魔物と王都と赤の魔女 Ⅱ
狼達が走り去った後、馬車に戻るとヤンさんが興奮しながら抱きついてきた。
男の人に抱きつかれて喜ぶ趣味はないけど、本気で心配してくれてたみたいだからなにも言わないでおこう。
それにしても、あの銀色の狼の毛は気持ち良かったな。また会えたらもっと触りたいな。
狼の毛並みを思い出しつつ、馬車に乗り込み街道を進んでいるとヤンさんがこんな質問をしてきた。
「いやぁ、本当に良かった。ユーリが食べられてしまうのではないかとひやひやしましたよ。ところで、ユーリは冒険者なのですか? 魔物に怯えることもなかったし、随分と戦い慣れていたように見えましたが」
「俺は冒険者じゃないですよ。戦い慣れていたのは父さんと剣術の稽古をしていたのと、昔から良く熊なんかの獣と戦っていたので」
「それでですか。私なんか、もう怖くて怖くて」
ヤンさんが納得した様子で頷いていた。
まぁ、本当は俺も銀色の狼の大きさにはさすがにびびってしまっていたのだが、それは言わなくてもいいだろう。
「そういえば、王都についてからの事ですが、ユーリは今晩泊まるところはどうするのですか?」
「お金もないので野宿でもしようかと思っていました」
「そうですか! なら私の馴染みの宿に一緒に泊まりませんか? もちろんお代は私が払います。魔物を追い払ってくれたお礼です」
「王都まで送っていただいてるのに、そこまでしてもらうのは申し訳ないですよ」
俺が遠慮しようとすると、ヤンさんが悲しそうな顔をしながらこっちを見てきた。
そんな顔をされると、なんだか俺が悪い事をしている気分になってきた。
ここはヤンさんの好意に甘えるほうが良いかもしれない。
「えっと、やっぱり野宿は大変なのでお世話になってもいいですか?」
俺がそう言うとヤンさんはとても嬉しそうにしていた。
しばらく街道を進み日が落ちかけてきた頃、前方に城郭都市が見えてくる。
「見てください、ユーリあれがクレール王都ですよ」
「すごい! 大きな都市ですね!」
知識として城郭都市を知っていたけど、本物を見るのは初めてで興奮してしまう。
「王都についたらまず宿に向かいましょうか、今日はユーリも疲れたでしょ? 美味しい食事を食べてゆっくり体を休めましょう」
ヤンさんが王都を見ながらいろいろ説明してくれていたようだが、目の前の大きな都市に釘付けであまり話しを聞いていなかった。
「止まれ! 王都にはなんの目的で来た?」
城郭都市が見えてきてから少しして、大きな木でできた正門に近づくと若い兵士に声をかけられる。
ヤンさんは馬車を降りて、とてもいい笑顔を作り若い兵士に「商品の補充と観光です」と答えていた。
若い兵士は荷馬車に乗っている俺を一瞥してから、許可証と書かれた紙に印章で判を押す。
「通っていいぞ! くれぐれも問題をおこさないように」
荷馬車を降りて、荷馬車を兵士に預けてから、正門をくぐると元いた世界とは違う異国情緒あふれる街並みが目の前に飛び込んでくる。
たくさんの人や亜人が行き交う大通りには、大きな看板に剣と盾の絵が書かれている店や、亜人が呼びこみをしている料理屋と思われる店、服や雑貨などを売っている市場のような場所があった。
初めて見る異世界の建物に目を輝かせながら歩いているとヤンさんが声をかけてくる。
「これから宿に向かいたいと思いますが、ユーリはどこか行きたい所がありますか?」
目を輝かせていた俺を気遣ってのことだろうけど、当初の予定通り宿に向かいましょうと伝え街を歩く。
