魔物と王都と赤の魔女Ⅰ
今俺の目の前には、薪になる前の丸太がある、そう俺は今薪割りをしているのだ。
そして今日は行商人が村に来る日だ。この村で数日過ごして、この世界についてわかったことがいくつかある。
この世界には精霊と呼ばれる存在がいる事、この世界の人達は精霊の加護がある土地なら本格的に魔法を学ばなくても、火をつけたり生活に必要な水を作り出す生活魔法程度なら誰でも使えるらしいのだ。
俺がその話を聞いて目を丸くしていると、アランさんが俺にもできると言うので、試しに桶に水をためてみたが、それだけでもかなり疲労感があったので、俺には日に四、五回が限度だと思った。
本格的に魔法を学べば風の魔法で空を飛んだり土の魔法で地形を変えたりと様々な事ができるらしいが、魔法を使うには神殿で精霊の加護を自分の体に直接受けて魔法について学ばなければ使えないようだ。
生まれつき精霊の加護を持つ人や亜人もいるみたいだけど、そういう人達は稀な存在で基本的には魔法を使いたければ、神殿に行き精霊の加護を受けるしかないとのことだ。
他にもこの地域の魔物は比較的大人しく、あまり危険がない地域ということもわかった。
まったく危険がないわけではないらしいので、父さんから貰った剣の使い心地をためしてみたけどあの剣はひどく重かった。刀身が普通の剣より長い事もあり子供の俺が振るにはすこし使いづらいのだ。
剣術を習っていた時に使っていたのは、木で作った剣だったけど本物の剣ってあんなに重い物だったのかと驚いた。
今の俺の筋力じゃあの剣を戦いに使うのは難しいだろう。
そんなこんなで、今日の分の薪割りは終わったし一旦家に入ってお茶でも飲もうか。
「ユーリ! ユーリ! アランさんが呼んでるぞ!」
休憩しようと家に向っていると、俺の名前を呼びながら青年がこっちに向かってくる。
彼の名前はアル、この村に住む青年だ。ちなみにアランさんの家まで俺を運んでくれたのがアルだった。
「おはよう、なにかあった?」
「おはよう、行商人が村についたそうだ。準備をして村の入り口に来いとさ」
村に行商人が来たそうです。
今日でお別れになるのはわかっていたけど、アランさんやアル、村の人達と別れる事を考えると寂しいと感じてしまう。
三日間だけだったけど村の人達も良くしてくれたし、アランさんとアルにも感謝の気持ちでいっぱいだ。
「すぐ準備して向かうから、先に行ってて」
「俺も買いたい物があるし先に行ってるけどあんまり遅れるなよ」
アルは、俺の頭をぐりぐりと撫でてから村の入り口に向かって行った。
一度家の中に入り、魔法の袋を腰に下げ、村の入り口に向かう。
そこには村の人が、たくさん集まっていて食べ物や衣類などを買っているようだった。
アランさんが俺に気付いてこっちに来いと手招きをしている。
「こちらがユーリを王都まで連れて行ってくださる、行商人のヤンさんじゃ」
「はじめましてヤンさん、ユーリといいます。王都までよろしくお願いします」
俺はヤンと呼ばれた美青年系の行商人に、深々と頭を下げる。
ヤンさんは俺を見て少し驚いた表情をしていたが、すぐに笑顔を作りこう言った。
「はじめましてユーリ、行商人のヤンと申します。王都までの道中よろしくお願いしますね」
「ヤンさん、ユーリをよろしくお願いします」
アランさんが頭を下げるのを見て、なんだか申し訳ない気持ちになる。
その一方で、心配してくれているのがわかって少し嬉しいと感じてしまった。
たったの三日間一緒に生活しただけなのに、俺のことを想い頭を下げてくれるアランさんは、祖父を知らない俺にとって、祖父のようだと感じる程になっていたのだ。
「あと少ししたら出発したいと思いますので、この村でやりたいことがあれば今のうちに済ませてください」
ヤンさんが、荷馬車の荷物を片付けはじめている。
とりあえずアランさんとアル、村の人達にちゃんと別れの挨拶をしておこうと思い、みんなが集まっている場所に向う。
