第二幕 二場

 こずえとみどり、前場のせりふを掛け合いながら登場。


みどり 「ああ、私たちはなんて芸術的なんでしょう」

こずえ 「あふれ出る知性」

みどり 「隠しきれないこの教養」

こずえ 「いくつもの宝物を手にして」

みどり 「ああ、罪なのね」

こずえ 「そう、罪なのよ、嘘は」

みどり 「ああ、どうかお許しください」

こずえ 「許さぬものではないが、許すにしては」

みどり 「許すにしては」

こずえ 「許すにしては、この美貌が邪魔をする」

みどり 「いえいえ、その口が邪魔なのよ」


 二人、手を取り合って笑う、

 わかばとあおば登場。


わかば 「舞台は回りましたね」

こずえ 「それにしてもまた今年もやられてしまいました」

みどり 「あの場は私と真由姫が退場してから、永久様の登場のはずなのに。ど

    うして永久様の到着があんなに早かったのかしら」

わかば 「私もそれが不思議でならないのです。このことは後で聞いてみるとし

    て。この度は琴織姫にまでやられてしまって。もう、さっさと御簾の中

    に隠れてしまうのだから」

みどり 「あれは最初からそのつもりだったのかしら。それともとっさの思いつ

    きで」

わかば 「そのつもりだったのよ。ほら、御簾から出てきたとき衣装が違ってい

    たでしょ」

みどり 「でも、真由姫はちょっとかわいそうでした。私たちとは違って素人同

    然だもの。すっかりあせっちゃって」

わかば 「でも、もう三年目でしょ、ちっともうまくならないのだから」

みどり 「そこがいいのよ」

わかば 「どこまでも主人思いね」

みどり 「役って、そういうものでしょ」

こずえ 「だけど何、あの久遠様のこと、誰か聞いた人いる」

わかば 「いるわけないでしょ、聞いていれば」

こずえ 「そう、聞いていれば黙っていられない人がいたりして」

みどり 「それ、私のこと」

こずえ 「別に誰とは言いませんけど、そうとってくれてもいいわ」

みどり 「あなたって役と一緒で言いたいこと言うわね」

こずえ 「あなただって、このたびの役はあなたそのものよ」

みどり 「まあその言葉、気前よく熨斗付けてお返しするわ」

こずえ 「熨斗より、孔雀の羽根でも付けてほしいわ。私の美貌にぴったりの」

みどり 「あつかましい。らくだの羽根くらいがちょうどお似合いよ」

こずえ 「らくだに羽根があるわけないでしょ」

わかば 「まあまあ、もうおよしなさいませ」


 三人笑う。


あおば 「ああ、ばかばかしい。これはいったい何なの」

こずえ 「あなたこそ何よ、はじめはよかったけど、途中から黙り込んでしまっ

    て」

みどり 「そうよ、こんなに台詞のある役は初めてだって張り切っていたじゃ

    ないの」

わかば 「張り切りすぎて怖くなったの」

あおば 「違うわ。でも、あなたたちは空しくないの」

わかば 「空しいって?」

こずえ 「何が?」

みどり 「よくわからないわ?」

あおば 「だって、だって…。観客が一人もいないのよ。こんなに立派な劇場で

    すばらしい舞台だというのに、どうしてお客が一人もいないの…。ええ

    そうよ、私はこんな大きな舞台に立ったことはないし、こんなきれいな

    衣装も、台詞の多い役も初めてよ。だから最初に話を聞いたときは飛び

    上がるほどうれしかったわ。あなたたちに負けまいと一生懸命稽古をし

    てきた。そして、いよいよ幕が開いた。それが何、これは何。お客が一

    人もいないなんて…。一瞬、これは通し稽古かとも思ったわ。それなら

    それでいいけど、わかばさんの緊張感が伝わってくるから私もがんばっ

    てみたけど長くは続かなかった。ああ、勝手な台詞を言って迷惑かけた

    ことは謝ります」

わかば 「あの時は一瞬戸惑ったけど、こずえさんが早く登場してくれて助かっ

    たわ。さすがね」

こずえ 「いいえ、子役上がりで場数を踏んでいるだけよ。でも、私も台詞を間

    違えたし」

わかば 「それで立ち直ったと思ったのに、あなたは真由姫が登場したころから

    また元気がなくなり黙り込んでしまった。それでも私の台詞を取ったま

    ではよかったけど、それっきり」

みどり 「まだ、真由姫が見えないわけ」

あおば 「いえ、それはもうないけど」

みどり 「そうね、いくら波長が合いにくいといったって、毎日一緒に稽古して

    きた仲だもの」

こずえ 「さあ、しっかり前をご覧なさいよ。お客様はたくさんいらっしゃる

    じゃないの」

あおば 「え、どこに…。私は視力はよかったのに、もう、ここへ来てからはす

    べてがはっきり見えない…。あなた方と琴織姫は最初から見えたけど、

    真由姫は少し時間が必要だったし、永久様や久遠様はぼやけたようにし

    か見えない…」

わかば 「まだ自分の置かれている現状がよくわかってないのね。でも、もう見

    えてもいいと思うけどねえ」

あおば 「はぁ…。でも、これは、これは一体何なの…。一年に一度しか会えな

    い恋人たちの逢瀬をここではこんなにも大掛かりでやっている。ここは