様々な店が並ぶ大通りを眺めながらしばらく歩き、細い裏路地に入って角を曲がった後、比較的広めの通りを真っ直ぐ抜けると、街外れの一角に木造二階建ての少し古ぼけた大きな宿が見えてくる。
「ここが私の馴染みの宿です! 入りましょうか!」
【猫の隠れ家】そう小さく書かれた看板を横目に、ヤンさんの後ろに続き宿の中に入って行く。
「ヤンさん、いらっしゃい」
宿に入るなり、ヤンさんに声をかけてきた金髪の女性の姿を見て驚く。
なんと目の前の女性の頭には猫の耳が生えていたのだ。
もちろんそこだけに驚いたわけではない、綺麗な金色の髪はもちろんのこと、目は澄んだ緑色をしていて顔立ちも、凄く整った顔立ちをしていた。身長はおそらく百六十五センチくらいはありそうで、さらに大きな胸が己の存在をこれでもかと主張していた。着ている服自体は清楚な感じで、あまり胸を強調するような服装ではなかった、胸が大きすぎるせいで、なんだが逆に色気を感じてしまった。
「ユーリ、こちらはこの宿の女将のヘレナさんだよ」
「はじめまして、ユーリと申します」
「ヤンさんこんな可愛い子どこで拾ってきの?」
可愛いと言われて悪い気はしないが、俺も男なので複雑な気分になる。
ヤンさんとヘレナさんがなにかやりとりをしているが、俺はそれよりも猫耳が気になって仕方ない。
ヘレナさんが美人なせいもあるが、あれはずるい。可愛い、触りたい。
そんな俺の視線に気付いたのかヘレナさんが声をかけてくる。
「ユーリ君は、亜人を見るのは初めて? そんなにこの耳が珍しい?」
近い! 近いよ! ヘレナさん。
唯でさえ美人のヘレナさんが目の前まで来るとドキドキしてしまう。
「いえ、ヘレナさんがあまりにも美人だったもので」
顔を赤らめながら俺がそう言うと、ヘレナさんは恥ずかしそうに笑いながら頭を撫でてくる。
「とりあえず、ご飯と部屋を二人分用意してもらえるかい?」
俺とヘレナさんのやりとりを見ていたヤンさんが苦笑いしながら言うと、ヘレナさんが恥ずかしそうな顔をしながら慌てて厨房に向かっていった。
あの後、一階にあるダイニングでヤンさんと向かい合って椅子に座っていると、パンとサラダ、そして鳥のような生き物の丸焼きをヘレナさんが持ってきてくれた。
パンとサラダはいいとして、さすがになんの生き物かわからない丸焼きを食べるのには抵抗があったが、ヤンさんが美味しそうに食べているのを見て、意を決して食べて見ると意外にもかなり美味しく、出された食事をペロッと完食してしまった。
ご飯を済ませた後、とりあえず用意してもらった部屋に向う。
部屋の扉を開けて中を見ると、備え付けのベットが一つと机が一つ、壁際にクローゼットがあるだけの簡素な作りだった。
剣と魔法の袋を机に置き、ベットに横になる。
それにしても、ヤンさんが馴染みにしているだけあってこの宿はいい宿だ。ご飯はうまいし、ヘレナさんは可愛いし、おまけにこのベットはすごく寝心地がいい。
そんなことを思いながらベットで横になっていると、急激な眠気に襲われる。
眠ってしまう前に明日の予定を立てておこう。
まずは、明日になったら朝一番で王城に行ってみよう。
王城についたらなんとかエリスさんに会って手紙を渡さないと。
やっと、手紙を渡せる。手紙を渡したらどうしようか、とりあえず父さんと母さんの事が知りたい。
この世界で二人がなにを見てなにをしながら生きていたのかを・・・・・・。
その後は、少し王都を観光してみようかな。
この世界について知りたいこともたくさんあるし、王都に図書館とかあるのかな?
