小さな勇者と小さな魔女

 エリスさんに見惚れている俺を、どこか懐かしいものを見る目で見つめていたエリスさんに「大丈夫?」と尋ねられ正気に戻ったのが少し前。

 エリスさんの隣に座ったシオンさんが「手紙を見せてくれるかい?」と言ってくれたおかげで手紙を渡すことができた。

 そこからエリスさんが手紙を読み、突然涙をこぼし部屋を出て行ってしまってから約十五分。

 シオンさんに出されたお茶を飲みながら待っているとシオンさんが少し困った顔をしながら笑う。


「エリスはいつもは絶対に人前で泣いたりはしないんだが、今回の事は少々彼女にとっても特別な事でね。もう少し待ってくれるかい?」


 そういいながらシオンさんも少し悲しい顔をした気がするけど、そこは突っ込まないでおこう。

 どうしたらいいかわからないままお茶を飲んで待っていると、少し目が赤くなっているエリスさんが戻ってきた。


「ごめんなさいね、少し取り乱してしまったわ」

「いえ大丈夫です。自己紹介が遅れましたが。ユーリといいます。よろしくお願いします」


 自己紹介と共に頭を下げる俺を見てエリスさんとシオンさんは優しく微笑む。


「ユーリ君、まずはあなたの今後の事を伝える前にあなたが気になっている事を教えるわね」


 そう言ってエリスさんは俺の目をしっかりと見つめながら話し出す。


「まずは、あなたの両親と私達の関係から説明するわね。私とシオンとあなたの両親であるユウナとヴィルはそうねぇ・・・・・・仲間というかこう親友みたいなものね。とにかく四人でこの世界のいろいろな所を旅していたの。旅の話しは今は省略するけどユウナとヴィルを異世界に送る手伝いをしたのも私達よ」


 まぁ、いろんな話しを聞いたりシオンさんの態度や、エリスさんの態度を見て、ある程度予想はしていたので驚きはしなかったが親友と聞いて納得する。

 それで、母さんはこの世界でエリスさんに手紙を渡してほしいと頼んだんだな。

 自分達をよく知り、自分達がいなくなっても子供を任せられる人達だからと・・・・・・。


「それでね、まず聞いて欲しいのだけどあなたの両親があなたをこちらに送った後・・・・・・」


 そこまで言ってエリスさんは言い淀む。

 俺にもエリスさんがなにを言いたいのか大体は予想がつく、母さんと父さんがどうなったか、それを俺に言おうとしているのだろう。

 俺は言葉を遮る事をせず次の言葉を待つ。


「あなたの両親は、自分達の魔力と命を使ってあなたをこの世界に送ったわ。だから、生きているという可能性はないと思うわ」


 悲しい顔をしながらも俺の目を見て話し続けるエリスさんに、俺も目を見て答える。


「はい、そうだろうと予想はしていました。悲しくないわけじゃないのですが、いろいろな人に助けてもらったので、その・・・・・・大丈夫です」


 俺の言葉に安堵した顔をするエリスさんは、一度目を伏せてから再度俺の目を見て話す。


「それで、手紙の事なのだけれど、簡単に言うとあなたの後見人になって、この世界であなたが一人でも生きていけるようになるまで私達にあなたの面倒を見て欲しいと書かれていたわ」


 エリスさんはとても優しい目をしながら俺を見ていた。

 たしかに俺はこの世界の事をほとんどなにも知らない。

 誰かに助けてもらわなければ、生きていく事もできないだろう。

 でも、親友の子供だからと急に俺みたいな子供を押し付けられてエリスさんは迷惑していないだろうか。

 この世界で王族であるエリスさんに、なんの身分もない只の子供の俺がお世話になることは果たしていい事なのだろうか。

 そんな事を悩んでいると今まで黙って話を聞いていたシオンさんが突然喋り出す。


「ユーリ、君が考えている事もわかる。でもね、親友の最後の頼みを聞いて迷惑に思うなんてことはないよ。むしろ僕達のほうからお願いしたい。ユウナとヴィルの最後の願いを叶えるために僕とエリスに君を助けさせてくれないかい?」


 シオンさんの言葉を聞いてエリスさんも頷いていた。

 