「アランさん、アル、村のみんなも見ず知らずの俺に親切にしてくれてありがとうございました」
短い間だったけど、こんなにも親切にしてくれたダラム村の人達に、いつか絶対恩返しをしようと思いながら頭を下げる。
「頭を上げろユーリ、お前さんが村にいてくれたおかげで久しぶりに村に活気があって楽しかったぞ」
アランさんが優しく笑いかけながら、長方形の箱のようなを持って俺の前に来る。
「これをユーリにやろう、旅のお守りじゃ」
アランさんが箱から取り出したのは、綺麗に澄んだ水晶のようなものがついている首飾りだった。
「これはわしがまだ王都に住んでいた頃、ある男にもらった首飾りで精霊が作ったものらしい。きっとユーリの役にたつじゃろう」
アランさんが、首飾りを俺の首にかけてくれる。
その、首飾りは水晶の中心が少し光っているように見えた。
首飾りをなくさないように、首にかけたまま服の内側に入れる。
「次は俺からのプレゼントだ、受け取ってくれ!」
アルがそういって俺に剣を渡してくる。
「まぁ、なんの変哲もないショートソードだが、ユーリが持ってた剣は重すぎて使えないんだろ? 良かったら使ってくれ」
アルから貰った剣を腰に下げて、鞘から剣を抜いてみる。
とても軽い、片手でも楽に振れる重さだ。うん、これなら使えそうだ。
「ありがとうございます、アランさん! アル!」
もう一度みんなに頭を下げてから、ヤンさんの元に向い荷馬車に乗り込む。
「ユーリ、体に気をつけてな。また近くまで来たらこの村に寄るといい。わしらはいつでも歓迎するぞ」
「はい! 必ずまた来ます。アランさんとアル、村のみんなも元気でいてください」
「では、出発しますよ!」
ヤンさんが馬に鞭を入れ、馬車が動き出す。
異世界に来て初めて知り合った人達が、ダラム村の人達で本当に良かったと思いながら、馬車に揺られて王都を目指す。
馬車が走り出してしばらくして、退屈凌ぎに父さんからもらった本を取り出す。
この本には魔物の特徴や弱点、そして魔物と戦う時の注意事項などが書かれていた。
この本を読んでいて思ったが魔物の生態は実に面白い。
たとえばスライム、動きが遅くて危険度は少ないが群れと遭遇すると厄介らしい。
粘液状の体のため剣で切ってもすぐ治ってしまい、群れだと合体してどんどん大きくなっていくらしい。
スライムを倒すには体内の核を破壊するか、火の魔法で蒸発させてしまうのがいいと書かれている。
他にも、ゴブリンやオークといった低級モンスターからドラゴンや魔人などあきらかにやばそうなモンスターまで様々な生態が書いてある。
「ユーリ、なにを読んでいるのですか?」
「父さんが書いた魔物の生態が書かれた本ですよ」
「おや、ユーリの父上は魔物の研究か何かをされていたのですか?」
ヤンさんの質問にどう答えようか考える。
俺自身父さんがこの世界で冒険をしてたことは知っているけど、具体的な事はよくわかってない。
そもそも父さんがこの世界を旅していた理由はなんだろう。
この本にしても細かく魔物の生態が書かれているし、父さんは魔物の生態に興味があったのかな?
「俺も父親がなにをしていたか良くわかってないんです。この本も両親と別れる時にプレゼントされたものなので」
「おや、そうでしたか。魔物の生態というのは謎な部分が多いので研究しようとするものは多かったのですが、なにぶん魔物は危険な生き物も多いので、最近はあまり魔物の生態を調べようとするものはいないんですよ」
ヤンさんとそんな話しをしながら街道を進んで行くと、右側に大きな山が見えてくる。
「ヤンさんあの山はなんですか?」
「あれはホロケウ山という山で、狼人族の里があるらしいですよ。食料になるものが豊富な山だと聞いています。狼人族はあまり人と関わりを持たない種族ですからね。それ以上の事は私もよくわかりませんが」
狼人族といえば母さんの種族だ。ということは、あの山に母さんの故郷があるのかな?