あるなら図書館に行ってこの世界のことについていろいろ調べるのもいいかもな。
今日はすごい一日だったな、まさか魔物と戦うことになるとはね。
俺が思いっきり殴っちゃった狼が怪我をしていないといいんだけど・・・・・・。
まぁ、走って帰っていったから大丈夫だよね。
それにしても眠いな、さすがに今日は疲れてしまったのかな。
目をこすりながら一度大きくあくびをすると、俺の意識はゆっくりと深い闇に落ちて行った。
扉を叩く音で目が覚める。
「ユーリ、起きていますか?」
「起きてますよ。ちょっと待ってください」
部屋の窓からは、煌々と朝日が差し込んでいる。
机の上に置いてあった桶に水を溜めて顔を洗い、腰にアルからもらった剣と魔法の袋を下げて部屋を出る。
「おはようございますユーリ。本日は、王城に向かうのですか?」
「そうですね、とりあえず王城に行って手紙を渡して来ようと思います」
ヤンさんと話しながら階段を下りると、ヘレナさんが笑顔でこちらに近づいて来る。
「おはようございます。ユーリ君」
「おはようございます。ヘレナさん」
昨日とは、違い今日は少し大人っぽい格好だ。
金色の髪の毛を後ろで束ね、少し胸元を露出した格好をしている。
相変わらず猫耳は可愛いし、思わず顔を赤らめながら顔を背けてしまう。
ヘレナさんに挨拶をした後、朝ごはんを食べ宿を出る。
「私は商品の補充があるのでご一緒できませんが、ユーリは王城で手紙を渡した後どうするのですか?」
「とりあえず、王城でエリスさんに手紙を渡した後、少し街を見て回りたいと思ってます」
「そうですか、宿のお金は二日分払ってあるので、ユーリの用事が終わったら宿に戻ればご飯も食べれますよ」
宿についてのお礼を言った後、王城までの行き方をヤンさんに教えてもらい、再度お礼をしてから宿の前で別れる。
ヤンさんと別れた後王城に向かっていると、風に乗って美味しそうな香りが漂ってくる。
いい匂いだなぁ、どこかに食べ物屋台でもあるのかな。
匂いに誘われそうになりながらも、王城に向けて街の中を進む。
冒険者のような人達が出入りしている大きな建物や、元いた世界では見たこともないようなおごそかな雰囲気の神殿のような建物、その他の様々建物を横目に歩いていると、いつのまにか王城の前に辿り着いていた。
「ここにエリスさんがいるのか。さすがに国の王が住む城だけあって立派な佇まいだ」
大きな王城を眺めていると、三十代くらいで髭を生やした門兵に声をかけられる。
「そこの子供! なにか城に用があるのか?」
「えっと、エリスさんに手紙を渡したくて来たのですが」
俺の答えに怪訝な顔をした門兵は、こちらをジロジロ見ながらなにかを探っているようだ。
「女王様に拝謁する許可は取ってあるのか?」
「いいえ、そのような許可はもらっていませんが」
「ならばここを通すわけにはいかん!」
少し怒ったような門兵に追い返されてしまう。
これは困ったぞ、たしかに突然女王様に手紙を渡したいと言っても、誰かもわからない奴を通してくれるわけはなかったか。
王都についたらなんとかなるかと思ってたけど、甘い考えだったな。
とりあえず、門兵が怪しい人を見る目つきでこちらを見てくるのでその場を去る。
さてこれからどうしようか、拝謁の許可ってどう取ればいいんだ?
宿に戻ってヘレナさんに聞いてみようかな。
ていうか、この世界での自分の立場すらよくわかってない俺に拝謁の許可なんて下りるのか?
母さんと父さんは有名人みたいだし、二人の名前を使えばいけるかな?
でも、二人はこっちの世界では行方不明扱いらしいし、いきなり二人の子供ですなんて言ったらそれこそ怪しい奴って逮捕でもされちゃうんじゃないだろうか・・・・・・。
「少年、なにかお困りかな?」
どうやって手紙を渡すか悩みながら街の中を歩いていると、着流し姿の男性に突然声をかけられる。
着流し? えっとこの世界にも着物があるのか、それ以前になんで急に声をかけて来たんだ?
