別れの朝と始まりの朝

「ユーリ君、もう朝ですよ。起きてください」


 扉を叩きながら、俺を呼ぶ声がする。


「起きてますよ、ヘレナさん」


 寝ぼけた頭のまま体を起こそうとしてみるが、なんだか体がすごく重い。 

 そういえば昨日は夜遅くまで起きてたんだっけ。


 昨日、ヴェイグさんの鍛冶屋から宿に帰った後、なぜか宿に豪勢な食事が用意されていた。

 俺が「今日はなにかあるんですか?」とヘレナさんに尋ねると、ヤンさんが明日にはこの街を出て、また行商の旅に出てしまうので、みんなで豪勢な食事を食べて旅の無事を祈る食事会をしようと言い出したのだ。

 旅の無事を祈る食事会と言っても、結局別れる前に食べて騒いで、楽しい思い出の一つでもというヘレナさんの粋な計らいだったわけだが。

 なんだかんだで夜遅くまで食事会は続き、騒ぎ疲れた体で部屋に戻りそのまま眠りについたのだ。


「ユーリ君、早く起きないとヤンさんが行ってしまいますよ?」


 ヘレナさんに、ヤンさんがもう出発の準備を終えていることを伝えられ、慌てて準備をする。

 ベッドから下り、魔法の袋とヴェイグさんにもらった剣を腰に下げ、扉を開ける。


「ヘレナさん、ヤンさんはもう外に?」

「ええ、もう外に出てユーリを待っているわ」


 今日もヘレナさんは美しい、猫耳もとても可愛いし朝からとても幸せな気分だ。

 それにしても、ヤンさんも昨日遅くまで起きていたはずなのに、ずいぶんと早起きなんだな。

 そんなことを考えながら急いで階段を下り宿の外に向う。

 

「おはようございますユーリ。昨日は楽しかったですね」


 宿の外に出るとヤンさんが笑顔で迎えてくれた。


「おはようございますヤンさん。もう出発するんですか?」

「ええ、もう出発しようと思っています。あまり長居すると別れるのが辛くなってしまうので、ユーリは今日もまた王城に行かれるのですか」

「はい、住むところを紹介してもらうことになっているので」

「そうですか、これでユーリも住むところの心配はなくなりますね。そうだ! ユーリこれを受け取って頂けませんか?」


 そう言いながらヤンさんが、なにやら布に包まれたものを手渡してくる。

 中を確認してみると、金色に輝く綺麗な鈴が入っていた。


「これはなんです?」

「お守りです。これを持っていれば、きっといい事がありますよ」


 ヤンさんはその鈴に手を置き、一度なにかを呟いてから離れる。

 もらった鈴が少し輝いた気がしたが、今は気にしないことにした。


「さて、名残惜しいですが私はそろそろ出発しようと思います」


 ヤンさんは一度大きく背伸びした後、俺の顔を見てニコリと笑った。


「ヤンさん、いろいろお世話になりました。ありがとうございました」

「いえいえ、私もユーリと一緒にいられてとても楽しかったですよ!」


 俺がお礼を言うと、ヤンさんは右手を差し出してきた。

 ヤンさんの手を握り返し、握手を交わす。 


「それではユーリ、またいつかどこかで会いましょう」

「はい、必ず!」


 ヤンさんは嬉しそうに笑った後、一度こちらに手を振ってから正門に向って歩いて行った。






 ヤンさんと別れた後、一度宿に戻りヘレナさんにお礼を言ってから王城に向う。

 それにしても、ヤンさんは本当にいい人だったな。この鈴も無くさないように大事にしよう。

 もらった鈴を眺めてから、袋にしまう。

 王城に向う途中、また風に乗って美味しそうな香りがしてくる。

 この匂いはなんなんだろう? なにかの焼ける匂い? それにしても美味しそうな匂いだ。

 そうだ! エルに街を案内してもらう時に探してみよう。

 

 その後も街にある様々なものに目を奪われながら歩き、王城に到着する。

 俺を見つけた門兵がこちらを見て驚いた顔をしたが、慌てて視線をはずし何事もなかったようにふるまっていた。


「えっと、シオンさんに会いたいんですが」

「話しは聞いています! 王はどちらにいるか私共にはわかりませんので、御自分でお探しください」


 初めて会った時は、こんな丁寧な喋り方じゃなかったのに、なんかあったのかな?

