その理(ことわり)の裏側は 06


 結局、力尽きたアンバーをそれ以上痛めつけることもできず、すごすごとレオは自室のある神子の区画に戻っていた。回廊の窓から西日が差し、城下町では窓を分厚い織物で覆い、極寒の夜への支度を進めている。

 すべてを話し終わったアンバーは「私まだ生きてるんですね」と薄く笑っていた。それから、初めて人に伝えました、とも。

 そんな顔をされるなんて思っていなかった。あの異質な神子学者でさえ口を噤み一人で抱えている懊悩を垣間見て、レオは憎いと思いながらも、一方的な断罪を行うことを躊躇った。

 アンバーの抱える疑問は、自分の抱える疑問とオーバーラップしている。それにレオは気付いていた。

「なんなんだ…くそっ」

 アリスは何かを隠している。何らかの目的を果たすために。

 自分の母親が、レオの家族が死んだあの枯れた二年ラストダンスを引き起こしてまで、成し遂げたかった何かを。

 彼が見つかり、連れて行かれた。そこにばかり気を取られていて、元々の引き金になった枯れた二年ラストダンスについてさしてレオは気に留めてもいなかった。

 アンバーの言葉を噛み砕いている内に、どす黒い疑念が湧き上がる。

 天災としか言いようがなかったあの干ばつは、人災だった?

「そんな――馬鹿な」

 少なくとも、村にいた時のアリスは優しく聡明で、とてもそんな恐ろしい事をできるようには思えなかった。レオは何度か迷いながらも神子の領域へと辿り着く。アリスは硝子の檻の中から、真っ赤に夕日に染まる城下町を眺めている。

「ほら、たらい一杯の血をばら撒いたみたいだ」

 詩的だろ?っとアリスが笑って振り向いた。華奢な輪郭が逆光の中でおぼろげに浮かび上がる。神の如き光を纏うこの少年が、国中に死を蔓延させたあの二年間を自覚して起こしたというのなら――――

 限界だ。

 アリスがではない、レオ自身が。歯止めの効かない妄想でおかしくなってしまいそうだ。いっそ目の前の友人の鶴のようにか細い首を掴んで、一思いに縊り殺してしまいたい。

 会いたくて、助けたくてこんな場所まで来たというのに、一体自分は何を考えているのか。   

 だがもう元には戻れない。去り際に告げられたアンバーの言葉が頭蓋の中で反響し続ける。



「そして忠告を。あれの言葉を鵜呑みにするのはやめなさい」

 信用ならない神子学者だったが、弱り切った彼の姿に必要以上の警戒心が湧いてこない。そんな自分をまずいと思いつつ、レオは彼の言葉に眉を上げた。

「どういう意味だ?」

「薬草をすべて引き抜かれたと言ったのでしょう彼は。それは正しいが正しくない……あの犯人は、貴方の思うとおり私です。先代の神子から世話をしていたときに、虎の子の神子の部屋への臨時開錠の権限ワンタイムパスワードを与えられていたのを、キリや神子の目を盗んで使って侵入したのです。そして部屋にある植物を端から確認して、不要なものを除去していった……その中には、薬草以外のものもあったのですよ」

「綺麗な花まで抜いたってか?」

「――――確かに、フィオーネリスはとても綺麗な青い花でした――その可憐な姿から想像もできない、素晴らしく凶悪な毒を持つね」

 レオは驚きに目を見開く。

「……毒と薬は表裏一体だ。そんな」

「いえ、断言します。あれは徹頭徹尾完全なる毒草だった。あの花から抽出された毒を使えば、城の者全てを行動不能にすることもできたでしょう」

「あいつは薬師だ、新しい薬を作ろうとしたのかも――」

 憐れむように、アンバーが微笑んだ。

「そう信じられるのなら、そう信じればいい。だけど、私はそうは思いません。彼は、何らかの目的を持って、あの毒滴る花を育てていた。だから私達は、あれの心を矯正しようと決めたのです」

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