第三章

泣き止んで、世界が滅んでもいいから 01

 白亜の城に極彩色の花が咲く。色とりどりの布が、幾つも伸びる城の尖塔と屋根の間を繋ぎ、まだ熱の残る風にその偽りの花弁を靡かせている。夕闇に沈みつつある城は、その表面に刻まれた美しく複雑な文様を明滅させ、灯台のように凱旋兵の帰還を待ち侘びていた。

「ほらほら!早く盛り付けして!運べないじゃないの!」 

 マリベルの可愛らしいのに年季の入った怒鳴り声は凄まじい。レオは思わず昨日から煮込んでいた岩蛇のソースを鍋ごと放り投げ耳を守りたくなったが、そこは顔を顰めるだけで何とか耐え切る。

「はいはーいっと。肉料理あがり!」

 渦を巻く繊細な模様がソースによって描かれた皿が、グレート・ホールへと次々に運び込まれていく。

「くっそ……こんなに城が忙しいなんて……」

 城下町の大衆食堂を一人で回していた時もこれ以上忙しい職場なんて無いと思っていたが、規模が違うとはまさにこの事。何十人ものコックが玉の汗を掻きながら自慢の腕を振るい、何百人分もの料理を遅滞なく作り上げていく。お互いが自分の役割を理解し、次に繋ぐ相手の事を考えながら動き続けなければ途端に連携が乱れ、給仕にも支障を来してしまうだろう。レオもその流れに遅れてはいけないと何とか喰らい付いていく。

「おい応援の小僧!魚の焼き加減を確かめてくれ!」

「はいよー」

 レオは大きな網に載せられた砂魚サンドフィッシュをひっくり返し火を調節する。横に置かれていた岩塩を一掴み撒くと、声のした方に怒鳴り返した。

「後五分二十秒であがりまーす!」

 炒める音、沸騰する水の音、野菜を刻む音。厨房は戦場とはよく言ったものだ。怒鳴らないと意志の疎通も図れやしない。

「っていうか応援にメイン料理の火加減見させんなよ……」

 神子の専属料理人として一ヶ月。レオが初めに弟子入りしたレストランと同門のコックが居たという幸運もあり、料理の腕もそれなりに認められ、親しくなった矢先に今日の応援を頼まれた。

「王女の凱旋じゃあこれぐらい派手にやって当然か」

 城への知らせが入ったのは数日前だった。伝令からの知らせはたった一言。

『帰還する』

 それだけで城は沸き立った。先々月から始まった戦争が終わりを告げたのだ。戦争とはいっても国境沿いの小競り合いであったが、以前から何度も国境を越えてくる隣国に対し王女が灸を据える為に自ら兵を率いて出陣したとあって、城では今か今かと知らせを待つ日々だったのだ。

 カルマの国の地形は荒野と砂漠を岩山でぐるりと囲まれたものであり、攻めようという意思がない限り国境を越えてくることはない。隣国の怪しい動きにはすぐに気づく。

 水資源の貧しいカルマだが、特殊鉱石採掘量が近隣諸国の中でずば抜けて高いこともあり、欲に駆られた国が攻め入ってくることも度々あった。

 だが敵地に全く水がない環境に慣れていないのか、大抵相手は自滅することが多い。そしてカルマの民は他国の人間に比べて脱水症状になるまでの閾値が全く違う。結果、岩山の向こうの水も緑も豊富な地域の人間はすぐに無力化して退却するのが常だった。

 だが今回は相手も多少学習したらしい。自らが疲弊するのも厭わずに大量の水を持ち込んで戦闘を行おうとしたのだ。だが、その戦略が運の尽きだった。

 カルマの王女がその行為を見咎めたのだ。

 カルマにとって何よりも尊い水をそのように扱う人間が、易々とこの国に足を踏み入れていいと思っているのかと。

「まあ殺戮王女からしたら、理由が欲しいだけだろうけど」 

 思わず忌み名を出してしまった迂闊さにどきりとしたが、ありがたい事に現状此処も戦場だ。レオの独り言など誰も聞いていない。

「応援ー!仕上げの飾りつけ五十皿頼む!」

「ひどくね!?」

 いらないことを考える暇があったらさっさと一皿でも多く仕出ししよう。ざるに盛られた香草を掴むとレオは再び料理に集中した。

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