新たな出会い

 庭から戻り、先ほどの部屋で椅子に座りテーブルを挟んでシオンさん達と向かい合う。

 ちなみにエルは、俺のとなりに座っている。


「とりあえず、先ほどの勝負について説明してもらってもいいですか?」


 俺の質問にシオンさんは、とぼけた顔をする。


「説明が必要なのかい? 僕が勝負に負けて、ユーリがエルの婚約者になった。それだけだろう?」

「俺が聞きたいのはそういうことじゃないですけど」

「あら、ユーリ君はエルが婚約者だと不満かしら?」


 この人達わかってて、わざと俺の質問をはぐらかして楽しんでる。

 いい人達だとは思うけど、こういう所は案外意地が悪いぞ。


「じゃあ、聞き方を変えます。いつからこうなるように仕向けていましたか?」

「仕向けるなんて人聞きの悪い。僕はただ可愛い娘のお願いを聞いてあげただけだ!」


 あっけらかんと答えるシオンさんを見て、溜息が漏れる。


「たしかにやり方は強引だったとは思うけど、ああでもしないとユーリが婚約者の件に頷くとは思えなかったしね。勢いで押し切っちゃえばいけるかなぁと思って」


 なるほどね、基本的にこの人達はエルに甘いんだな。言ってしまえば親馬鹿だ。

 悪気がないのがわかるから怒るに怒れない。

 まぁ、エルみたいな可愛い子と婚約者になれたのは、全然嫌なわけではないのだけれど。

 

「わかりました、先ほどのことについてはもういいです。エルとの事は嫌ではないですし、婚約者といってもこれからどうなるかわからないですからね」


 俺の言葉にエルが頬を膨らませながら、なにか言いたそうにこちらを見ていた。

 別にエルの事が嫌なわけじゃないから、そんな顔で見ないで欲しい。

 エルが俺の事を知って、やっぱり結婚したくないってなるかもしれないじゃないか。


「この国は重婚を禁止していないから、エルと結婚してから他にもいい子がいれば結婚するのはありよ?」


 エリスさんはこのタイミングでなんて事を言うんですか。

 エルの頬がこれでもかというくらい膨らんでいる。

 そんな目で見ないでよ、別に他の子とも結婚したいなんて俺は思ってないから。


「それでこれからの事だけど、ユーリは住む所とかはどうするんだい? 君はエルの婚約者だし、王城に住むこともできるけど」

「いえ、できれば街にどこかいい所があれば、そこに住みたいです」


 いきなり王城に住むとか俺には無理だ。それにいきなり俺みたいなどこの誰かもわからない子供が王城に住み出したら、少なからずエリスさんやシオンさんに迷惑がかかるだろう。

 まぁ、これからたくさん迷惑はかけると思うけど、なるべく迷惑はかけないようにしないと。


「ふむ、街に住みたいのはわかったけど、ユーリはお金はあるのかい? もしくはなにか当てでも?」

「・・・・・・いいえ、まずお金についてもよくわかってないです」


 そういえば俺無一文だった。なにか俺でもできる仕事をしてお金でも稼ぐか・・・・・・。

 でも、今日は泊まるところがあるからいいとして、明日からどうするか。


「まぁ、ユーリが住む家については心配しなくてもいいんだけどね」

「本当ですか!?」

「うん、大丈夫。それについては考えがあるからね」


 シオンさんは、驚く俺を見て楽しそうに笑う。


「この世界の事については明日教えてあげるとして、今日はこれからどうするんだい?」

「そうですね。少し街を歩いてから、今日泊まる宿に戻ろうと思ってます。お世話になった人にちゃんと挨拶もしておきたいので」


 エルと婚約者になったことは言わないほうがいいのかな? いやでも、いくらヤンさんでもいきなりそんなことを言っても信じてくれないか。


「なら、今日はこの辺で僕達も仕事に戻ろうかな。あーエルとの事は言ってもいいけど、あまり言いふらすのはお勧めしないかな。まがりなりにも王女様の婚約者だと知れれば、君を狙ってくる輩もいないとは限らないし」


 シオンさんって俺の心が読めるんじゃないだろうか。

 たしかにそうか、この世界のこともまだよくわからないしヤンさんには悪いけど秘密にしておこう。

 

「それじゃ、僕達は仕事に戻るけどエルはどうする?」

「私もユーリを城の外まで送ったら部屋に戻ります。ユーリともっと一緒にいたいけど、私もやらなければいけないこともあるし」


 エルの残念そうな顔を見て、少し嬉しいと感じたのは内緒にしておこう。

 いやでも、男ならこんな美少女にもっと一緒にいたいなんて言われたら、嬉しくなるのは当然ですよね。


「あーそうだ、門兵には話しを通しておくから、明日来るのはいつでもいいよ」

「ユーリ君、エルと仲良くしてあげてね この子本当にユーリ君の事が好きみたいだから」


 そう言いながら手を振って出て行くエリスさんとシオンさんに頭を下げて、エルと一緒に城の出口に向かう。

 