    そういうところなの。そしてこれは、あの七夕の織姫と彦星のことじゃ

    ないの。でもあれは単なる日本の昔話、おとぎ話でしょ」

わかば 「あれはただ一組の男女のお話ではないの。心中した男女は一年に一度

    しか会えないのよ。そういう何組かの男女の話が伝わって、ああ言うお

    話になったのよ。そのことも最初に聞いたでしょ」

あおば 「そう言えば聞いたような聞かないような…。えっ、ええっ、あ、あ 

    の、ここは舞台の上、かしら」

わかば 「そうよ」

あおば 「どうしてまた舞台の上に。私たちの出番は、後は、最後にお見送りす

    るだけなのに、どうしてまた舞台の上で、それにみんな勝手なことばか

    りしゃべったりして」

こずえ 「今もお芝居続いているわ」

あおば 「どうして、どうして」

わかば 「どうしてって。確かに最初の台本ではこの場はなかったけど、後に付

    け加えられて新しい台本もらったでしょ」

あおば 「うそ、そんなのもらってない。ねえ、もらってないでしょ」

みどり 「みんなもらいました。稽古もしました」

あおば 「うそぉ。もうぅ、知らない。どうすればいいの、これから私」

こずえ 「このままでいいのよ」

あおば 「このままって。私だけぶっつけ本番?こんなのあり?」

こずえ 「ありといえばありね。あなたはなぜかこの場の稽古となるとすべてが

    上の空で、台詞もろくに覚えようとしないから、プロンプターつけるこ

    とにしたのじゃない。一場ではちょっと失敗したけど、ここはこれでい

    いのよ」

あおば 「これでいいわけないでしょ。それにプロンプターなんてついてないわ

    よ。私もそうだけどあなたたちも芝居忘れて勝手に、素に戻っておしゃ

    べりしてるだけじゃないの、それもこの衣装のままで。やっぱり変よ」

わかば 「それも言ってたわ。こんな衣装で、こんな台詞いやだって」

こずえ 「あなたには聞こえないの。いいえ、聞こえてるはずよ。だってプロン

    プターと同じ台詞言ってるじゃない。ほら、よく聞いて」

あおば 「……」

プロンプター 「そんなのどこにも聞こえやしないわ」

あおば 「そんなのどこにも聞こえやしないわ」

プロンプター 「いい加減なこと言わないで、私は操り人形じゃないわ」

あおば 「いい加減なこと言わないで、私は操り人形じゃないわ」

プロンプター 「なんだかいらいらしてくる。もう止めましょ、こんなばかげた

       こと」


 プロンプターの声にかぶせながら。


あおば 「なんだかいらいらしてくる(プロンプターの声に気づく)もうやめま

    しょ、こんなばかげたこと…」

こずえ 「やっと聞こえたようね。前場ではいくら台詞を伝えてもだめだったと

    プロンプターが嘆いていたわ」

あおば 「……」

プロンプター 「そんな、そんなことって」

あおば 「……」

みどり 「どうしたの。役者は台詞を言ってこそ、役者でしょ」

あおば 「そんな、そんなことって(耳をふさぐ)さあ、これでプロンプターの

    声なんて聞こえやしないわ。私は私の台詞を言うわ」


 こずえとみどり、耳をふさいでいるあおばの手を掴む。


わかば 「それならこんなことしないで、大きな声ではっきりと、どうやって、

    どうしてここへくることになったのか、それを語りなさいよ」

みどり 「そう、あなたはまず自分を認識するところから始めないと」

あおば 「勝手にやってもいいの」

こずえ 「もう、やってるじゃない」

みどり 「やればいいのよ」

こずえ 「やれば」

あおば 「それが…。夢というにはあまりに長すぎて、現実というにはあまりに

    狂いすぎている。それならばこれは科学では証明できない貴重な体験を

    しているのかもしれない。そしていつか誰かがここから助け出してくれ

    るかもしれない。いいえ、ひょっとしたら自分でここから抜け出せるか

    もしれない。そう、あの日私は気がつくと道に横たわっていた。すぐに

    起き上がったけど怪我をしているし、出血もひどい。でも、誰も知らん

    顔で歩いている。怪我人を見れば側に駆け寄るとか救急車を呼ぶとかす

    るじゃない、それが普通でしょ。なのにだれも見向きもしやしない。そ

    れよりタクシーを止めようとしても一台も止まってくれない。頭にきて

    大声を出してみたけどまったくだめだった。もう、何がなんだかわから

    ないまま、ひたすら歩いてやっと家にたどり着いてインターホンをこれ

    また何度押しても誰も出てこない。裏口へ回ろうとしたとき母が出てき

    たのに「気のせいね」って、私がいくら呼びかけても引っ込んでしまう

    のよ。家には父も兄妹もいたけど誰に話しかけてもみんな知らん顔。そ

    れどころか何かあわただしく、だんだんに人が増えてきてお通夜だ葬式

    だと言うから、誰の葬式かと思ったら、なんと私の葬式。冗談じゃな

    い。私はここにこうして生きている、これは何かの間違いだ、勝手に殺

    さないで…。もういたたまれなくなり外に飛び出し、私が倒れていたと

    ころまで戻ってみれば花が供えられ、確かにここで事故があったらしい

