猫の隠れ家 Ⅱ

あのあとしばらくして、ヘレナさんは涙を拭い俺を離してくれた。

 俺としては、もう少しヘレナさんの柔らかな感触を味わっていたかったと少し残念に思ったが、それは男なら仕方ないよね?

 一方のヘレナさんはというと、子供の俺の前で泣いてしまったのが恥ずかしかったのか、顔を赤くしてしゃがみこんでしまっているがそれもまた可愛い。

 それにしても、今日からここに住むのか。

 二日間泊まっていたにしても、さっきの話を聞いてしまうとなんだか少し落ち着かない。


「それで、ヘレナもユーリがここに住むのは賛成みたいだし決定でいいよね?」


 シオンさんがヘレナさんに確認すると、ヘレナさんが顔をあげて頷いてくれる。


「えっと、ヘレナさんこれからよろしくお願いします」


 俺がそう言うとヘレナさんは、まだ少し赤い顔でこちらを見て笑ってくれた。


「それじゃあ、ヴィルが住んでいた部屋の鍵はユーリに渡しておくよ」


 シオンさんが銀色の小さな鍵を俺に渡してくれる。

 それにしても、なんでシオンさんが部屋の鍵を? 普通はヘレナさんが持っている物じゃないのか?

 そんなことを思ったが、とりあえず黙って鍵を受け取っておこう。


 鍵を受け取った後、ヘレナさんが一階の奥にある父さんの住んでいた部屋に案内してくれた。

 扉の鍵を開け中に入ると、部屋の中は想像していたよりも綺麗に片付いていた。

 部屋の中は、大きめのベットに、なにか特殊な木で作られた装飾の施された机、客室にあったクローゼットよりも一回り大きいクローゼットがあり、部屋の広さも客室の二倍ほどあった。

 しばらく部屋の中を見て回った後、シオンさんの元に戻る。


「父さんの部屋、とても綺麗で住みやすそうでした。シオンさんありがとうございます」

「僕はなにもしてないよ、元々ここはヴィルの家で今は君の家だからね。これで住むところの心配はなくなったわけだし、話しておきたいこともあるから一度城に戻ろうか」


 シオンさんが立ち上がりヘレナさんにまた来るよと挨拶をしている。

 俺もヘレナさんに、日が暮れるまでには帰ってきますと伝えてから二人で宿を出て王城に向う。


 王城に向う途中、宿で気になったことをシオンさんに聞いてみた


「そういえば、なんでシオンさんが父さんの部屋の鍵を持っていたんですか?」


 シオンさんは一度こちらを見て苦笑いする。


「実は、たまに僕がエルに怒られて城を追い出されたときに、あの宿のヴィルの部屋に泊まっていたんだ」


 シオンさんが気まずそうにしていたのでこれ以上なにも聞かないことにした。

 それにしても、エルに怒られて城から追い出されるとか、シオンさんはどんだけエルに弱いんだ。

 仮にも、一国の王であるシオンさんを城から追い出すエルも凄いんだけどさ。

 王城に戻った後、さきほどの部屋でシオンさんと向い合って座る。


「それで、話しておきたいことってなんですか?」

「まだ確信があるわけじゃないんだけど、ユーリの目について話しておきたくてね」

「目ですか?」


 シオンさんは俺の目をじっと見つめてくる。

 さすがにそんなに見られるとなんだか緊張してしまう。


「君の目は、おそらく贈り物ギフトと呼ばれるものだと思う」


 俺はシオンさんの言葉に首をかしげる。


「贈り物ギフトってなんですか?」

「まずはそこから説明しなくてはいけないね。贈り物ギフトとは生まれつき人が持つ特殊能力のようなもので、体内にある魔力量が膨大だったり、普通の人の何倍も早く動ける足を持っていたりと様々ものがある」

「それじゃあ、勝負の時シオンさんが消えて見えるくらい早く移動したの贈り物ギフトのおかげですか?」


 俺の質問に、シオンさんが首を横に振る。


「あれはただの技術だよ、僕は贈り物を持っていない、だけどあの技をユーリは目で見てかわしただろう? だからこそ、僕は君の目を贈り物だと思ったんだ」

「俺の目が贈り物だとしたらなにあるんですか?」

「特にどうということはないと思うよ、ただ君の目は普通の人では捉えられないものが捉えられる程度の認識でいいと思うよ。だけど一つだけ注意しなければいけないのは、君が贈り物を持っているという事は人に知られないようにすること」


 シオンさんが珍しく真面目な顔で注意をしてくる。


「自分でもよくわからないものを、人に言おうとは思いませんけど、それはまたなんでです?」

「贈り物は専門の知識がある人間なら奪うことができる。たとえば君の目をくり抜いて、特殊な魔法をかけてから他の人にその目を移植すると、贈り物もまた目を移植された人間のものになってしまう」


 シオンさんの答えに背筋がゾッとする。

 能力を奪うために目をくり抜くとか異常だ。他人を傷つけてまで奪いたいと思えるほどの能力が贈り物にはあるってことか。

 それにしても、そういう方法をシオンさんが知っているということは、本当にそうされた人がいるってことだ。

 こっちの世界の事はまだまだわからないことだらけだけど、自衛のためにもっと剣の腕を磨いておいたほうがいいかもしれない。


「まぁ、この国にはそういうことをする人間はいないから安心していいよ。それにユーリには僕が稽古をつけてあげようと思っているからね」


 それは願ったり叶ったりだ、シオンさんが稽古をつけてくれるなら確実に今よりは強くなれるだろうし、なによりあの消えるように見えるほどの移動、あれが技術だというならぜひ俺も覚えたい。