 ここまで言われてしまうと断る理由はない、むしろこちらからお願いしなければいけなかったのに、なんだかすごく申し訳ない気持ちになった。


 俺が俯いているとシオンさんが頭に手を置いてくる。


「君のような小さな子供が、知らない世界に突然放り出されて、ここまで来るのはすごく大変だったろう。でも、大丈夫! これからはエリスと僕が君の事を助けるよ」


 シオンさんの言葉を聞いて、押し込めていた感情が溢れ出してくる。

 本当はすごく怖かった、どこかもわからない、知らない人しかいない世界が。

 父さんも母さんもいなくなって、一人で生きて行かなければならなかった事も本当はすごく怖かった。

 気が付くと涙が溢れていた。

 そんな俺を見て、エリスさんは優しく微笑みながら俺の傍に来て、もう大丈夫よと言いながら頭を撫でてくれる。




 


 

 二人の前で泣いてしまった事に気恥ずかしさを感じながら、二人と今後の事を話す。


「えっと、エリスさんシオンさん、あらためてこれからよろしくお願いします」


 俺が頭を下げると嬉しそうに二人も頭を下げてくれる。


「それで、今日はこのままここに泊まって行くかい?」

「いいえ、ここまで来るのにお世話になったヤンさんという人が宿を取ってくれているので、今日はそこでお世話になろうと思っています」 


 ヘレナさんも夕食を作ってくれるだろうし、ヤンさんにちゃんとお礼をして事情も話したいし、今日は宿に戻ろうと思う。

 

「それにしても、ユーリ君はユウナとヴィルにそっくりね」

「僕もびっくりしたよ! ユウナにそっくりな彼を見て思わず声をかけてしまった」

「そうですか? 自分ではよくわからないですが」

「綺麗な黒髪と全体の雰囲気はユウナに似ているわね。ユウナに似て、とても綺麗な顔をしているわ。目はヴィル似かしら。私をはじめて見た時の目が、ヴィルが私をはじめて見た時の目と同じで少しおかしかったわ」


 エリスさんがくすくすと笑いながらこちらを見ている。

 父さんと母さんに似ていると言われるのは、嫌な気分じゃないがなんだか少し恥ずかしい。

 それにしても、エリスさんとシオンさんはこの国の王と女王にしては、えらい気さくな人達だなぁ。

 

 最初エリスさんが女王様だって聞いた時、もっとこう「私が女王よ! そこの子供頭が高い!」とか言ってきそうなイメージを勝手に持っていたけど・・・・・・。


「お父様!! お母様!!」


 そんなことを考えながらエリスさん達と話していると、部屋の扉が大きな声と共に物凄い勢いで開かれる。

 開かれた扉の先には、赤いドレスを着たエリスさんにそっくりな顔立ちで、これまたエリスさんと同じ赤い髪の女の子が立っていた。

 突然の大声にびっくりして丸い目をしている俺を余所に、エリスさん達は何事もなかったかのように、お茶を飲んでいる。


「やぁ、エル。おかえりなさい」


 エルと呼ばれた女の子は、とても不機嫌そうな顔でこちらに向かってくるとテーブルを叩きながらエリスさん達に怒鳴り始めた。


「お父様!! お母様!! 仕事をほったらかしにして朝からなにをしているのですか!!」

「私達の友人の子供が訪ねて来てくれたんだもの仕方ないじゃない? それにエル、あなたパーティはどうしたの?」


 エリスさんは、怒鳴り声など聞こえていないかのような飄々とした態度で受け流す。


「パーティ? あんなもの王族に取り入ろうとしてる貴族達のゴマすり大会じゃない! 果てはうちの息子と結婚を考えていただけませんかとか言ってくる奴等までいる始末よ! なんで私が会ったこともない男と結婚しなきゃいけないのよ!! もう最悪のパーティだったわ!!  だから途中で用事ができたと言って帰ってきたの。なのに、お父様とお母様は私にパーティを押し付けて、こんな所で仕事もせずお茶を飲んでくつろいでいるし!!」


 物凄い剣幕で捲し立てる女の子を見て、完全に固まっている俺をちらっと見たシオンさんが女の子の話しを遮るように手を叩く。


「エル、まずはユーリにご挨拶をしなさい。あと、女の子がそんな汚い言葉を使ってはいけないよ。ユーリが驚いているよ」


 シオンさんの言葉に女の子が、不機嫌そうな顔をしながらこちらを見て、俺と目が合ってから停止する。

 停止という表現はいささか変かもしれないが、不機嫌だった顔が俺を見て一瞬目を見開いた後、一言も話さずこちらをじっと見たまま固まってしまったのだ。


 これはどういう状況だ? こんな可愛い子に見つめられるのは嫌じゃないけどさっきまでの剣幕はどこにいってしまったのか。

 とりあえず俺から挨拶をしたほうがいいよな?