母さんの家族のこととか聞いた事なかったけど、そういう人達にも会えるかもしれない。
母さんみたいに獣耳がはえた人達がたくさんいるんだろうか、いつか行ってみたいな。
「そういえばユーリ、なぜ王都に行きたいのか聞いていませんでしたが、理由を聞いてもいいですか?」
「エリスさんに手紙を渡したくて」
「エリスというとクレール王国の女王様ですか!?」
ヤンさんは驚いた顔でこちらを見てくる。
やっぱりエリスさんは、女王様ってだけあって有名な人なんだな。
そんな人と知り合いの母さんも、やっぱりすごい人なんじゃないか?
「まさか、あの赤の魔女と知り合いとは、一目見た時からユーリは只者じゃないとは思っていましたがびっくりしましたよ」
「赤の魔女? というか俺は普通の子供ですよ? なにか変わってますかね?」
「赤の魔女を御存じないのですか? それではまず私が、ユーリを只者じゃないと思った理由から話しましょうか。ユーリのその綺麗な黒髪は、このあたりの地域では大変珍しいんですよ。少し前までは黒髪は不吉の象徴とされていましてね」
「不吉の象徴ですか?」
「そうです! ですが、十五年程前でしたかね。勇者と赤の魔女、そして黒の魔女と呼ばれた者達が、人間を滅ぼそうとした一人の魔王を倒しましてね。その黒の魔女と呼ばれていた人物が綺麗な黒髪をしていたため、魔王が倒された後、黒髪は不吉の象徴ではなくなりました。ですが、勇者と黒の魔女は魔王を倒してすぐ行方不明になってしまったそうです」
ヤンさんが少し興奮気味に説明をしてくれた。
ん? 待てよ、赤の魔女がエリスさんだとすると、黒の魔女ってもしかして母さん?
俺の黒髪は母さんからの遺伝だろうし・・・・・・もしかして勇者って父さんのこと?
あれ、そうなると俺は勇者とその黒の魔女の子供って事になるよな。
いや、だからなんだってわけじゃないんだけど・・・・・・。
そんな事を考えていると馬車が突然止まる。
「ヤンさんどうしましたか?」
ヤンさんのほうを見てみると、ヤンさんは前方を見つめたまま青い顔をして固まっていた。
なにか危ないものでも前方にあるのかと思い、馬車の前方を見てみると、銀色の毛の大きな狼が一匹と茶色の毛の狼が二匹道をふさいでこちらを見ていた。
あれ? なにやら良くない雰囲気がする。あれは獣が獲物を見つけた目に似ている。
「えっと、ヤンさんあの狼は・・・・・・」
「魔物です・・・・・・多分・・・・・・この荷馬車に積んである食料を狙っているのかもしれません」
ヤンさんは顔面蒼白で、体は小刻みに震えている。
なるほどね、お腹が空いて食料を持っているであろう行商人の荷馬車を狙っているのか。
どうしようかな、ヤンさんの様子を見る限り結構やばい魔物かもしれない。
でも、父さんからもらった本にあんな魔物書いてあったかな?
「ヤンさんどうしますか? 食料を置いて行けばあの狼も襲って来ないのでは?」
「魔物ですよ? そんなことをしてもおそらく無駄でしょう私達も殺されてしまいます」
魔物ってそんなに容赦ないのか?
