くの景色が見えない。

 どこだ、ここは? まさか三途の川? 実在したのか?

 服がない。全裸だ。

 だが寒くない。むしろ暖かい。

 川の流れは穏やかで、はっきりと底が見えるくらい水が綺麗だ。

 とても静かで、神秘的な空間。

 現世とは思えない。

 もしかして、これから黄泉の国に連れていかれるのか。

 黄泉の国ってどんなだっけ? 

 天国とは違うよな?

 怖い場所ではないよな?

 不安を募らせながら佇んでいると、川の向こうから人影がやってきた。

 お迎えだろうか。

 誰かな? 

 思い付くのは、十年前に亡くなったひいばあさんあたりか。

 悪いな、こんなに早く来ちまって。

 人影は歩くでもなく、泳ぐでもなく、滑るように水面を移動してきた。

 そして、目の前で止まる。その姿は薄ぼんやりとした人影のままだった。

 どう見ても、ひいばあさんではない。

「え~と、どちら様でしょうか?」

 俺は恐る恐る聞いた。

『わたしは、人間界で言うところの神のような者だ』

 男と女が二人同時にしゃべったような声だった。

 俺は大きく目を開く。

 神? 神って、どの神だ? 種類が多すぎてわからん。

 あいにく俺は一神教の信者ではないので、神というだけではさっぱりだ。

『まあ、わたしの素性はどうでもよい』

 全然よくないが、口答えしては何をされるかわかったものではないので、黙って話を聞く。

『実は、君に託したいものがあるのだ。わたしには、もう必要のないものでね。わたしは、もう疲れたのだ。だから、あとのことは君に託したい』

 いや、俺も疲れたからここに来たんですけどね。

 俺は死んでも働かされるのか。

『そんな顔をするな。君にとっては良いことかもしれないのだぞ?』

「はぁ……。じゃあ、何を託してもらえるんでしょうか?」

『なんでもできる力だ』

「なんでも、ですか?」

『なんでもだ』

「すると、生き返ることもできるんですか?」

『できる』

「俺を自殺に追い込んだ、あの腐った社会を変えることもできるんですか?」

『できる』

「まさか……」

 信じられない。

 だが、それなら、目の前の人影は何だ? この光景は何だ?

「あ、あの、もし断ったらどうなるんですか?」

『何も。このまま三途の川を渡って黄泉の国へ行ってもらうだけだ』

「黄泉の国というのは、どんなところなんですか?」

『わからない。もう何万年も関知していないのでな』

「そうですか……」

 ずいぶんと無責任な神だ。

 そんなんだから争いが絶えないんじゃないのか?

『それでどうする? わたしとしては、ぜひとも君に託したいのだが』

「どうして俺なんですか?」

『たまたまだ』

 たまたまかよ!

『それと、君が人畜無害そうだからだ』

 む……。

 今、褒められたのか?

 よくわからないが、なんだか嬉しかった。

 偶然の要素が強いにせよ、神が俺を選んでくれたのだ。

 やってみる価値はある。

「じゃあ、その力を授かるとして、俺は何をすればいいんですか?」

『なんでも。自由にすればいい』

「何か禁止事項とか、罰則とかは?」

『ない』

 マジか……。

 それじゃあ、俺が神そのものになるってことじゃないか。

 いいのか、俺なんかが神で?

『では、引き受けるということでよろしいかね?』

「あ、はい。じゃあ、それで」

 ちょっとした頼み事のように承諾してしまったが、まあいい。物は試しだ。

 すると、人影の胸の辺りから、白く輝く小さな玉みたいなものが出てきた。

 光の玉はプカプカと俺の胸に飛来し、体内に入り込む。特に感触や暖かさといったものはなかった。

『これで力の受け渡しは済んだ。君はもう自由だ。あとは頼んだぞ』

 人影は霞の中に消えていった。

 ……ま、とりあえず生き返るとするか。

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