饒舌なる死者10話目

 珠美はソファーに腰を下ろし、足を組んだ、しかし銃口だけは俺の方に向けられている。少し冷静さを取り戻したのか「由利亜とあたしは……」言いかけて、ひと呼吸して続きを喋り始めた。

「……あたしらは小学校からの親友だった。由利亜は両親が離婚して祖父母の家で育てられていたし、あたしは母親が男作って家出してから父親と二人暮らしで、お互いに寂しい境遇だったから気が合ったんだ。由利亜は中学から始めた陸上で頭角を現したから、あたしはマネージャーになって全力で応援したよ。タイムもどんどん伸びてきてたのに……おまえが現れて、由利亜を狂わせてしまったんだ!」

 鈴木由利亜は陸上の特待生として大学に入れるほどの実力だったから、きっとオリンピック選手も夢ではなかったのだろう。

「おまえのせいで由利亜が死んだ! それは疑う余地もないことだ。由利亜をうしなった悲しみと絶望感がおまえに分かるか!? あたしには半身を引き千切られるほどの苦痛だった! おまえがチョッカイを出し始めた頃に、何度か警告の手紙を入れてやったのに、無視しやがって!」

 俺の下駄箱にカミソリ入りの手紙を入れたのは珠美の仕業なのか。

 もしかして、俺を自転車で轢こうとした黒い合羽もやはり珠美だったのか?

「由利亜のお墓に行って……あたしは毎日泣いていたんだ。そこに、いつもピンクのガーベラを供えていく男がいた。――それが古賀君だった。最初は人の姿を見るとコソコソと逃げ出すような奴だったが、何度か、由利亜のお墓で会う内に、やっと捕まえて話を聞くことができた。最初は言いたがらなかったけど、あたしが由利亜の親友だと分かったら、全て喋ってくれたさ。――おまえの卑劣な悪事をね!」

 憎悪を込めた眼で俺を睨んだ。

「お、俺は、まだ高校生だったし……自分のやったことで、自殺するなんて想像ができなかった」

「Shut up!!」

 珠美の持ったコルトポケット22口径は俺の心臓を確実に捉えていた。ただの脅しではなさそうだ。――俺の首すじから冷汗が流れた。


「今すぐ、おまえを殺してもいいんだよ。だけど、簡単に殺すのは惜しいほど憎んでいるから、震えながら話を聴いて貰おうか」

 凄身のある声でゆっくりと珠美が喋る。銃口を向けられた俺は硬直して動けない。

「由利亜が電車に飛び込む、数分前、あたしに電話があったんだよ。それは死を臨んだ由利亜のダイイング・メッセージだった。最後に由利亜とあたしは大事な約束》したんだ。――そのがなかったら、おまえを殺して、あたしは由利亜の後を追っていただろう」

 約束ルビを入力…って? 由利亜は珠美にいったい何を託したんだ。

「あたしは由利亜との約束ルビを入力…を守るためにお金と自由が必要だった。そのために、まず、自分の父親を殺したのさ。吞んだくれのろくでもない奴だった。女房に家出されて、娘が成長したら性的関係を強要するような変態オヤジだった。泥酔状態で風呂に浸かっているところを湯船に沈めて溺死させてやった。日頃から、酒浸りだったので事故死ということで簡単に片付けられた。父親の保険金を持って、東京にいるおまえの後を追いかけた」

 父親を殺したという珠美の告白に、俺は震えあがった。

「東京に行ってからは、おまえの大学やマンションの近くの喫茶店やコンビニで働きながら見張っていたんだよ。大学三年の時に同棲していただろう? あたしが居るコンビニへ女とよく買い物に来てたし、調べたら、おまえと結婚するとか女が言い触らしていたよ。――ウザイので片付けてやったよ」

 最後のひと言で、同棲していた彼女の死が事故死ではなく、珠美に殺されたのだと理解した。

 ずっと俺は珠美に見張られていたことに驚いたが、しかし、こんな美人のコンビニ店員が居たら、この俺が気づかない訳がない。たぶん、今の顔や容姿は美容整形などによって創り変えられたものだろう。

「おまえのババア相手の怪しいバイトも知ってるさ。中年の人妻とセックスして銭を稼いでいただろう。まあ、おまえの特技といえばそれだけだから……」

 俺自身のことを、俺の次によく知っているのは、この珠美かもしれない。

「由利亜とあたしは中学からずっとレズだった、彼女の家に泊りにいくといつも抱き合って一緒に寝ていた。おまえが現れるまでは由利亜はだったんだ!」

 珠美と由利亜はレズビアンだったとは!?

 そう言えば、処女だった由利亜の肉体が予想以上に早く開発されたのは、そういう下地があったからなのか……。元々、由利亜はセックスに依存するタイプだったのかも知れないと、俺は今わかった。

「だから、あたしは男に抱かれても感じない。今でも、オナニーでないとオーガズムに達することができない。由利亜じゃないとダメなんだ!」

 まさか珠美が不感症!? 

 じゃあ、あの嬌態はすべて演技だったというのか。

 この女は俺だけではなく、男という生き物をすべて憎んでいるみたいだ。

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