「ユーリ、今日は私もやらなければいけないことがあるから街を案内してあげられないけれど、明日以降なら時間を作れるから私が街を案内してあげるわね」


 楽しそうに笑いながら話すエルを見ていると、自然と俺も笑顔になる。


「ありがとうエル、俺はこの街のこともよくわかっていないから、案内してくれるならとても嬉しいよ」


 俺がそう言うと、エルは嬉しそうに笑った。

 本当にエルは可愛いな、俺はこの子と将来結婚する事になったのか。

 あれ、そう考えるとなんだかドキドキしてきたぞ、見た目も可愛いし、性格も良い、そしてこの国の王女様なのに気取ったところもない。

 本当にエルは俺なんかでいいのか? 俺がエルの立場なら、俺なんか絶対選ばないけど・・・・・・。

 急に不安になりながら歩いていると王城の出口につく。


「エル、送ってくれてありがとう。また明日」

「明日また会えるのを楽しみにしてるわね」


 エルはそう言って城の中に戻っていった。


 城から出た後、エルと親しげに話す俺を見て、門兵が驚いた顔をしていたが気にしないでおこう。

 さてこの後どうしようか。街を見て回ろうとも思ったけどエルが案内してくれるらしい、楽しみは後に取っておこうかな。

 ていうか、今何時なんだろう? ずいぶん長い事城の中にいた気がする。

 気付けばお腹もぺこぺこだ。

 一度宿に戻って、ヘレナさんになにか食べ物はないか聞いてみようかな。

 宿に戻る途中、大通りで偶然ヤンさんに会ったので二人で宿に戻る。


「あら、おかえりなさい。用事はもうすんだの?」


 ヘレナさんが笑顔で出迎えてくれる。


「すいませんがヘレナさん、なにか食べ物はありますか? もうお腹がペコペコで」

「あら、お昼を食べて来なかったのですか? 今準備しますので少し待っててください」


 俺の様子を見て、慌てて厨房に向かうヘレナさん。

 とりあえずご飯ができるまで、大人しく待っていようと思い、一階にあるダイニングテーブルの椅子に座る。


「それでユーリ、手紙は渡せたのですか?」


 ずっとそれが気になっていたのか、椅子に座るなりヤンさんが質問してくる。


「ええ、おかげさまで無事に手紙は渡せました」

「それでユーリは今後どうするのですか?」

「この街に住みながら、先のことをいろいろ考えようと思います」

「そうですか、私も今日で仕入れが終わってしまったので、明日にはお別れですね」


 そうか、明日にはヤンさんともお別れなのか。そう考えると俺もなんだか寂しい。


「ユーリに行く所がないなら、私と一緒に行商の旅にでも行きませんかと誘おうとも思ってたのですが」

「ヤンさん・・・・・・」


 そんなことまで考えてくれていたなんて、ヤンさんはいい人すぎる。


「お誘いはありがたいのですが、まずはここでもっといろいろな知識を身に付けようと思います」


 申し訳なさそうに答える俺を見て、自分で決めたならそれが一番ですよと言いながらヤンさんは笑った。

 

 

 ヤンさんと話している間に料理が来る。ヘレナさんが持ってきてくれたのは、パンと、スープ、あとなんの肉でできているかわからないハムのような物だった。

 例の如くとりあえず味は良かったので、なんの肉かは気にしないでおこう。

 ご飯を食べ終えた後は、ヤンさんが連れて行きたい所があるというので街に出る。

 

「これからどこに向かうんですか?」

「私の知り合いの鍛冶屋の元に向かおうと思います」

「鍛冶屋ですか?」

「ユーリは、すでに剣を二本お持ちのようですが、先日の戦いを見る限りでは一本は使えないのでしょう?」


 ああ、そういえば父さんから貰った剣を戦いの最中に使ったんだっけ。

 でも、だからってなんで鍛冶屋?

 仕入れの関係で武器を取りにいくとか?

 黙ってヤンさんの後をついていくと、人気のない路地裏に入っていく。


「その鍛冶屋は、どこにあるのですか?」

「この先をもう少し進むとありますよ。なにせ店主が変わった人でね。人が多い所に店を出すと、人の出入りが気になって良い剣が作れないと、こんな路地裏で店をやっているのです」


 へぇ、職人気質な人なのかな?