    けど、だからってそれが私とは限らないじゃない。私にはその日その場

    所に行った記憶がないのに…。到底信じられないからまた家に帰ってみ

    れば、祭壇に私の写真が飾ってある。なんで私の葬式なのよ。もうそこ

    にいる人すべて呪い殺してやろうと思ったわ。その時知らない人が声を

    かけてくれた。ほら、やっぱり私は生きているじゃない…。でもその人

    はお前はもう死んだ人間だからあの世に案内してやるといった。でも、

    私は自分が死んだなんてどうしても信じられなかった…」

わかば 「あおばさんも、やっぱり事故だったのね」

こずえ 「人間とは病気で死ねば、死を受け入れやすいけど、事故はね」

みどり 「それからどうしたの」

あおば 「どうしていいのかわからないまま時が過ぎて。でもいくら考えても自

    分が死んだなんて思えない。それなのに家族が私の生命保険を何に使お

    うかなんて楽しそうに話し合ってるの。それを聞いたとき腹が立って腹

    が立って、仏壇のろうそく倒してやろうとかと思った。そしてまたあの

    人が現れた。今度は仲間を連れて。もうどうにでもなれという感じでこ

    こに来てしまったけど、ここは本当に霊界なの」

わかば 「そう、ここは霊界なの。でも私だって最初は信じられなかった。本当

    に霊界というものがあるということも、ましてやこんなに早く自分が死

    ぬなんて思ってもみなかった」

こずえ 「人間はいつか死ぬもの、死なない人なんていない。そんなことはみん

    なわかって生きているけど、死ぬのは人から、自分はずっーと、ずっと

    後のことだと思っていた」

みどり 「それが、ある日ある時、突然だもの。たまらないわよ」

あおば 「私たちは本当に死んだのかしら」

わかば 「死んだからこうして霊界にいるのじゃない」

こずえ 「何度も言うけど私たちは死んだ人間なの」

あおば 「そうかしら。なんとなくここにきてしまったけど、ちょっと不思議の

    世界に迷い込んだだけじゃないの。あまり面白いことはないけど、確か

    にこの体は以前とは違っている。だからってそのことが死の証明になる

    の?」

みどり 「この体は概念によって見えているだけで、私たちに体はないのよ。そ

    の証拠に食べなくても、飲まなくても、眠らなくても平気。そんな人間

    がいるわけないでしょ」

あおば 「だからぁ、それはぁ、何かの突然変異でそうなったのよ。ほら、奇跡

    体験なのよ。そう考えると辻褄が合うわ。いつか科学がもっと進歩すれ

    ば、このことが証明される日がきっと来るはずよ。いいえ、その前に。

    ねえ、その前に何とかここから抜け出して、元の世界に戻ることはでき

    ないかしら。四人が力を合わせればきっと何かの糸口が見つかるはず

    よ」

こずえ 「わからない人ね、ここは仮想現実の世界ではなくて、いわゆるあの世

    なのよ」

あおば 「何を指してあの世というの。今私たちはここにいるのだから、この世

    じゃない」

わかば 「それは生きていたときの話、あなただってお前は死んだ人間だといわ

    れて、ここに来たのじゃない」

あおば 「あの時は普通じゃなかったから、簡単にだまされたのよ」

こずえ 「その普通でないことが死ぬことよ。悔しいけれど私たちは死んだ人間

    なの。私だって最初はなかなか信じられなくて悩んだわ。でも死を認識

    しなければ、死を受け入れなければなにもできないところなのよ、ここ

    は」

あおば 「もうなにもする気はないわ。これから私がすることはこんな茶番劇で

    はなく、ここからの脱出劇よ」

こずえ 「無理よ」

みどり 「不可能よ」 

わかば 「生まれ変わる以外には」

こずえ 「あおばさん、あなたには見えないものがたくさんあるでしょ」

みどり 「それは見えないのではなくて、あなたが見ようとしないから、視野が

    狭すぎるのよ」

あおば 「私は見ている、見ようとしている、視力もいい。そりゃ、まだ若いか

    ら、経験してないことも知らないこともあるから、少しくらい視野が狭

    くったって当然じゃない」

みどり 「視野というのは知識とか、経験のあるなしじゃなくて、心の目の広さ

    を言うのよ。もっとも私も大きなことは言えない、人間界にいる時はそ

    んなこと考えたこともないし、霊界に来てからも、そのことを納得する

    までにあなたほどではないけど、やはり時間が必要だった。私こそ神な

    んて信じてなかったし、あの世なんておろかな人間の戯言で、死なんて

    人ごとだったもの。それがこんなにもあっけなく死ぬなんてね。私人間

    界ではアイドルやってたの。テレビで自信もって天然ボケやった。わざ

    ととんちんかんなこと言ってたまにマトモ言えばいい。それが通用する

    と世間をなめていた。でもお茶の間の人たちは想像以上に厳しくて、す

    ぐに飽きられしまい、落ち目タレント、崖っぷちタレントと言われたも

    のよ」

