「ブルーを戦士にしよう」



ボスの言う事は絶対である。

下っ端に拒否権は無い。

ボスのアントニオ・コッパは極め付きの悪ガキで、下っ端はいつも酷い目に遭わされた。

下っ端の中で一番割を食っていたのはテッド・ウィルキンソンだった。

テッドは小柄で気が弱く、縦にも横にも大きいコッパに逆らう事が出来なかった。


例えば、テッドは先週の水曜日にはリー爺さんの雑貨店で買ったチーズ味のチョコバーを献上させられ、一昨日は「ドブ川」のパイプの上を歩かされた(そして転落して泥まみれになった)。


しかし今日のコッパの要求はただ事では無かった。

何故ならコッパのすぐ後ろに、ソラリア・サイバネティクスの7フィートもあるロボットがくっ付いていたからだ。


「よう、テッド。今から俺の家(うち)で戦争ごっこしないか」

「僕は、良いよ。ママのおつかいがあるんだ」


テッドはママからワシントン精肉店でスペア・リブ用の肉を買って来るように頼まれていた。

テッドは大きな買い物袋を右腕に提げたまま、両手を挙げた。

だがコッパにはその手の言い訳は通用しなかった。


コッパは頷いた。


「おつかいが終わるまで待っててやるよ。その代わり絶対来いよ」


テッドは嫌そうな顔をした。

コッパは馴れ馴れしくテッドの肩に手を置いた。


「心配すんなよ。今日はお前を殴ったりしないから」

「じゃあ、戦争ごっこって何するんだよ」

「ロボット同士を戦わせるんだよ。お前の家にも1体いただろ? ゴライアス! お前のパンチを見せてやれ」


ゴライアスと呼ばれたロボットは、配線剥き出しの無骨な腕で凄まじいスピードのジャブを繰り出した。

ジャブの音はまるで風を切り裂いているかの様だった。

テッドは家にいるブルーにマイクのパンチが命中する様を思い浮かべた。


テッドはごくりと唾を飲み込んだ。


「いるけど、ダメだ。もしロボットが壊れたら後でパパとママに叱られる」


コッパはヘビの様に舌を出して笑った。


「相変わらず真面目だなぁ、テッド。もしロボットが壊れたら、車にぶつけられたって言い訳すれば良い」

「いや、でも……」

「ビビんなよ。ホセもカイルも来るって言ってんだぜ。お前だけ来ないなんて卑怯じゃないか?」


ホセとカイルはテッドの大事な友達だった。

テッドは自分だけコッパの遊びに付き合わなかった場合、彼らがどんな反応を示すか考えてみた。


テッドは一瞬で折れ、コッパの要求を飲んだ。


「……分かった。行くよ」


テッドは殆ど泣きそうになっていた。










テッドが家に帰ると、ブルーが庭の芝生に水をやっていた。

ブルーはメタリックな手で水道のホースを巧みに操る事が出来た。

ブルーは家庭用のロボットとしてはとても高性能だった。


やり方を教えさえすれば、大抵の事は上手くやってのける。

水やりの仕方もテッドのパパが教えた。


「でも殴り合いなんて無理だよな……」


テッドは家の玄関の前で座り込み、ブルーの動きを観察した。

ブルーの身長は6フィートしかない。

ブルーはテッドよりもずっと大きいが、7フィートのゴライアスと比べると随分迫力負けする。


しかもゴライアスは見かけの割にとても素早い。

それに引き換えブルーは運動が苦手なテッドとサッカーをやって毎回「いい勝負をする」程度の俊敏さだった。


テッドはブルーがゴライアスに勝つ光景をイメージしようとしたが、何回トライしてみてもゴライアスがブルーをノックアウトするイメージしか浮かんで来なかった。


テッドは溜息を吐いた。


不意に玄関のドアが開き、テッドの頭にドアが打ち当たった。


「ああっと! すまない! 大丈夫か、少年!?」


家の中から知らない赤毛の男が出て来た。

テッドは頭をさすりながら男に聞いた。


「大丈夫……それより、おじさんは誰?」

「僕はマーヴェリック。修理屋だ。君のママに頼まれて君の家の発電機を修理して来たところだ」

「僕はテッド・ウィルキンソン。テッドって呼んで良いよ」

