饒舌なる死者5話目
インターフォンのカメラで覗くと、仏頂面した古賀真司が玄関の前に立っていた。
俺が玄関のドアを開けて、中に招き入れると――きちんと揃えてある女物の可愛いスニーカーを見て、やっと納得したようにニンマリと笑った。
――奥には、もっとご馳走が用意してあるんだぜ。
「よく来てくれたなあー」
俺は一応、社交辞令的なことを口にする。
「……ああ」
それに対して、こいつの返答はいつも決まって「ああ」か「うん」だ。こういう反応の鈍さが俺を
「由利亜は奥の部屋でおまえのこと待ってるんだ。俺は今から塾で使う参考書を買いに出かけるけど、一時間くらいで帰ってくるから、彼女と楽しく過ごしていてくれよ」
「ふたりきりって……? 俺はそんな……」
古賀は顔を赤らめ困惑していた。
由利亜のことは好きだけど二人っきりになる勇気がないようだ。まあ、モテない男だから仕方ないか、と内心嗤った。
「大丈夫! おまえが思っている以上に彼女はオープンな性格だぜ」
由利亜に対して強い憧れをもっている古賀にとってはお怖れ多いことだろうが、あの姿態を見たら……男の身体の方が反応するさ。――てか、もしかして古賀はまだ童貞か?
「俺は由利亜さんに、これ渡したら……すぐ帰るから……」
小さな紙袋の中にはピンク色のガーベラのアレンジ花かごが入っていた。
思わず噴き出しそうになった。こいつが花屋でこんな物を買って来るとは想像もしてなかったからだ。
古賀よ、おまえには飛びっきりのご褒美をやろう!
二階にある俺の部屋の前で、俺は古賀に
「おまえの男らしさを由利亜に見せてやれよ」
「はあ?」
その言葉に不思議そうな顔で古賀が俺を見た。
「ほらっ、見たら分かるって!」
いきなりドアを開けると、背中を押しやって古賀を中に放り込んだ。
「古賀! その女はおまえにやるよ。好き放題してもいいぞ!」
部屋の中で、ガチャンと物が落ちる音がした。たぶん、驚いた古賀がアレンジ花かごの入った紙袋を手から落としたのだろう。
「一時間くらいで帰るから、ふたりで楽しんでくれよ」
そう言い置いて、外から自分の部屋の鍵をかけた。
俺の部屋は留守中、母親が勝手に中に入って掃除されるのが嫌なので、外からかけられる鍵を付けていたのだ。
この部屋から出られなくすればヘタレの古賀だって、由利亜の身体に手を出すだろう。もし、古賀に抱かれたら……いや、抱かれなくても、それを理由に断固として別れる。
今の俺は由利亜の身体を他の男が抱いても構わないと思っている。古賀も憧れの女神様を抱けるんだから天にも昇る思いだろう。あははっ。
ふたりを部屋の閉じ込めたままにして、俺は時間潰しに外へ出掛けて行った。
「お疲れ―――!」
キッチリ一時間で帰ってきた俺は、何食わぬ顔でドアを開けて中に入っていった。
どんな濡れ場だろうかと想像していたが、ふたりはきちんと服を着て、ベッドに並んで大人しく座っていた。チャッチイ手錠だったので、壊して外したようだ。
由利亜は立ち上がって、俺の顔をしばらく凝視していたが、くしゃっと表情が崩れたと思ったらポロポロと大粒の涙を流す。無言のまま、俺の頬に強烈なパンチをくれて、そのまま部屋を飛び出していった。
殴られた頬を
古賀は茫然とした顔で、ふたりの成り行きを見ていた。
「おまえ、由利亜を抱いたのか?」
俺の問いを無視して、古賀は立ち上がって帰ろうとする。
「待て、由利亜をやったんだから、お礼くらい言ってけよ」
「おまえの女神はなかなかのビッチだろう? この俺が調教したんだぜ。飽きたから、昔のお礼にくれてやるさ。ついでに、こいつもやるよ!」
薬指からシルバーリングを外して、古賀に向って放り投げた。反射的に古賀はそれを受け止めた。
「その指輪は由利亜とペアになってる! これでおまえたちは恋人同士だ。あははっ」
古賀は手の中の指輪を眺め、内側まで見ていた。
「――最低の人間だな、おまえ」
その言葉を俺に投げつけると、静かに帰っていった。
部屋には割れたガーベラの鉢が散らばっていたが……果たして、ふたりに性行為があったかどうか分からないが、ベッドのシーツは気持ち悪いので捨てることにする。
――ともあれ、これで全部片付いたと俺は胸を撫で下ろし、明日からは受験勉強に集中できると喜んでいた。
翌朝、学校から電話があった。
『陸上部の鈴木由利亜さんが亡くなったので、生徒会長は通夜に参列してください』
学年指導の教師から連絡を受けた。
死因は鉄道自殺だった。
昨日の午後五時三十分頃、駅のホームから特急電車に飛び込むのを複数の乗客が目撃していた。遺書はなかったが状況から判断して、ほぼ自殺だと断定された。
――由利亜が自殺した!?
俺にとって衝撃だった。五時三十分頃といったら、俺の家を飛び出してから、しばらく経っての時間ではないか、あの足で電車に飛び込んだっていうことか? 俺の仕打ちを恨んでの自殺だったのか? 俺への当てつけのつもりだろうか?
あのことが原因の自殺だと分かっていたが……それでも俺は自分へのいい訳を考えていた。
由利亜が自殺したのは、俺が裏切ったからではなくて、キモヲタの古賀真司にレイプされたのがショックで死んだのだ。
そうだ、古賀のせいだ! そう、だから俺は悪くない。――そう思うことで俺は自分の中の罪悪感をしゃにむに封印しようとしていた。
生徒代表として生徒会長の俺は由利亜の通夜と葬儀に参列させられたが、できるだけ平静を装っていた。棺の中は急行電車の車輪に引きずられて、バラバラに飛び散った肉片が集められ詰められていた。あまりに無残な遺体だから、棺の蓋は最後まで開けられることはなかった。
俺と由利亜が付き合っていることを知る者たちから、いろいろ言われていたが終始沈黙を通した。俺の下駄箱には、血のついたハンカチや鳥の死骸、手紙も度々投げ込まれていったが、由利亜を慕う後輩の女生徒の仕業だろうと思っていたので……これ以上刺激しないように、全く動じない風を装っていた。
ともかく俺は、受験勉強に集中することで、雑音から耳を
高校三年の夏から不登校になった古賀の姿を卒業まで校内で見ることはなかった。その後は進学することもなく、就職もせずに十年間も自宅に引きこもっていたという。
――今さら、十年もニートしていたような奴が自殺したからといって誰も困らないし、悲しむ者もいないだろう。
古賀真司の死は、俺にとってはむしろ
傷ひとつない優等生だった俺の人生で、あの
これで人生の汚点を消し去ることができると、俺は安堵していたのだ。
――しかし、それは終わりではなく、新たなる事件への
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