饒舌なる死者12話目

「チクショウ―――!!」

 珠美に飛びかかって彼女を殴っていた。

 何発か弾を撃ち込まれたが、それでも殴り続けた。今まで女を殴ったことなどなかったが、これは怒りでもない。憎しみでもない。――恐怖だった! 

 この女はモンスターなんだ。今、殺さないとこの俺が殺される!

 珠美は銃弾が無くなると俺の腕に噛みついた。肉を喰い千切る凄まじさで、引き離そうと顔を拳で何発も殴ったら歯が折れて、俺の腕に刺さっていた。飛び散った珠美の血が眼にも入った。   

 珠美は顔から血を流しながら激しく抵抗していた。

 ついに身体に銃弾を浴びた俺は力尽きて倒れた。薄れゆく意識の中で聴いた、珠美の最後の言葉は――。


「由利亜があの世で私たちを待っている……」


                   * 


 銃声を聴き付けたホテルの従業員によって警察に通報された。

 修羅場しゅらばと化したホテルの部屋には血まみれの男女が倒れていた。救急車が呼ばれて、弾丸を撃ち込まれた俺は病院に運ばれたが、急所を外れていたお陰で命が助かった。

 珠美も俺に殴られて血まみれだったが命には別条無しだった。

 一見、ホテルでの男女の痴情ちじょうのもつれかと思われた事件が、その後の調べで日系米国人ナオミ・ミヤシタ殺害犯人だと分かった。

 空港内の監視カメラには、珠美とナオミが一緒に歩いている画像が何枚も映っており事件への関与が疑われていたが、警察の取り調べに対して、珠美は黙秘権を行使して、ひと言も喋らなかったという。

 サンフランシスコに居た珠美は、ギャングの溜まり場テンダーロインでギャングの情婦だった。ドラッグの運び屋として国際手配されている犯罪者であった。


 その後、事件の解明を見ずに朱美は留置所で病死した。病名はたぶん……俺に告げた、あの病気だろうか。

 ――朱美が死んだと聞いた俺は、いよいよ『死への』が始まったと思った。恐怖心から病院へ診察に行くことさえ躊躇ちゅうちょした。


 そして、数ヶ月後に俺は発症していた。

 現在の医学では治せない難病……今は病院のベッドから起き上がることもできない状態になった。――あいつらに復讐されて、ゆっくりと俺は死んで逝く運命なのだ。

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