わかば 「私も女優になりたくて家を飛び出し、ある事務所に拾われたまではよ

    かったけど、そこでの仕事が名前も聞いたことがないような女優の付き

    人。それでも散々いびられながら一生懸命やったわ。でもお陰でちょっ

    とした役をもらえるようになれた」

こずえ 「私は子役だったでしょ。親は必死でわが子をスターにしようとする

    し、子供同士でも足の引っ張り合いはあるし、傍で見ているほど楽しい

    ものではないわ。でも子役のうちはまだよかった。大人になっても子役

    のイメージがついて回るから、仕事は来なくなる、親からも責められ、

    悩んだわ。親があちこち拝み倒してやっともらえた仕事がよくわからな

    いイベントのゲスト。でもテレビカメラが何台も来ていたから、もうう

    れしくて。放送される日は早起きして、今か今かとリモコン握りしめ、

    苛々しながら待っていると一瞬テレビに私が映った。そのとき急に胸が

    苦しくなり、なにがなんだかわからないまま…。私にとっての死はテレ

    ビのチャンネルのように切り替わってしまった。リモコンをもう一押し

    すれば死ななかったかしら」

みどり 「私はそのころ付き合っていた男と一緒のとき、チンピラに絡まれて腹

    を刺されてしまい、男はすぐに逃げてしまったけど、私はこれはチャ

    ンスだと思った。冷たいコンクリートに横たわったままひたすら救急車

    の来るのを待った。すぐに救急車はやってくる。すぐに病院へ、即緊急

    手術。そして目覚めればベッドの上でレポーターのインタビューを受け

    る私。そのときは思いっきり泣こう。そんな映像が頭の中でフラッシュ

    のように何度も繰り返された。もう一度チャンスはやってくる。もう一

    度チャンスはやってくる…。やがて救急車がやってきた。ああ、よかっ

    たと思いながら意識がなくなり。でも目覚めたのはベッドの上ではなく

    見知らぬ場所。私だって信じられなかったわよ。だけど事務所の社長

    が、私が如何に有能なタレントであったかを歯の浮くような言葉で語っ

    ているテレビを見たとき、自分が死んでしまったことに気がついたの、

    もう悔しくて悔しくてどうしようもなかったわよ」

わかば 「皆悔しいのよ。私だって、付き人から女優になれて、さあ、これから

    というときに、出番は少ないけどちょっといい役が来たの。撮影も無事

    終り「良かったよ」と言われたときのうれしさ。その夜は友達とおおは

    しゃぎ。酔っぱらって階段でスター気取りのパフォーマンス…。でも、

    私はちょっとバランスを崩したたけなの。それをあの女優が私を助ける

    ふりして、突き飛ばしたのよ。「あらぁ、大丈夫」なんて猫なで声で、

    助けを呼ぼうともせずに私を見下ろしていた。そのときのあの人の冷た

    い目…。最後に医者の「もうすこし早ければ」という声が聞こえたわ。

あおば 「何よ。それが何よ。いいじゃない。あなたたちは短い間でも脚光を浴

    びたのだから。わたしなんて子供のころから芸能界に入ることだけ考え

    て生きてきたというのに、子役にもアイドルにもタレントにもなれ

    なかった。いつもその他大勢。いつまでも芽が出ないものだから兄や妹

    からはばかにされ、親は早く嫁にいけとしか言わない。それでも苦節十

    数年という言葉を信じていたのに、何もできないままこんなところにき

    てしまった。仮に、仮によ。仮にここが霊界という死後の世界で、私も

    死んだ人間だとしたら、なんと冴えない人生よね。あまりにばかばかし

    すぎて涙もでやしない」

みどり 「これからやり直せばいいじゃない」

あおば 「なにを」

わかば 「生まれ変わるための修行をよ」

あおば 「……」

みどり 「地球での記憶がだんだん薄れていく、そういう概念が取り払われてか

    ら、また人間界に復帰できる」

あおば 「ほら、やっぱり元の世界に返りたいのじゃない」

みどり 「そりゃ、帰りたいわよ。今度こそやり直して人生を全うしてみたいも

    の。みんなそうよ」

あおば 「そんな気の遠くなるような先の話じゃなくて、私は今すぐ帰りたい。

    そしてみんなをびっくりさせてやりたい。

わかば 「それは不可能なことよ」

あおば 「なにもやってないうちから言うことないでしょ。いえ、簡単ではない

    ことくらい私にだってわかってるわ。だからこそやる価値があるという

    もの。ねえ、四人で力を合わせてここから抜け出すのよ。やりましょう

    よ。成功すれば、それこそ私たちはスターよ。ねえ、やりましょうよ」

わかば 「何度も言うけど、それはできないことなの」 

あおば 「いいわ、私一人でもやるわ」

こずえ 「そんなに言うのなら、あなたね、その情熱の一部をこの二時間たらず

    のお芝居に向けることはできなかったの」

あおば 「その理由は何度も説明したじゃない。

こずえ 「またその繰りかえし」


 天使登場。


わかば 「天使様」

こずえ 「あら、天使様」

みどり 「まあ、天使様」

