エルの料理と初めての魔法

 今、俺の目の前には真っ赤に染まった料理が並べられている。


「ユーリのために頑張って作ったのよ」


 満面の笑みで俺を見るエルはとても可愛いが、それより料理のほうが気になって仕方ない。

 この世界に来てから食べた料理は、見た目があれでもどれも美味しかったけど、目の前にある料理はあきらかに異質だ。


「えっと、この料理はどんな料理なのかな?」


 内心は食べたら大変な事になるとわかっているが、笑顔のエルを前に食べないという選択肢はないため、心構えのために料理について尋ねてみた。


「左から、ステーキにオニオンスープ、パンにサラダよ。料理にはスパイスが大事だと聞いたから、辛めに作ってみたわ」


 嬉しそうに料理の説明をしてくれているエルだが、料理の赤さが気になって説明が頭に入ってこない。

 たしかに料理にスパイスは大事だと思うけど、なぜこんなに赤くなってしまったのか!! 真っ赤に染まる料理を見て思わずこの場から逃げ出したくなるが、男としてそれだけはできない。

 一緒に席についているシオンさんを見てみるが、慈愛に満ちた顔で料理を眺めているだけだった。


 なるほどな、シオンさんが青ざめていた理由はこれか。考えてみればシオンさんの性格ならエルの作った料理はやばいなどと口が裂けても言わないだろう。

 それにしても、エルは料理が下手だったのか。いやまだ食べていないのに下手と決めつけるのは失礼だ。

 もしかしたら、実は物凄く美味しいのかもしれない。

 淡い期待を胸に料理に手をつける。


 まずはスープを飲もうとしてみるが、むせ返るような刺激臭がしてどうにも口に入れられない。

 エルが期待の眼差しでこちらを見ているため今更飲まないなんてことはできない。

 意を決してスープを口に入れる。

 途端、口の中が猛烈な痛みと熱さに襲われる。


 辛い! 辛すぎる! 食材の旨味なんてこれっぽっちもなく、ただただ辛さだけが襲いかかって来る。

 水を飲んでみるが、一向に辛さが消える事はない。


「どう?」


 エルが不安そうにこちらを覗き込んでいる。

 正直に言ってしまいたい、辛くて味がわかりませんと。

 しかし、男として俺が今エルに言ってあげるべき言葉はただ一つ。


「とっても美味しいよ」


 汗だくになりながらも笑顔を作りそう言うと、エルはこぼれるような笑顔になる。

 エルのその笑顔が見れただけで、俺がこの激辛料理を食べる価値は十二分にある!!

 そう思いながら、シオンさんと共に他の激辛料理を平らげていった。




 全ての料理を食べ終え、シオンさんと共にぐったりしていると、エルが食器を洗いに行っている間に食堂にエリスさんがやってくる。


「あら、あなた達よくエルの料理を全部食べれたわね」


 エリスさんの楽しそうな笑顔を見て、なんだか少しイラッとしたが今はなにも言う気も起きない。

 それにしても、エリスさんもエルの料理について知っていたなら事前に忠告するか、止めてくれても良かったのに。

 なんとか、料理を食べきる事はできたが正直もう舌の感覚がなく、唇が腫れている気までする。


「それで、なにか御用ですか?」

「ええ、ユーリ君が暇なら魔法について少し教えておこうと思ったのだけれど」


 魔法! そういえばシオンさんがそんなこと言ってたな。

 剣術についてはこれからシオンさんと稽古していけばいいとして、魔法については本当になにも知らないからしっかりと話しを聞いて一から学んでいかなければならない。


「ぜひ、お願いできますか?」

「なら庭に行きましょうか」


 なんで魔法を教えるのに庭に行くんだとも思ったが、行ってみればわかることだし黙っていることにした。

 その後、エルが戻ってきたら、庭に行ったと伝えてくださいとぐったりしているシオンさんに伝言を残し、庭に向うエリスさんの後について食堂を出る。


 庭に向う道中王城の中はやけに静まり返っていた。

 みなさんご飯を食べて休憩でもしているのかなと思いながら城内を見回すが人はいない。

 途中エントランスにいたメイドさんの一人と目が合って、相手が俺の顔を見て驚いてから顔を赤くしていたがあれはなんだったんだろう。


 エントランスを抜け庭に向っているとエリスさんが歩きながらこんなことを言ってきた。


「エルと一緒にいるのは大変でしょう? あの子は頑固だし、強引だし、おまけに料理も下手くそだし。でもね、エルは本当にユーリ君の事が好きでただ一生懸命好かれようとしているだけなのよ? だからできれば嫌わないであげてね」


