皿上の歌姫(※アルバイト)

家葉 テイク

第1話

 昔から寿司が好きだった。

 祖父母と一緒に、殆ど毎週のように回転寿司屋へ行った――という幼児体験がそんな嗜好を形作っていたのかもしれない。子供の頃の思い出は、意外と人格形成に大きな影響を及ぼすのだ。


 そんな俺は、今、寿司と一緒に回転してます。


***


   皿上の歌姫(※アルバイト)


***


「…………回転寿司のアルバイト?」


 夏季休暇を間近に控えたある日。

 俺は先輩から持ち掛けられた話に、怪訝な表情で問い返していた。

 事の始まりは、どうしても暇になる夏季休暇の間にできるバイトで、いいものはないか――という俺の問いだった。仲は良い方なんだけども、二人きりだと会話が続かない先輩との間を持たせる為の、世間話みたいな問いかけだったが――俺にとっては、存外興味深い話だった。

 寿のアルバイト――といえば、レジ打ちや配膳なんかだろうか? 確かに俺は子供の頃から寿司が好きだし、向いているといえばその通りかもしれない。しかし先輩は詳しく説明することはせず、『行ってみれば分かるよ』『私も働いているから口利きできるよ』『おいしい賄いも食べられるよ』という先輩のおススメ攻勢に好奇心を刺激され、俺は二つ返事で先輩の提案に乗り、そしてその日のうちに、先輩に連れられてその回転寿司のアルバイトの面接に臨んだ。



 ………………臨んだ、ような気がするんだけど。


「………………なんすかこれ」


 気付けば、俺の視界は一変していた。

 俺が立っているのは、従業員用控室にある無骨なテーブルの上。だが、テーブルの上に高校生にもなった少年が仁王立ちしている――なんて頭のおかしな絵面ではない。なんというか、今の視界のを総合して、俺の状況を客観的に表現するならば――――、



 フィギュアみたいな大きさの小人が、テーブルの上にぽつんと立っている、だ。



「いやー、イイね。やっぱり可愛いなぁ」

「イイねじゃないですって先輩! これ一体どういうことなんですか!」


 そう言って、俺は両手を広げて見せる。視界の端に映る今の自分の手は、サイズの小ささを抜きにしてもほっそりとしていて可愛らしい。……冗談でも男子高校生の腕には見えない細さと白さだ。

 もちろん、俺本来の手腕がそんな可愛らしい感じになっているわけではない。

 というか、今俺が動かしているのは、サイズの違いを差し引いても自分の身体とはまったくもってかけ離れていた。

 テーブルについていた金具には、銀色に輝く長い髪をポニーテールにした、碧眼の美少女の姿が反射している。服装は妖精みたいに浮世離れした格好で、特にノースリーブの袖から見える腋やミニスカートから見える太腿のアレが、なんか自分の身体でもないのに恥ずかしさを助長していた。

 を、後ろから抱くようにしている先輩は、


「だから、最初に言ったでしょ? そのを操ってほしいって」


 そう、笑いながら言った。

 俺は微妙な恥ずかしさに居心地の悪さを感じながらも、この人形のものらしき可愛らしいソプラノの声で精一杯抗議する。


「言ってましたけど! 確かに言ってましたけど!! 普通なんていうか、ラジコンみたいなものだと思うじゃないですか! だいたいこれ、操るって言うんですか!? 完全に中に入ってるっぽいんですけど!」

「うんまぁ、最新の没入型VR遠隔操縦ロボットというヤツだからねぇ。AIだといちいち制御するのが面倒だから、いっそのことVRと併用すればいちいち『人間らしい動き』をプログラミングする必要もないだろうっていうめちゃくちゃ大雑把な設計思想で作られた最新型だし」

「良く分からない手短に!」

「私が作った最新式の小型ロボットだよ。大事に使ってね」

「発明家属性ですか!?」


 ええええ、今まで先輩後輩やってきたけど、そんな属性が先輩にあるなんて初めて知ったぞ! っていうかせいぜい高校二年生くらいの少女がそんななんか凄そうな発明とかできるもんなのか! 天才なのか、天才女子高生なのか!?

 っていうか、なんで回転寿司のアルバイトにこんなものが必要になるんだよ!?


「最近の回転寿司って、色々なものが回っているじゃないか」


 そんな俺の内心の混乱を落ち着けるように、先輩はニコニコ笑いながらそんなことを言った。


「寿司だけじゃない。揚げ物とか、汁物とか、サラダとか、デザートとか。わさびやスプーンといった食器も回している店舗だってある。回転寿司店の企業努力っていうのは、つまるところこの『回転システム』自体の改良か、『回転するもの』の幅を広げることに集約されるんだ」


 それは、まぁ、分からなくもないけど…………。


「そこで、私は考えた。レーンの上を、歌って踊れるアイドルが回って来たらどうかと」

「なんでそこでそういう発想になった!?」

「だってもう食べ物関係は開拓済みじゃないか。それに残っていてもすぐ開拓されるだろうし。だから、他のチェーン店を越える為には、発想のジャンルを一つ二つフッ飛ばさないといけなかったんだよ」

「う、うぐう…………色々とツッコミどころがありすぎて対応しきれない…………!」


 俺は、思わず頭を抱える。さらりとした金色の髪がほっそりとした指先に絡みつく。どうでもいいけどこれ、よくできてますね。


「おおそうか。気に入ってくれたか。それは嬉しい。では早速アイドル活動してもらおう」

「心を読まないでください気に入ってないですさっさと話を進めないでください!!」

「大丈夫だって、安心しろ。その人形の記憶領域にはちゃんと歌と振付が内蔵されているから」

「はーなーしーをーきーいーてー!!!!」


 ………………なーんて俺の囀るような叫びもむなしく。

 俺の回転寿司アイドル活動は始まったのだった。


 ………………その後しばらくして、『皿上の歌姫』とかいうキャッチコピーで大活躍するアイドルが日本中で話題になるのだが、そんなことは俺とは全く無関係である。ほんとうに。

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