こずえ 「天使様、もうびっくりいたしましたわ」

みどり 「そうですわ、あんなに早く永久様を登場させるなんて」

わかば 「それに久遠さまなる方のことはまったく聞いておりませんし、台本に

    もなかったではないですか」

天使  「大変でしたわね」

みどり 「私たちはともかく、真由姫がかわいそうでした」

こずえ 「一体どうして今回はあんなに込み入ったことに」

天使  「あれは永久殿が早くついたということもあるのですけど、例によって

    私のいたずら心です」

わかば 「では琴織姫が隠れたのも天使様の差し金、いえ、演出ですか」

天使  「いえ、あれは琴織姫の独断です」

わかば 「まあ、では琴織姫の方が一枚上手」

こずえ 「いえいえ、その琴織姫をすぐに見つけてしまった永久様の方がさら

    に」

みどり 「ではなす術もなかったのが私たち。なんだか力が抜けそうで」

天使  「いいえ、皆さんよく切り抜けてくれました。それにまだ終わったわけ

    ではないのですから、気を抜かないでくださいね」

わかば 「はい、でもあの久遠さまなる方は」

天使  「私もこのごろは時代の移り変わりというものを感じます。久遠殿は常

    に前向きの明るい方で、人間界では山歩きが趣味だったそうで、これか

    らは地球の歩き方ならぬ、霊界の歩き方を趣味にしますとおっしゃられ

    てあちこち出向かれているうちに、永久殿と波長が合い、もっと住みや

    すいところがありますのに、とうとう同じところにお住まいになられま

    した。このたびのことも好奇心いっぱいで楽しんでおられます、琴織姫

    にも真由姫がいますからちょうどいいと思いまして」

あおば 「天使様!」

天使  「はい」

あおば 「これは一体何なのですか。あんなに稽古をしてきたというのに」

みどり 「毎年何かしらのハプニングに驚かされるのだから」

わかば 「私たちの読みがあたったことはなくて」

こずえ 「でも、そのナゾがまた楽しい」

天使  「あおばさんは今年初めての参加でさぞびっくりされたことでしょう」

あおば 「いいえ、私は何をやってもだめですから。それにしてもどうして私、

    こんなに目が悪くなったのかしら。天使様の羽根も見えないのだから」

天使  「私に羽根など、最初からありません」

あおば 「え、どうして、天使の絵には羽根が描いてあるのに」

天使  「それは人間の創造による天使像であって、実際は人間となんら変わる

    ところはないのです。私も元は人間です」

あおば 「その人間がどうすれば天使になれるのかしら」

天使  「私たち天使は子供のころ霊界に帰ってきたのです。それこそ死の意味

    も知らぬままに、そして人間界で学べなかったことを学び、天使となる

    か、人間になるかを選択するのです」

あおば 「天使を選んだわけは」

天使  「詳しいことは省きますが、私は殺されたのです。だからというわけで

    もないのですけど、天使を選びました。でも私と同じように殺された子

    供でも人間界にお帰りになられた方もたくさんいらっしゃいます」

あおば 「人間界に戻りたいと思ったことはないのですか」

天使  「ありません」

あおば 「人間界のことを知りたいとも思わない…」

天使  「知っております。天使には見えないものはないのですから」

あおば 「人間界が見える?」

天使  「はい」

あおば 「ではあなたのような方から見れば、人間とは愚かな生きものでしかな

    いでしょうね」

天使  「いいえ、先程も申しました様に、私も人間でしたから」

あおば 「それでは、天使と人間の違いって何ですか」

天使  「ひとつは見えないものがないということです」

あおば 「それから」

天使  「もうひとつ、わかりやすくいえば、嫌いなものがないということで

    しょうか」

あおば 「そんな天使がなぜこういうお芝居を」

天使  「私は人間界におりましたころに一度だけお芝居を見たことがありま

    す。そのすばらしい夢空間にすっかり魅せられてしまった私は、漠然と

    ですけど大きくなったら舞台女優になりたいと思いました。でも叶わぬ

    うちに霊界に呼び戻され天使になりました。一口に天使といっても新人

    ですから、最初の十年くらいはわりと自由にやりたいことをやらせてい

    ただけるのです。あれこれ思案をしているころに知ったのが、心中した

    男女の辛い現実です。理由は何であれ自ら命を絶ったものを神様は生半

    可なことではお許しになりません。厳しい修行に耐えて後やっと一年に

    一度だけ会うのを許される、それもひっそりと。だからほとんどのカッ

    プルが長続きしないのです。でも、中にはいますよ、思い余って心中し

    たのでしょうに、霊界についた途端にけんかをはじめるカップルが。そ

    してそのまま別れてしまったり、それほどではなくても男女の双子とし

    て生まれ変わるほうを選ぶのです。そのほうが楽なのです。そのかわり

    二人は二度と添い遂げることはできません。そんな中で、永久殿と琴織