でも、父さんが書いた本にも、人の言葉を理解して共存する魔物もいるって書いてあったし、あの狼達は知能も高そうだし話しが通じるかもしれない、なにより狼人族と人のハーフとしては狼と戦うのはちょっと避けたいな。
「俺があの狼達に話しかけてみます。俺達が話し合ってる間に襲ってこないところを見ると案外悪い魔物じゃないのかもしれませんよ?」
「危ないですよ! 相手は魔物ですよ?!」
「大丈夫! ヤンさんは動かないで、もし話しが通じるようなら少し食料を置いていく事になるかもしれませんがいいですか?」
「それはいいですが・・・・・・」
「では、いってきます」
一応、アルからもらった剣を腰に下げてから馬車から降りて狼達の元に歩く。
それにしてもあの狼達も、こちらの様子を伺ってるけど襲ってくる気配はないな。
あの三匹の中ならあの銀色の狼が一番偉いだろうな、一匹だけ大きすぎるだろ。
「えっと、狼さん達! こちらの言葉が理解できますか? 俺達は君達と争う気はない。食料がほしいなら置いていくから道を開けてくれないか?」
俺の問いかけに銀色の狼が耳をピクピク動かしている、茶色の二匹は牙を見せて不機嫌そうに唸っている。
あれ? 言葉が通じてないのかな? 戦うのは避けたいしどうしよう。
「アォーーーーーーーーーン」
俺がどうしようかと悩んでいると、銀色の狼が突然遠吠えをする。
それと同時に茶色の狼が二匹俺に向かって駆けてくる。
「嘘だろ!? こっちは戦う気なんてないのに」
俺が慌てていると、二匹の狼が左右に別れる。
そして、右から来た狼が鋭い牙を光らせながら大きな口を開けて襲いかかって来た。
俺は咄嗟に腰にある剣を抜き、剣を盾にして、狼の牙を防ぐ。
なんとか狼の牙を防ぐ事に成功したが、次に左から来た狼が、鋭い爪で俺の頭を薙ぐように襲いかかって来る。
俺はその攻撃を、地面を転がりながらギリギリでよける。
二匹の狼達は、俺の反撃を警戒してか距離をとっていた。
「攻撃自体はたいしたことないや、でも、動きが早い・・・・・・同時に来られると少し厄介だな」
後ろにいる銀色の狼を一瞥する。
銀色の狼は地面に伏せてこちらを見ていた。
随分くつろいでる。あの狼は戦う気がないみたいだな。
襲ってきたとはいえ、やっぱり狼を切るのはなんか嫌だな・・・・・・。
一匹目を剣で止めちゃうと、もう一匹の攻撃を回避はできても反撃ができないんだよなぁ。
かといって最初の一匹目の攻撃を避けちゃうと、おそらく避けた先にもう一匹の攻撃が来て結局反撃はできなさそう。
俺がどうしようか悩んでいると二匹の狼がまたこちらに向かって駆けてくる。
「まだこっちの考えがまとまってないのに!」
剣を構えてようとした時、腰の袋に手が当たる。
そういえば、攻撃に使うのは難しいけど、防御に良さそうな剣がもう一本あったっけ。
二匹の狼が左右に別れ先ほどと同じように襲いかかってくる。
俺は袋の中の剣を取り出し、左手で剣を構えると同時に、取り出した剣を地面に突き立てる。
そして右から来た狼を、地面に突き刺した剣で受け止め、もう片方の狼の攻撃をバックステップで避けながら、両手で剣を握り締め剣の腹で狼の腹を思いっきりぶん殴る。
「ギャイン!」
腹を殴られた狼は悲鳴をあげながら吹っ飛び倒れる。
もう一匹の狼がそれを見て、殴られた狼に駆け寄っていった。
「もう向かって来ないでくれよ! 食料ならわけてやるから大人しく帰ってくれ!」
俺は銀色の狼に向かって叫ぶ。すると銀色の狼が体を起こしゆっくりと近づいてくる。
大きい! あれと戦うのはいくらなんでも無理だ。
遠目で見て大きいとは思ったけど、二メートル近くありそうだ。
内心でびびりながら剣を構える。
だが、銀色の狼は俺の目の前で止まり頭を垂れた。
「えっと、もう戦わないって事でいいのかな?」
俺が剣をおろすと銀色の狼は、顔を俺にこすりつけてくる。
もふもふで気持ちいい。少し獣臭がするが柔らかい毛並みがたまらない。
「ここで待ってて、今食料を持ってきてあげるから」
俺が馬車に戻ると、ヤンさんは信じられないといった顔でこちらを見ていた。
ヤンさんに許可をもらい荷馬車にあった一番大きな袋に、干し肉や果物などを入れ銀色の狼の元に戻る。
「これだけあれば足りるかい? もう人を襲ってはいけないよ?」
俺の言葉に頷くように銀色の狼は一度頭を下げてから袋を銜える。
茶色の毛の二匹の狼がこちらに来ると、狼達は一度こちらを一瞥してから走り去って行った。
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