 それにこっちの世界に来てからいろいろ慌ただしかったせいで、元の世界にいた時ほど剣の稽古ができていなかったからこの話は俺にとってとてもありがたいのだ。


「本当ですか? いつから稽古をつけてくれますか?」

「暇な時ならいつでもいいけど、あまり仕事をさぼるとエルが怒るからね」


 シオンさんが苦笑いをしている。


「それに、エリスもユーリに魔法の使い方について説明したいと言っていたから、とりあえずはもろもろ落ち着いてからでいいと思うけどね」


 そういえば魔法のこともあったな、こっちの世界に来てから本格的な魔法はまだ一度も見ていないけど、魔法を覚えれば自衛にも役立ちそうだし、さっきの話を聞く限り自分の身を守る方法はたくさんあったほうがいいと思う。


「とりあえず、もうお昼だしご飯にしようか。いや待てよ、そういえばユーリはお金を持っていなかったね」


 そう言いながら、シオンさんが小さな袋から金貨を五枚ほど取り出して俺に渡してくれる。


「これだけあれば無駄遣いしなければ、三ヶ月くらいならご飯を食べれるかな」


 三ヶ月!? 簡単に渡してきたけどこれって物凄い大金なんじゃないか?

 それに、俺はまだご飯一食にどれくらいお金がかかるのかもわかってない。

 いきなり大金を渡されても正直困る。


「えっと、シオンさん良ければこの世界のお金について説明してくれませんか?」

「ん? そういえばユーリはお金についてなにも知らないんだったね」


 シオンさんが、先ほどの小さな袋からさらに銅貨と銀貨を出して机に並べる。


「この銅貨が百枚集まると銀貨一枚になる、そしてこの銀貨が百枚集まると金貨が一枚になる。この通貨はこの世界ではどこに行っても使えるからこれだけ覚えておけば大丈夫だよ」


 お金の仕組みはとても簡単だった。

 だけど、問題はこの金貨五枚の価値である。

 無駄遣いをしなければ三ヶ月は食べていけるだけのお金だ。

 こちらの世界に来ていろんな人に助けられたけど、シオンさん達にはこれからも迷惑をかけることになるのは間違いない。

 それなのに、こんな大金を簡単にもらってしまうのは本当に心苦しいのだ。


「シオンさん、ご飯って一番安い所なら一食どれくらいで食べれるんですか?」

「そうだねぇ・・・・・・僕が知っている所で、味は最悪だけど値段が一番安い所なら銅貨十枚くらいかな? ちなみに果物は銅貨二十枚で一個だと考えれば、銅貨十枚の食事がどれだけ最悪な味か想像はできると思うけど」


 味の事は置いておいて、銅貨十枚で一食食べれるって事は、金貨五枚で・・・・・五千食!? 

 三ヶ月どころの話しじゃない、毎食それだけ食べれば四年以上食べていける。

 十五歳の子供にどんな大金を渡してるんだこの人は。


「さすがにこんな大金貰えませんよ!」


 俺がそう言いながら金貨を返そうとするが、シオンさんは一度あげたものを返されても困るよと言って受け取ってくれない。

 なんとか返そうとするが、しまいにはさらに金貨を出してきて渡そうとしてくるから性質が悪い。

 完全に俺が困っているのを見て楽しんでいる様子だった。


「わかりました! もらうだけもらいます! ですが、お金を稼げるようになったら金貨五枚は必ず返します」


 俺がそう言うと、シオンさんは困った顔をしながら笑っていた。


 お金に関しての騒動が落ち着いた後、とりあえずご飯を食べに街に行くことになった。

 どうもシオンさんは、王城の中で食べるより、街に出て食べるほうが好きみたいだ。

 俺がもらった金貨を魔法の袋にしまっていると、シオンさんが魔法の袋を見てこんな事を言ってきた。


「その袋はヴィルが使ってた魔法の袋マジックバッグだね」

「ええ、この世界に来る前に父さんからもらいました」


 俺がそういうとシオンさんは懐かしいものを見る目で袋を見つめていた。

 それにしても、この袋はマジックバッグって言うのかなんとも安直な名前だ。

 しばらく袋を見ていたシオンさんに、貴重なものだから大事にするんだよと言われた後、部屋を出る。


「ユーリ! 戻ってたのね!」


 街に行こうと城を出ようとしたところで、エルに声をかけられた。 


「さっき戻ってきて、今からシオンさんとお昼ご飯を食べに行くところなんだ。エルはもうご飯は食べたの?」

「食べてないわ! ユーリが戻ってきたら一緒に食べようと思って、お昼ご飯を作って待っていたの!」


 キラキラと輝くような笑顔で笑うエルを見て、胸がドキドキしてしまう。

 それにしても、エルが俺のために手料理を作ってくれたなんて。

 ああそういえば、一緒に家を見に行かないか聞いた時に用事があるって言ったのはこのためだったんだな。

 俺のために料理をしてくれていたと考えると、なんだか嬉しいものがある。


「それじゃあ今から一緒に食べようか、シオンさんも今日はここで一緒に食べませんか?」


 俺の提案に、シオンさんは青ざめた顔をしながら、静かに頷いた。


「じゃあユーリ、食堂にご飯を用意してあるから行きましょう」


 エルは俺の手を取り、嬉しそうに食堂に向って歩き出した。 

 俺はこの時なにも疑うことなく食堂に向ったが、後に食堂に用意された料理を見て、シオンさんの表情の意味を知ることになるのだった。

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