    姫はいつの日か夫婦になれることを願って長い間待ち続けています。そ

    れを知った私は何とかこの二人の年に一度の逢瀬をもっと楽しいものに

    してあげられないかと考え、芝居仕立てを思いつきました。神様に何度

    もお願いをしてお許しをいただいたときは本当にうれしかったもので

    す」

あおば 「でも天使様、子供のころに霊界に来てしまったあなたに、男女の恋愛

    事情がわかるのですか」

天使  「あら、天使でも恋はします。それに今の私は結婚しております」

あおば 「えっ!」

天使  「天使が結婚してはおかしいですか」

あおば 「いいえ、男性の天使がいるとは思っても見なかったことで…。天使は

    結婚できる…」

天使  「天使は女性だけと決まったものではありません」

わかば 「天使だけではなく誰でも結婚できるの。あなたにはなんとなく言いそ

    びれてしまったけど、私たち三人とも結婚こそしてないけど、それぞれ

    好きな人はいるの」

あおば 「その、男の人ってどこにいるの」

こずえ 「あら、ここにも裏方さんとして大勢の男の人がいらっしゃるじゃな

    い」

みどり 「言うまでもないことだけど、ひとつの舞台を作るには裏方さんの助け

    が必要でしょ」

あおば 「普通はそうだけど、でもここのセットも大道具も小道具も勝手に動い

    てたじゃない。それって天使様がそれこそ指一本でやったことでしょ」

天使  「私は魔法使いではありません。無から有を作ることはできません。人

    間界ほど時間はかかりませんけど、すべて大勢の方たちの協力があって

    こそ成し遂げられたことです。それにもうひとつ、私が劇場という空間

    を造りたかったのは、ここを治外法権のような場にしたかったからで

    す。霊界は人間界での徳の積み方によって住む場所が決められます。大

    きくは三つに分けられ、天上界、中間界、下層界です。天上界の上に天

    国がありますが、そこにいかれた方はまだお一人もいらっしゃいませ

    ん」

あおば 「どうして天国にいった人が一人もいないのですか。どうすれば天国に

    行かれるのかしら」

天使  「天国に行くには三つの愛を完成させなければならないのです」

あおば 「三つの愛?」

天使  「はい、親との愛、夫婦の愛、そして子供との愛です」

あおば 「それくらいなら…」

天使  「いいえ、形のことだけを言っているのではありません。たとえばキリ

    ストは独身でしたし、釈迦は妻子を捨てて修行された方です。天上界に

    お住まいですけど、天国ではありません」 

あおば 「では、その下は」

天使  「中間界はそれぞれの立場で世のため、人のために尽くされた方たちで

    す。そういう徳を積まれた方はよろしいのですが、ほとんどの方が下層

    界で日々修行されています。下の界に行くほど、自由も少なく、一番下

    は、皆様「見えずの世界」とおっしゃっていますが、本当に何もないと

    ころなのです」

あおば 「あら、地獄ではないのですか。

天使  「あなたの想像されているような仏教地獄など存在しません」

あおぱ 「へえ、そうなのですか、じゃ、少しくらい悪いことをしても、ひどい

    目にあうことはないのですね」

天使  「ひどい目にあうのではなくて、修行がそれだけ厳しくなるのです」

あおば 「でも、なにもないところでなにもしなくていいのなら」

天使  「それが一番辛いことではないでしょうか…。人間とは脆いものです。

    知らず知らずのうちに、心ならずも罪を重ねてしまい、厳しい修行に耐

    えている。そういう方たちとも一年に一度くらいは楽しい空間を共有し

    たかったのです。だから役者の方たちも志半ばで霊界に帰られた人たち

    を集めました。まあ、そうでなければ私の無茶な演出に付き合ってはい

    ただけないでしょうから」

あおば 「では最初に、私に芝居をやらないかと声をかけてくれた人は誰だった

    のかしら。天使様でないことは確かなんだけど」

天使  「それはこの芝居の作者です」

あおば 「作者…」

天使  「そこでプロンプターやってるでしょ。

あおば 「プロンプター?あいにく私にはなにも見えません!でも声は聞こえま

    した。でも、その作者がなぜ私に…」

天使  「後で聞いてごらんなさい」

あおば 「先に聞きたかった。それより悔しい、お客の顔が見えないのが悔し

    い」

天使  「人間界では視力があればものを見ることができますが、霊界では意思

    を持たなければなにも見えてこないのです。人間同士でも波長が合わな

    いと近くにいても見えないことがありますけど、努力すれば見えるよう

    になります」

あおば 「また、そのことですか、天使様もこの人たちと同じことしか言わない

    のだから」

わかば 「違うのよ」

こずえ 「そうよ、私たちが天使様から教わったことなの」

みどり 「それをあなたに伝えただけなの」

天使  「どっちでもいいじゃないですか」


 わかば、こずえ、みどり、さりげなく退場。