 とりあえず気にしない事にして、王城の中に入る。

 王城に入ると、やはりエントランスの広さに驚かされる。

 初めて来た時も思ったけど、本当に広いな。 

 あの時はシオンさんがいたから迷わなくてすんだけど、一人だとどこに行っていいかもわからない。

 

「ユーリ!」


 どちらに行こうか悩んでいるとエルが嬉しそうに抱きついてきた。

 それを見ていた王城のメイドさん達が、驚いた顔をしていた。


「おはようエル。とりあえず一旦離れて、さすがに恥ずかしいよ」

「私達は婚約者同士なんだから、これくらいなんともないわよ?」

「エルが大丈夫でも、俺は恥ずかしいの! 一旦離れて!」


 俺がそう言うと、あからさまに不満そうな顔をしながら離れてくれる。

 

「それでユーリは、なんでこんな所で一人で立っていたの?」

「シオンさんを探そうと思ったけど、広すぎてどっちに行けばいいのか迷ってた」

「ユーリは、お城の中がどうなっているか知らないものね。いいわ、私が案内してあげる」


 そう言ってエルは俺の手を握ってくる。

 手を繋いでいる俺達を見て、メイドさん達がなにかひそひそと言い合っていた。

 俺がメイドさん達を気にかけている間に、エルが城の中について説明してくれる。

 

「エントランスを真っ直ぐ進むと、お父様とお母様の仕事部屋や、お客様をお通しする客室があるわ。右側に進めば食堂、左側は前にユーリとお父様が勝負した、庭や薬を作るのに必要な植物を育てている施設なんかがあるわね。二階は謁見の間とかいろいろあるのだけれど、今日は別に行かなくてもいいわよね?」

「今日は大丈夫、それじゃあシオンさんの所に案内して貰ってもいいかな?」

「いいわ、こっっちよ」


 エルに手を引かれながら王城の中を歩いて行く。

 途中いろんな人にジロジロ見られていた気がするが、王女様が見知らぬ男と手を繋いで歩いていたら注目されるのも仕方ないのかもしれない。

 先日シオンさんと勝負した庭を通りすぎ、さらに奥に進むと綺麗な装飾が施されている扉が見えてくる。

 エルはその扉の前で立ち止まった。

 

「それでエル、ここはなに?」

「私の部屋だけど?」


 俺は突然の事に驚き、咄嗟に手を放してしまう。


「どうしたのよ?」


 エルが俺を見ながら不思議そうな顔で首をかしげている。


「どうしたのよじゃなくて、なんでエルの部屋? 俺はシオンさんい会いに来たんだよ?」

「お父様は少しぐらい待たせても大丈夫よ。それよりユーリと私の今後のお付き合いのほうが大事でしょ?」


 エルは、特別変わった様子もなく淡々と俺にそう告げる。


「えっとねエル、俺もエルと一緒にいれるのは嬉しいけど、さすがに部屋で二人っきりはまだ早いというか、シオンさんが待ってるかもしれないし、こういう事はまたの機会にしよう」