「えっと・・・・・・エルさん? 俺の名前はユーリと言います。エリスさんとシオンさんにはこちらが無理を言って会って頂いているので、そのできれば怒らないで頂きたいといいますか・・・・・・」


 俺が自己紹介をしても、エルはピクリともせずこちらを見続けている。

 気まずい、これは非常に気まずい。

 俺の顔になにかついてる? そうだとしてもなんで一言も話さなくなったんだ?

 それにしてもこの子、すごい可愛いな。

 エリスさんに似た顔も綺麗な赤い髪もそうだけど、目も綺麗だ。

 目はエリスさんと違って真っ赤な赤い目をしている。まるで燃え盛る炎のような目。


「決めたわ!」


 すると突然大きな声でそう宣言しながら、エルはエリスさん達のほうに向き直った。

 そして俺を一瞥した後、満面の笑みでこう言ったのだ。


「お父様! お母様! 私ユーリと結婚する!!」


 エルの言葉に、さすがのエリスさんとシオンさんも目を丸くして驚いていた。

 いや、一番驚いているのは俺なんだけど・・・・・・。

 

 それに結婚って俺はまだ十五歳ですよ?この世界の法律がどうなっているかわからないけど、さすがに結婚は早すぎると思います。

 別に、エルとの結婚が嫌ってわけじゃないけど、お互いの事もよく知らないのに、会っていきなり結婚だなんてそんな事エリスさんとシオンさんも認めませんよね。

 第一にエルは王女様なわけだから、いきなり俺みたいな只の子供と結婚ってわけにもいかないでしょう。

 混乱した頭であれこれ考えていると、エリスさんの表情がとてもいい笑顔に変わる。


「そうね! 私もそれがいいと思うわ!ユーリ君ならエルのお婿さんにぴったりだと思うし」

「そうよね! 私もユーリを見てこの人しかいないって思ったもの!」


 固まっているシオンさんと状況を飲み込めない俺を差し置いて二人で盛り上がっている。

 エリスさんは、結婚に反対しないのか?

 まだこの世界の事をほとんどわかってないのに、いきなり結婚なんて言われても正直困る。

 俺が助けを求めるような目でシオンさんを見ると、シオンさんが突然はじけたように立ち上がる。


「だめです! エルが結婚なんてまだ早いです!」

「なんでよお父様! お父様とお母様の御友人の子供なら悪い人ではないでしょう?」

「だめったらだめです! エルもユーリもまだ十五歳。この国で大人として認められ結婚できるまで、あと一年あります。たしかにユーリはいい子ですが、それとこれとは話しが別です! だめったらだめです。絶対だめです!」


 この国では十六歳になると大人として見られるようになるのか、それにしてもシオンさんすごい反対っぷりだなぁ。

 いい子だと思われてるのは嬉しいけど、ここまで反対されると少しだけ傷つく。

 まぁ、大事な娘が今日会ったばかりの男と突然結婚するなんていい出したら、父親だもん反対するよね。


「ならユーリ君とエルを婚約者同士って事にするのはどうかしら?」


 エルとシオンさんを激しい言い合いを見ていたエリスさんが、提案する。


「さすがお母様! 結婚は一年後まで我慢するから、ユーリを私の婚約者にするのならいいでしょう?」


 まず、なぜこの親子は俺の意思を聞かずに話しを進めているのだろう。

 エルと結婚が嫌なのかと言われたら、正直こんなに可愛い子が結婚したいと言ってくれてるんだし嬉しいけど・・・・・・。

 それ以前にまだまだお互い子供なのに、結婚だの婚約者だの考えるのは、この世界では普通なのかな?

 俺の元いた世界にも許婚がいる人もいたみたいだし、まぁそんなこともあるのかな?

 俺がそんなことを考えているうちに話しはどんどん進んでいく。 


「・・・・・・わかった」

「本当に!?」

「ただし! 一つ条件がある!」


 シオンさんが俺を見ながら続ける。


「これからユーリ君に僕と勝負してもらう。僕の攻撃をユーリが完全に避けるか、僕に一撃当てられたらエルの婚約者として認めるよ」

「お父様・・・・・・男に二言はないわよ?」

「もちろんだよ!」


 盛り上がる二人を見て楽しそうに笑うエリスさん。

 俺はそれを見ながら、なにかを諦めて覚悟を決めるのだった。

 


 


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