饒舌なる死者11話目

「企業に勤めたおまえがサンフランシスコに転勤になった時、あたしも付いて行ったよ。向うでは、テンダーロイン周辺の通りで夜の街に立っていたんだ。おまえがジャパニーズレストランで寿司を摘まんでいる時、あたしは煤けた安ホテルで白人や黒人の男たちのアレをしゃぶっていたよ」

 そう言って、自嘲じちょうするように薄笑いを浮かべた。

「その内、ギャングの情婦になってさ、いろいろヤバイことにも手を染めたけれど……おまえを見張ることだけは止めなかった」

 俺はずっと珠美にロックオンされた状態だったのか!?

 どうして、そこまでして……古賀にしても、珠美にしても、こいつらの行動の理由わけが分からない。俺が憎いのなら殺すチャンスはいくらだってあった筈なのに、今頃になって何故だ!?

 

「サンフランシスコで、日系人の弁護士と知り合っただろう? 名前はナオミ・ミヤシタ、親は大金持ちだ。彼女は今日、日本に来る予定だったね。おまえの代わりにあたしが空港まで迎えに行ってやったよ」

 ちょっと待て! ナオミは来日が遅れるとメールで言ってきた筈だ!?

 俺は血の気が引くような……強烈な不安に襲われた。

「前にホテルで、おまえの携帯のメールアドレスを書き変えて、ナオミのメールが届かないようにして置いた。同時に、ナオミには携帯が故障したので新しいアドレスにメールを送るように指示したのさ。『急な仕事で来日予定が少し遅れます。忙しいので連絡しないでください』というナオミのメールはあたしが送ったんだ。そしておまえに成りすまして、ナオミとメールのやり取りをしていた」

 シャワー浴びている間に、俺の携帯にそんな細工をしていたとは……なんて狡猾こうかつな女だ。

「まさか、まさかナオミを……」

 うろたえる俺を見て、薄笑いを浮かべた珠美は、

「そろそろニュースになっている頃かも知れない」

 リモコンでテレビをつけた。


『八時のニュースをお伝えします。千葉県佐倉市にある印旛沼の遊歩道に停まっていた乗用車の中で若い女性が死んでいると歩行者からの通報がありました。女性は頭部を拳銃で撃たれて、すでに死亡しており、車は盗難車でした。警察では被害者の身元と目撃者を探しています』


 このニュースが流れた瞬間、俺の膝がガクガクと震えた。頭を撃ち抜かれたナオミのイメージが頭の中に広がっていく――。


「会社の者ですが、急な出張で迎えに来られなくなったので、私が代わりに来ましたと流暢りゅうちょうな英語で話しかけたらさ、すっかり信用して車に乗ってきたよ」

「な、なぜだ!? ナオミには関係ないだろう? どうして、どうして彼女を……」

「おまえと結婚しようとするから、天罰が下ったんだよ!」

 婚約者のナオミが殺されてしまった! 

 俺の想い描いたアメリカンドリームがガラガラと音を発てて崩れていく――。ショックのあまり眩暈めまいしそうになった。

「この指輪を覚えてるか?」

 いきなり俺に投げて寄こした。

『love is eternity』と内側に刻まれたシルバーリングは、あの日、俺の薬指に由利亜が嵌めたものだった。たしか、これは古賀にやった筈なのに、まさか珠美が持っていたなんて……。

「おまえは由利亜と永遠の愛を誓ったんだ。それは由利亜が死んでも変わらない。あのペアリングを嵌めた日から運命は決まっていた。あたしと由利亜の最後の電話で、でと懇願された。――ずっと、由利亜のその願いを守ってきたんだよ」

 死んでも他の女に盗られたくないというのか。凄まじいほどの俺への執着心だ。

「おまえは狂ってる! 死んだ人間との約束で、生きてる人間を殺してもいいのか!?」

「あたしにとって、由利亜の意思は絶対なんだ!」

「――おまえも古賀も俺に復讐するために生きてきたのか?」

「古賀君は由利亜が自殺した原因は自分にもあるんじゃないかと、ずっと苦しんでいたんだ。死にたいという彼を……今死んでも犬死いぬじににだから、あたしがいいというまで死ぬなと言い聞かせてきたんだ。あの男は写真は撮ったけれど、由利亜に指一本触れてないよ。あたしらにとって由利亜は神聖な存在なんだ!」

「俺が悪かった。もう……もう許してくれ……頼む……」

 珠美の前で土下座して謝った。

「見苦しい奴め! 今さら謝っても遅いよ」

「命だけは助けてくれ! まだ死にたくない!」

 冷静さを失った俺は、子どものように泣きわめいていた。

「もう終わりだよ――。あたしも、おまえも……いずれ死ぬのだから」

 そう言って、珠美は大声で笑った。

「……どういう意味だ?」

「あたしは病気になった。だから、おまえも道連みちづれにする」

 その後、珠美の口から病名を聞かされた。

 それは性交渉によって感染する、あの病気――。ヒト免疫不全ウイルスHIV感染、頭の中がパニックになった。


「おまえの背中の爪跡に、あたしの血をたっぷりと塗り込んでやった!」

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