「簡単な手術」

待合室は人でいっぱいだった。

手術の順番待ちだ。

手術自体はとても簡単なもので、診察室に入った患者は5分か10分くらいで出て来る。

しかし需要が多いので後から後から患者がやって来る。


私もかれこれ45分近く待たされている。

しかも暇つぶしのために買っておいた本は家に忘れて来てしまった。

私は仕方なく待合室の様子をぼんやり眺めていた。


すると患者の一人と目が合った。

人の良さそうな青年だった。

彼は笑顔を作ろうと頑張りながら私に話し掛けて来た。


「どうです? やはり緊張しますか?」

「ええ。まぁ」

「ですよね。まだ腹を括れていないのは僕だけかと思って凄く心配していたんですよ」

「脳の良心を司る部分を除去してしまうのですから、緊張しない方がどうかしていますよ」


私は一般論を言ってやった。

青年は頷いた。


「本当はこんな手術を受けたくはないのですが、上司にさっさと受けて来いと命令されましてね」

「ご職業は?」

「営業マンです」

「顧客の気持ちを無視して高いだけでそんなに良くない商品を売り歩くのに疲れたんですね」

「ええ。良くご存知ですね。そうなんです。あなたも営業を?」

「……いえ。私は医者です……あなた達の様な善人から、良心除去手術を依頼されるのに疲れたので自分も良心を取り除いてしまうことにしたんですよ」






「簡単な手術」おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る