天使  「先ほど時代の流れを感じるといいましたけど、別の意味でもそれを感

    じるときがあります。特に若くして霊界にお帰りになられた方たちに多

    いのですが、すべてがゲーム感覚で、この霊界ですら仮想現実の世界で

    しかなく、常に目新しさや更なる刺激を求めてさまよい。そして行き場

    を失って浮遊霊となってしまうのです」

あおば 「浮遊霊?」

天使  「わかりやすく言えば霊界のホームレスです。人間界にはさまざまな事

    情でホームレスになってしまう気の毒な方がいますけど、霊界にはホー

    ムレスなど存在しません。それぞれに修行の場が用意されていますの

    に、近年何をするでもなく、たださ迷うだけの霊たちが増えてきまし

    た」

あおば 「それがそんなにいけないことですか、いまだに人間界にしがみついて

    いる自縛霊のように害があるわけでもなく、その辺をうろつくだけなら

    それはそれでいいじゃないですか。できるなら私も力を抜いてさまよっ

    てみたい…」

天使  「いけません。いけないことです。あおばさんのおっしゃるように、怨

    念にとらわれたまま、人間界に居座っている自縛霊もそうですけど、霊

    界でホームレスになることも大変危険なことです。人間界への復帰が遅

    れるだけでなく、より良い人間として生まれ変わることが難しくなりま

    す」

あおば 「ならば、そういう人は生まれ変わらなければいいじゃないですか」

天使  「それは許されないことです。すべては神がお決めになることですが、

    人間は生まれ変わっていくのです。そうは言いましても私たち天使や、

    霊であるあなたたちが如何に努力されようとも限界があるのです。生き

    ている人間の力が必要なのです。一人でも多くの人に霊界のことを知っ

    てほしいのです。霊界のことをよく知れば、人間も霊もすべてが幸せに

    なれます。

あおば 「そんなものですかね。でも生きている人間て死んだ人のことを実に早

    く忘れてくれます。うちの家族なんか今頃は私の生命保険で楽しくやっ

    てることでしょう」

天使  「そんなことはないです。あなたのご家族はちゃんとあなたの供養をさ

    れているではないですか」

あおば 「それは世間体もあるでしょうし、それくらいはやって当然です」

天使  「その当然のことさえしていただけない人もたくさんいますよ」

あおば 「そんなこと知りません」

あおばの母の声 「山田順子ちゃん、山田順子ちゃん、山田順子ちゃん、山田順

    子ちゃん、山田順子ちゃん、山田順子ちゃん、山田順子ちゃん」

あおば 「あの声はお母さん…。ああ、私はついに耳まで悪くなってしまったの

    かしら、この霊界で母の声を聞いてしまうなんて…」

天使  「いいえ、人間界から、七回名前を呼べばその声は霊界に届きます。よ

    かったですね、これであなたも浮遊霊にならなくてすみます。あなたの

    お母さんも決してあなたのことを忘れたのではなく、あなたのための供

    養を、それも霊界のことをちゃんと勉強されているではないですか」

あおば 「どうすればいいのです。これから私」

天使  「会いにいけます、お母さんに」

あおば 「では、早速、失礼して」

天使  「だめです。一日七回名を呼ぶ、それを二十一日続けていただかなけれ

    ばいけないのです」

あおば 「ええっ。そんな…」

天使  「第一、まだお芝居は終わっておりません」

あおば 「ああ、でも、芝居はもう…」

天使  「大丈夫です。このままでいいのです。それに今日は神様がお見えに

    なっています」

あおば 「えっ?ああ、それって、お客様は神様ですってことですよね」

天使  「違います。本当の神様がお見えになられています」

あおば 「どこに…」

天使  「客席にいらっしゃいます」

あおば 「天使様も意地悪ですね、私にはなにも見えないのに」

天使  「あなただけではありません、神様のお姿はほとんどの人には見えない

    のです」

あおば 「はあ、でも、神様のお顔ってどんなお顔でしょ」

天使  「人は神に似せて作られたのです。想像力を発揮してみてください」

あおば 「そうは言われてもせっかく霊界に来たのだから、神様も一度くらいお

    顔を見せてくれてもいいのに…。あ、あそこに人が…」

天使  「どこに」

あおば 「ほら、あの、あそこ…」

天使  「見えましたか。見えましたのね。神様のお顔が」

あおば 「えっ、あの方が神様…」

天使  「そうです」

あおば 「ああっ!あああああぁ…。わああああぁ…」

天使  「しっかりするのです」

あおば 「目が。目が。こんなにも多くの目が、ナイフのように私に突き刺さっ

    てくる……。ほんの少し前まで誰ひとり見えなかったお客の目が…。目

    が、怖いほどに…。私に、私へ、ああっ…」

天使  「その多くの視線を受け止めてこそあなたも役者なのです。神のまなざ

    しも、浮遊霊のあいまいな視線も受け止められてこそ役者なのです!」

あおば 「……」


 こずえ、みどり、わかば、登場。

 