 なにを言い出すのかと思えば、エルのことを俺が嫌いになる? そんなことあるわけがないでしょう。

 たしかに、最初から強引なところはあったけど、エルは自分に素直なだけだろうし、正直あんなに真っ直ぐ好意を向けられて嬉しくないはずがない。

 料理については練習は必要だとは思うけど、俺のために頑張って作ってくれたんだと思うと嬉しい気持ちのほうが強い。


「嫌いになんてなりませんよ、俺もエルの事は好きですから」


 少し恥ずかしい気持ちもあったけど、俺がエルの事を好きだと伝えるとエリスさんは優しく微笑んでいた。

 それから少し歩いて庭につくと、エリスさんが庭の中央まで歩き振り返る。


「それじゃ、今から私と戦ってみましょうか!」


 エリスさんの言っている事の意味がよくわからない。

 魔法を教えてくれると言っていたから庭に来たのに、なぜエリスさんと戦わなければならないのか。


「すいません、言っている意味がちょっとよくわからないんですが、魔法を教えてくれるんですよね?」

「ええ、だから魔法について教える前に、私が実際に魔法はどんなものなのか見せてあげようと思って」


 それならば戦わずに、目の前で魔法を見せてくれるだけでいいと思うんですけど。

 もしくは、魔法を教えて頂いた後に、実践ということで自分が使ってみれば魔法がどんなものなのかはわかると思うんです!

 そんな事を思いながらエリスさんを見てみると、いつもの温和な表情とは違い、戦うのが楽しみで仕方ないという表情でこちらを見ていた。


 うん、あれは俺がなにを言っても絶対に戦おうとする目だ。エルはどちらかというとエリスさん似なのかもしれない。

 エリスさんを説得するのを諦めて、袋からアルにもらったほうの剣を取り出し構える。


「そうねぇ、私の魔法でユーリ君が気絶しなかったらご褒美をあげるわね」

「えっと、頑張ります」


 俺がそう言うや否や、エリスさんが手を前にかかげると、空中に綺麗な彫刻が施された氷の槍が作られる。


 あれは刺さったら気絶というより死ぬ奴だ。

 はじき出されたように勢いよく飛んでくる氷の槍を、剣の腹を使って叩き落とす。


「エリスさん、今のが当たってたら死ぬと思うんですけど」

「大丈夫よ、加減しているもの」


 そう言いながらエリスさんは、次々と氷の槍を飛ばしてくる。


 先ほどの氷の槍と同じとはいえ、さすがに数が多すぎると捌ききれない・・・・・・。

 なんとか氷の槍を叩き落としていくが、数が多くなるにつれ徐々に頬や肩を、氷の槍が掠めていく。


 これが魔法か・・・・・・なんというか遠距離からこれだけの数の攻撃ができるなら、対人相手なら無敵じゃないのか?

 おそらくエリスさんは、俺が怪我をしないように魔法を使っているだろうから、殺す気で魔法を使われていたら今頃俺は穴だらけだ。

 それにしても、本格的に魔法を学ぶとこんなにたくさん魔法を使っても疲れないものなのか?

 俺なんて生活魔法を一度使っただけでも、結構な疲労感だったのに。

 そんなことを考えながら氷の槍を捌き続けていると、急に氷の槍が飛んでこなくなる。


「もう、終わりでいいですか?」

「次の魔法で終わりでいいわよ」


 手を上に掲げているエリスさんの頭上に、真っ赤に燃え盛る炎の塊が浮かんでいた。


「それはなんです?」


 俺の問いにニヤリと笑ったエリスさんが手を振り下ろすと、空気を焦がしながら炎の塊が俺に向って迫ってくる。

 これは、剣じゃどうしようもない。

 ていうか、これ死ぬんじゃないだろうか。


 その場から逃げようにもなぜだか足が動かない。

 足元を見ると、いつの間にか地面から土でできた手のような物が生えており俺の足をがっちり掴んでいる。

 これはだめだ、そう思った瞬間目の前の炎の塊に、水の塊がぶつかり相殺される。

 水の塊が飛んできた方向を見ると、そこにはエルが息を切らし手を前にかざしながら立っていた。

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