「よろしく。いや、もうお別れか。さよならテッド」

「あ、ちょっと待って」


テッドは藁にも縋る思いでマーヴェリックに質問した。


「マーヴェリックはエンジニアなんだよね? じゃあブルーを強くできないかな?」

「確かに僕はエンジニアだし、君の家のロボットを強くする事もできる」

「やった……! 7フィートのロボットにも勝てるかな?」

「7フィート……ああ、ソラリアのG型か。ノーダメージで倒せるだろう」


テッドは震える声で質問を続けた。


「じゃあ、もしそれをする場合、どれくらいのお金が必要かな?」


マーヴェリックは少し考えてから言った。


「90NA$」


90NA$ならテッドのお小遣いでもギリギリどうにかなりそうな金額だった。

テッドは貯金の額を指折り数えた。

アルミ缶で作った貯金箱に10NA$、銀行に75NA$、机の中に2NA$、財布の中に1NA$あった。

月々のお小遣いの5NA$を前借りすればサービスを受けられる。

テッドは興奮した。


90NA$で普段いばり散らしているアントニオ・コッパの自慢のロボットを倒せるかも知れないのだ。


だがマーヴェリックは興奮するテッドに冷や水を浴びせ掛けた。


「だが後で後悔するぞ」

「どうして……?」

「ブルーが壊れるからだ」

「でもノーダメージで勝てるんでしょ?」

「ブルーの脳味噌にあたる部分が徐々に壊れて行く。具体的に何が起きるかというと、例えば朝、お出かけするパパかママの車にブルーがパンチを食らわせる。君がテレビでアニメを見ていると、どこからかブルーがやって来てテレビを投げ飛ばす。戦闘用プログラムの誤作動だ。周りに変化が無い時でさえブルーは誤作動を起こす。戦い方を学習してしまった家庭用ロボットの悲劇だ」

「……じゃあ、僕はどうしたら良いの? 友達にロボット同士を戦わせる大会に出るように言われてるんだ」


マーヴェリックは「知ってた」という様な顔をした。


「家に帰ってじっとしてれば良い」

「友達に嫌われたらどうするんだよ……」

「君と同年代の新しい友達を紹介してやろう。ちゃんと人間らしい優しい心を持った友達を」

「学校にいる時には会えない友達だよね…………でもまぁ、それで良いや……」

「良い子だ」


マーヴェリックはポケットから電話番号とSNSのアカウント名が書かれた名刺を取り出し、テッドに渡した。

テッドはそれを受け取った。


マーヴェリックはウィルキンソン家を後にし、テッドは家でドキドキしながら過ごした。








それからしばらくテッドはコッパの一味から白い目で見られた。


しかし、テッドはマーヴェリックに紹介された友達のおかげで、どうにか楽しい毎日を送れた。


そして戦争ごっこの日から3ヶ月が経った頃、テッドは町のゴミ捨て場に機能を停止したゴライアスが捨てられているのを発見した。


そこにたまたまマーヴェリックが通りがかった。


「やぁ、テッド。今日は陽射しがキツくて嫌になるね」

「何でこんなところにマーヴェリックがいるの?」

「友達から新品同様のソラリアのタイプGが捨てられてるって教えて貰ってね、こっそりいただきに来たんだ」

「そうなんだ」

「相変わらず元々の友達は冷たいのか?」

「まぁ、うん……大丈夫だよ」

「僕が紹介してやった新しい友達とは上手く行ってるかい?」

「面白い奴らだけど、やっぱりネットが使える夜しか会えないからね……まぁ、うん、僕は大丈夫だよ」


それから2言、3言話してからテッドとマーヴェリックは別れた。




テッドは家に帰った。

家ではブルーが庭に水をやっていた。

テッドはブルーに言った。


「後でサッカーやろうよ。ボール取って来るから」




テッドとブルーはサッカーでいい勝負をした。











「ブルーを戦士にしよう」終わり

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