 仕事にこだわりを持つ人は、なんだかかっこいい。

 そのまま路地裏を少し進むと、石造りの小さな倉庫のような店につく。

 店の中は案外広く、値札のない様々な武器や防具が並べられていた。


「ヴェイグいるかい?」


 ヤンさんの呼びかけに店の奥から、俺と同じくらい小柄な体で長い髭を蓄えた男が出てきた。


「なんだヤンか、今日はどういう用件だ?」

「今日は、ユーリに剣を一つ見繕ってもらおうかとね」

「こんな小僧が剣を使えるのか?」

「ユーリはまだ子供ですが、魔物を追い返す事ができるくらいに腕が立ちますよ」

「ほう、こんな子供がね。どれ今使っている剣を見せてみろ」


 なんだか急に話しが進みすぎて、ついていけない。

 なんでヤンさんが俺に剣を?

 ていうか、このおじさんはなんだ? 顔が怖い。

 剣を見せろって急に言われてもどっちの剣ですかね。


「おい、小僧! 聞こえてないのか? 剣を見せろと言っているんだ!」


 俺が状況についていけずフリーズしていると、不機嫌そうな顔で怒鳴られた。


「えっと、小僧じゃないですユーリっていいます。剣は今使ってるほうを見せればいいですか?」

「なんだ二本持ってるのか、両方見せてみろ」


 よくわからないが、とりあえずアルから貰った剣と父さんから貰った剣を両方渡す。


「こっちのショートソードのほうは、悪くはないが良くもないただの普通の剣だな。それでこっちの剣は・・・・・・」


 ヴェイグさんは、父さんから貰った剣をじっと見つめて喋らなくなってしまう。


「小僧、この剣はどこで手に入れた?」

「父さんから貰った剣です」

「この剣は、小僧じゃ扱えなかったろう?」

「わかるんですか?」

「当たり前だ、俺を誰だと思ってやがる。ちょっと待っとけ」


 そう言ってヴェイグさんは、剣を持ったまま店の奥に戻って行ってしまった。


「すいませんねユーリ、悪い人ではないのですが、どうにもヴェイグは無愛想で」

「全然大丈夫ですよ。むしろああいう人のほうが、職人って感じがして俺は好きです」


 店の奥から戻ってきたヴェイグさんが、数本の剣を抱えて帰ってきた。


「ほれ小僧、この中から扱いやすいと思う剣を一本選んでみろ」


 テーブルの上に置かれた剣を、左から一本ずつ持ってみるが、全ての剣が重くて振るのも難しかった。


「どれも重くて扱いづらいです」


 俺の答えに、ヴェイグさんが怪訝そうな顔をする。


「小僧お前、魔法は使えないのか?」

「えっと、まだ使えません。これから覚えようかと思っています」

「それでか、ここにある剣とお前の剣はどれも素材に魔鉱石が含まれている。いわば魔法剣だ。魔法を使えん奴にこの剣は使えんよ」


 ヴェイグさんは、そう言った後俺に剣を返し、また店の奥に戻ってしまった。


「ふむ、ヴェイグがなにを考えているかは私にもわかりませんが、どうやらヴェイグはユーリを気に入ったようですよ?」

「どこらへんをですかね? 気に入られる所なんて今のやりとりでありましたか?」

「さぁ、それは私にもわかりませんが、ヴェイグが自分の剣を店の奥から出してくる事自体とても珍しい事ですからね」


 ヤンさんと二人で話していると、また違う剣を持ってヴェイグさんが戻ってきた。

 

「小僧、そのショートソードはお前には合わん。この剣をやる。これを使え」


 ヴェイグさんが渡してきた剣は、剣というよりは刀によく似ていた。

 脇差よりは少し長く大体七、八十センチメートルくらいの長さで、鍔はないが柄と鞘には綺麗な模様が描かれている。


「この剣は、刀によく似ていますね」

「ユーリ、刀とはなんですか?」


 ヤンさんが不思議そうな顔をしている。


「ほう、小僧は刀を知っているのか。その剣はヤマトという一族に伝わる刀を模して作ったものだ」


 ヤマトと言えばシオンさんの一族か、シオンさんの着流し姿もそうだったけど刀まで使うなんてヤマトの一族は何者なんだろう。


「とりあえず小僧に合う剣は、俺が小僧を見る限りではそれが一番だ」

「えっと、ありがとうございます。大事に使います」


 とりあえず頭を下げてお礼を言っておく。


「ヴェイグが言うなら間違いなく、その剣はユーリに合う剣ですよ。それで値段はいくらだい?」

「金はいらん。それは小僧にやると言っただろう。用事が済んだならさっさと帰れ。作業の邪魔だ」


 そう言ってこちらがなにか言うまでもなく、店を追い出されてしまう。


「えっと、良かったんですかね?」

「まぁ、ヴェイグがいいと言ったんだからいいと思いますよ? それだけユーリを気に入ったんだと思います」

 

 そう言いながら嬉しそうに笑うヤンさんにもお礼を言って、二人で宿に向って歩き始める。

 

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