天使  「皆さんに報告があります。実は私とこずえさんは今年でお芝居から卒

    業です。ずっとお芝居をやりたいのですけど、天使も日々修行でステッ

    プアップしなければなりません、でも。幸いなことに後を引き継いでく

    れる、なりたての天使がいらっしゃいます。来年からはその方とご一緒

    にさらに楽しいお芝居を作ってくださいね。私とこずえさんは客席にい

    ますから」

こずえ 「はい、ちょっぴり寂しいけど、来年はお客様です」

みどり 「ええっ、知らなかった」

わかば 「そんな、ショック…」

こずえ 「早いものでもう十年たったのですから」

天使  「霊界は十年単位で住むところが変わります。その方の修行に合わせ

    て。皆様、さらに上を目指してください」

あおば 「天使様」

天使  「はい」

あおば 「天使様は先ほど、子供のころに殺されたとおっしゃいましたが、誰に

    殺されたのですか」

天使  「もう、昔のことじゃないですか。地球は既に二十一世紀です。二十一

    世紀には人間界から霊界が見えるようになります。そういう人たちが増

    えて、神様の思いがより多くの人間に伝わるのです。天国の扉も開きま

    す。皆様方、ひとつ上の界に昇れます。二十一世紀とはそういう時代な

    のです。決して難しいことではなく、人々が一歩ずつ譲り合えばいいの

    です。さすれば無益な争いもなくなります。相手を思いやる心と譲り合

    う心があれば…。それが愛なのです」


 天使、静かに一礼して退場。


こずえ 「私、知ってる」

あおば 「えっ」

みどり 「誰に聞いたの」

わかば 「誰に殺されたの」

こずえ 「正確には知ってるじゃなくて、なんとなくわかったというところ。な

    んてたって十年一緒だったもの」

あおば 「一体、誰に」

こずえ 「親よ」

みどり 「親って…」

こずえ 「そう、親だと思う。悲しいけれど間違ってないと思うわ」

わかば 「だから、人間界には帰らない」

こずえ 「いいえ、あの方が天使になったのはそれだけではないと思う」

わかば 「そうね、本当のところはその人にしかわからないものよ」

あおば 「あああぁ!」

こずえ 「なによ、びっくりするじゃない」

みどり 「どうしたっていうの」

わかば 「また見えなくなったなんていうんじゃないでしょうね」

あおば 「そ、そうじゃなくて。ねえ、知ってる。今日は客席に神様がお見えに

    なっていること」

みどり 「えっ、それ、本当なの」

わかば 「どこどこ、いえいえ、どちらに」

こずえ 「いつかお見えになられるとは聞いておりましたけど、今日だとは存じ

    ませんでした。神様」

あおば 「それが、私が一番最初に見えたのが神様だったの」

みどり 「すごいじゃない」

わかば 「どのお席にいらっしゃるの」

あおば 「ああ、あなたたちにも神様のお姿は見えないのね」

こずえ 「なかなか、私たち如きに神様のお姿なんて…」

みどり 「ああ、神様、ひと目なりともそのお姿を」

わかば 「せめてお顔だけでも…」

こずえ 「でも、あなたには見えたのでしょ」

あおば 「そうなのよ、そうなのよ。でも、すぐに大勢の人たちがこの目に飛び

    込んできたものだから…。せっかくの神様のお姿を見失ってしまい…」

みどり 「でも、お顔の感じくらい覚えてるでしょ」

わかば 「お席はどのあたりだったの」

あおば 「それも、何も…。ああ、私って何をやってもだめなのね」

こずえ 「そんなものよ。私たちってそんなものよ」

わかば 「でも、一瞬でも見られたのだから」

みどり 「すばらしいことよ」

こずえ 「ここは霊界」

みどり 「私たちは死んだ人間」

わかば 「今度生まれ変わるのは、いつ」

こずえ 「二十一世紀か、二十二世紀か」

みどり 「地球は永遠」

こずえ 「早く死んでしまったことは、今でも悔しいけれど、年に一度こうして

    舞台に立てただけでも幸せ」

わかば 「でも、もう、今年限りだなんて」

みどり 「霊界でも別れは寂しいものね」

こずえ 「そうね」

みどり 「で、これから、なにをやるの」

こずえ 「それはまだわからないわ」

わかば 「あの天使様は」

こずえ 「それもわからないわ。でも、どんなことでも一生懸命やるわ。よりよ

    く生まれ変われるために…。やっぱり、今度こそ本物の女優になりた

    い!」

わかば 「私も!」

みどり 「私だって、負けないから!」

あおば 「……」

こずえ 「(やさしく)あおばさん」

みどり 「(やさしく)あおばさん」

わかば 「(やさしく)あ、お、ば、さん」

あおば 「私はだめ…」

わかば 「どうして」

あおば 「私、芝居台無しにしてしまった…」

こずえ 「そんなことないわよ」

あおば 「だって、ずっと言いたいことを言ってるのよ。それをあなたたちまで

    つき合わせてしまって…。ごめんなさい」

みどり 「謝ることないわよ。あなたはちゃんとやったじゃない」

あおば 「何を、何を言ってるの」

わかば 「プロンプターの通りに」

みどり 「台本通りに」

あおば 「……」

プロンプター 「まさか」

あおば 「……。ま、さ、か。あわわわわ…」

わかば 「さあ、これで」

みどり 「お芝居を」

こずえ 「本筋に戻しましょう」



                      -幕-

                    














































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