目は糸目で、雰囲気は優しそうな感じだけど、うさんくさそうな人でもある。
それに、いきなり声をかけてくるのは正直怪しいぞ。
ていうか、この人は前が見えているのだろうか。
俺がそんな失礼な事を考えながら怪しい人を見る目で見つめていると、慌てて着流しの男性が言葉を続ける。
「そんな目で見ないでおくれ、僕は怪しい者じゃないよ! 僕の名前はシオン、君がなにやら悩み事がありそうな顔をしながら歩いていたのが気になって声をかけただけですよ」
「えっと、シオンさん、僕の名前はユーリです」
とりあえず、相手が名乗ったのに名乗らないのは失礼だから名前だけは教える。
「いい名前ですね。それでユーリ、ユーリはなにを悩んでいたのですか?」
「えっと、シオンさん。なぜ見ず知らずの俺の事をそんなに気にしてくれるんですか?」
「そうだねぇ・・・・・・」
しばらくなにかを考えた後シオンさんは俺の顔をじっと見て答える。
「君が僕の知り合いにそっくりだったからかな!」
あっけらかんと答える彼に、なんだか警戒している自分が馬鹿らしくなり素直に相談することにした。
「実はエリスさん・・・・・・この国の女王様に手紙を渡したいのですが、拝謁の許可がないと手紙も渡せないらしくどうしようかと悩んでいたんです」
「女王様に手紙ね・・・・・・なぜ手紙を?」
「両親と別れる時に、頼まれたので」
シオンさんは、なにやら難しい顔をして黙ってしまう。
やっぱり拝謁の許可って簡単にもらえるもんじゃないよな。
いきなり見ず知らずの人に相談されてシオンさんも困ってるだろうし、やっぱり自分でなんとかしよう。
「よし、わかった! 僕についておいで!」
そう言うや否やシオンさんが王城に向かって歩き出す。
なにがなにやらわからないままシオンさんの後をついて王城前に行くとさっきの門兵と目が合う。
門兵はやれやれといった顔でこちらに来る。
「さっきの子供だな! また来たのか! なんど来ても謁見の許可がない者を通すことはできん! さぁ、帰れ帰れ」
「ああ、いいんだ。彼は僕の知り合いでね。通してくれるかい?」
シオンさんがそう言うと門兵は驚いた顔をしたまま固まって動かなくなってしまう。
なんだ? シオンさんは王城の人なのか?
状況がわからないままシオンさんの後について王城の中に入る。
城に入ると見たこともないような大きなエントランスがあり、たくさんの人が行き交っていた。
その先の扉を開けると真っ直ぐに伸びた廊下が奥まで続いていて、左右にたくさんの扉があった。
広すぎる城内に圧倒されながら、シオンさんの後をついていくと、シオンさんがとある一室の前で止まり、部屋の中に通される。
「ここで待っていてくれるかい? 今エリスを呼んでくるから」
シオンさんは俺にそう告げると、俺をソファーに座らせ部屋を出て行ってしまう。
いまシオンさん、エリスって呼び捨てにしたよな? 本当にあの人何者なんだ?
ていうか、なんだこの部屋・・・・・・。
大きな部屋に、白で統一された高そうな家具が並べられ、大きな棚にはたくさんの本、天井には高そうなシャンデリアがあり気品すら感じさせる空間になっている。
気持ちが落ち着かないまま、部屋を見回していると、部屋の扉が開きシオンさんが入ってくる。
そして、その後ろから入って来た人に目を奪われる。
赤い髪に整った容姿と綺麗に澄んだ緑色の目、大きな胸にくびれた腰、すらっと伸びた長い足に白い肌、全てを際立たせるように作られた綺麗な赤いドレスを纏った女性がゆっくりと部屋に入ってきて俺の前に座る。
「待たせたねユーリ、こちらが僕の奥さんのエリス」
「あなたがユーリ君? はじめまして私はエリス・クレール」
なんだかシオンさんがすごい事を言った気がするけどそんなことは気にならなかった。
綺麗な声で自己紹介をする女性を見て、俺は声を出すこともできずに、ただただ見惚れてしまっていたのだ。
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