「まぁ、それもそうね。ユーリに私の部屋を見てもらって、私の趣味とかを知ってもらおうかと思ったけれどそれはまたの機会でもいいものね」

「へ? えっと・・・・・・趣味? エルの趣味を知ってもらいたくて俺を部屋に連れて来たの?」

「そうだけど?」


 エルの答えを聞いて、急に顔が熱くなるのを感じた。

 その様子を見てエルが、なにかに気付いて笑っている。


「なぁに? もしかして私が部屋でユーリにやらしいことでもすると思ったの? 案外ユーリはえっちなのね」


 エルの言葉にさらに顔が熱くなる。

 たしかに、婚約者だからといって、すぐ如何こうなるわけないじゃないか。

 今まで恋人がいたこともないし、誰かに告白されたこともなかったからわからなかっただけで、俺は意外とエロいのかもしれない。


「えっとその、ごめん」

「いいのよ、婚約者だもの。さすがに今日は私も心の準備ができていないけど、いずれはそういうこともするだろうし気にしなくても大丈夫よ」


 エルはそう言いながらまた俺の手を握ってくる。

 女の子のほうが、精神年齢は上だとよく言われているけど、それは本当なのかもしれない。

 恥ずかしがる俺をよそに、エルは手を繋ぎながらじっとこちらを見ている。


「それじゃあ、お父様の所に行きましょうか!」

「はい、お願いします」


 まだ、顔の熱さがひいていないせいかなんだか少しぎこちない返事をしてしまう。

 そして、エルはとても上機嫌な様子だった。

 しばらく城の中を歩き、エントランスに戻ってきたあたりで、エルが突然歩くのをやめて俺の正面に立つ。


「それにしても、ユーリが私とそういうことをするって考えてくれてるとは思わなかったわ」

「それについてはごめんってば」

「そうじゃなくて、ユーリも私を意識してくれているのでしょう? 私から一方的に結婚するとか婚約者とか言ってるだけだったし、本当は少し不安だったの」

 

 そう言いながらエルは安堵の表情を浮かべていた。


「エルは可愛いし、それに俺だってエルのことはその・・・・・・いい子だと思うから、意識はするよ」

「それが、私には嬉しかったのよ」


 エルは俺に笑顔を向けてから再び歩き出した。

 エントランスを真っ直ぐ進み、前回と同じ部屋の前で立ち止まる。

 エルが扉をノックすると中から返事が返ってくる。


「誰だい? 僕は今お茶を飲むのに忙しくて仕事を持ってこられても困るよ」

「エルです、お父様また仕事をさぼっているのですか?」

「そ、そんなことないよ! とりあえず開いているから入っておいで」


 扉を開けてエルと一緒に部屋に入る。

 

「おや、ユーリも一緒だったのかい、いらっしゃい」

「はい、たまたまエルに会ったのでここまで連れてきてもらいました」

「ああそうか、ユーリはまだ城の中の事をなにも知らないんだから、僕が迎えに行ってあげるべきだったね」

「それはいいとしてお父様、朝から仕事をさぼってこんな所でなにを?」


 エルがシオンさんの元に詰め寄る。

 シオンさんが困った顔で俺に助けを求めていたが、俺にはどうすることもできない。


「仕事は後でちゃんとやるとも! ユーリがいつ来てもいいようにこの部屋で待っていただけだよ」

「本当ですね?」

「本当だとも! ほらそれよりユーリが立ったままだよ。二人とも椅子に座ったらどうだい?」


 これ以上娘に責められるシオンさんを見ているのは忍びないので、とりあえず椅子に座る。

 俺が座るとエルもそれ以上はなにも言わず、隣に座ってくれた。

 それにしても、シオンさんは王様なのに、娘には頭が上がらない様子だな。

 俺が椅子に座ると、シオンさんがお茶を入れてくれた。


「ありがとうござます」

「いやいや、気にしなくていいよ。それで、今日はユーリの住む家に案内してあげるんだったね」

「はい、よろしくお願いします」

「そんなに畏まらなくてもいいよ」


 シオンさんはお茶を飲みながら笑っている。


「それで、住むところだけど今すぐ見に行ってみるかい?」

「できれば、すぐに行きたいです」


 俺がそう答えると、シオンさんはお茶を飲み干し席を立つ。

 エルに一緒に行くかと聞いたが、城でやりたいことがあるからと断られてしまった。

 一旦エルに別れを告げて、シオンさんと共に城を後にする。

 

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