翁とユーリ
「・・・・・・丈夫・・・・・・大丈夫か? それにしてもこの黒髪・・・・・・」
誰の声だろう聞いた事のない声だ。
父さんと母さんはどうなったんだろう。俺は今どうなっているんだろう。
体が痛い、声も出ない、目が開かない。
手を動かそうとしてみるが、腕を少し持ち上げるだけで鈍い痛みが走る。
「生きてはいるようじゃが・・・・・・おーい誰か運ぶのを手伝っておくれ」
誰かを呼んでいる? 声の感じだと少し歳をとった男性の声だ。
人が何人か傍に来た気配は感じる。誰だろう俺は今どうなっている?
状況を把握しようといろいろ考えてみるけれど、今はそれより体が痛い。
ああ、だめだ今はなにも考えたくない。誰かに抱えられる感覚を感じながら俺は意識を手放した。
いい匂いがする・・・・・・なにかとても香ばしい匂いだ・・・・・・パンの焼ける匂いっぽい。
そういえば学校から帰ってきてから、なにも食べてなかったんだっけ。
いい匂いに釣られて目を開ける。
「ここはどこだ?」
覚えのない天井を視界に捉え、思わずここがどこなのかと声に出してしまう。
今目の前にあるのは、木で出来た太い梁が何本もある天井だ。たとえるならログハウスの中のような感じだろうか。
とりあえず自分の周りの状況を理解しようと上半身を起こそうとしてみる。
「・・・・・・っ!」
上半身を起こそうとすると、全身を駆け抜けるような痛みが走った。
なんとか体を起こすことができたけど、少し動くだけで体が痛い。
なんでこんなに体が痛いんだ? ここはどこだ? 父さんと母さんはどうなった?
「おや? 目が覚めたのかね?」
部屋の扉からゆっくり入ってきた、老人に声をかけられる。
俺が呆けていると、老人がベッドの脇にある椅子に座った。
俺の脇に座った老人は、髪は白髪で顔にはたくさんのしわがあり、服装もおしゃれというよりは防寒のための服といった装いである。
見た感じは悪い人じゃなさそうだ。というかこの声は、さっき俺に声をかけてくれていた人の声だ。
状況がまったくわからないけど相手の言葉がわかるってことは、俺の言葉も通じるはずだ。
「おじいさん、すみませんがここはどこですか?」
「ここはわしの家じゃよ。わしが朝起きて家の裏の森に薪を取りに行こうとしたら、突然木の上からおぬしが落ちて来たんじゃよ。体中傷だらけで、意識もほとんどない様子だったから、村の若い者にわしの家まで運んでもらって、一応の手当てをして着替えさせてから寝かせておいたんじゃ」
「おじいさんが手当てをしてくださったんですか、着替えもありがとうございます」
おじいさんに感謝の言葉とともに頭を下げる。
「もうひとつお聞きしたいのですが、俺の側に誰か倒れていませんでしたか?」
「おぬしの他には誰もおらんかったなぁ、誰か一緒にいた者でもおったのか?」
「父と母がもしかしたらと思ったのですが・・・・・・」
「どれ、村の若い者に言っておぬしが落ちてきた森の周辺を少し見てもらってくるかのう」
「重ね重ねありがとうございます」
おじいさんに再度感謝を伝え、おじいさんが部屋を出た後現状について考える。
俺以外に人はいなかったということは、ここが異世界だった場合父さんと母さんは本当に命を使って・・・・・・。
考えたくはないけど、まずは状況をしっかり理解しないとこの先なにもできない。
父さんがいつも言って聞かせてくれた言葉を思い出す。
『自分が理解できない状況に陥ってしまった場合、まずは冷静に物事を考え情報を集めて状況に対応すること』
今必要な事は、ここが異世界だと仮定してこの異世界の情報と早くこの怪我を治して動けるようになることだな。
とりあえず、おじいさんには迷惑をかける事になるけど、怪我が治るまでこの家で休ませてもらえないか聞いてみよう。
これからのことを考えていると、おじいさんがパンとシチューをトレーに載せて部屋に戻ってくる。
「お腹が減ったじゃろう、こんな物しかないが食べるといい」
「ありがとうございます。食べ物まで頂いているのに、こんなお願いをするのも恐縮なのですが怪我が治るまでこの家に置いてくれませんか?」
「じじい一人で暮らすには少し大きな家じゃ、おぬしがいたいだけいるといい」
おじいさんは、笑いながらベットの脇の椅子に座る。
「自己紹介が遅れました、俺の名前はユーリといいます。怪我が治ったらなにかお手伝いをさせてください、それくらいしかできませんが少しでもお礼がしたいです」
「なにも気にしなくていい、わしの名前はアランじゃ自分の家だと思ってくつろいでくれ。まずはご飯を食べよう。お口に合うと良いんじゃが」
アランさんが、持ってきた食事をトレーごと俺に渡してくれた。
いい匂いだ、そういえばお腹が空いている。
聞きたい事もたくさんあるけど、まずはアランさんの言うとおりご飯を食べよう。
「いただきます」
まずはアランさんが持ってきてくれたシチューを食べてみる。
「美味しい! すごく美味しいです!!」
「そうかそうか、お口に合ってなによりじゃよ」
嬉しそうに笑うアランさんと、何気ない会話をしながら食事を楽しむ。
食事の後はアランさんが夜まで出かけるというので、早く怪我を治すため寝る事にした。
寝る直前意識がなくなりかける時母さんの言葉を思い出した。
『ユーリ、あなたに渡した手紙はエリス・クレールという人に渡して』
ああ、エリスさんを探そう。そんなことを思いながら俺は眠りについていく。
次の日、目が覚めると体の痛みと怪我はすっかりよくなっていた。
さすがに治るのが早すぎる気がするけど、それよりまずはおじいさんと話しがしたい。
昨日聞きそびれた両親からのプレゼントを入れた袋のことと、寝る前に思い出したエリスさんのこと、後はこの村の名前を聞いてみようと思いながら寝ていた部屋を出る。
部屋を出ると、リビングのような場所があり、真ん中に置いてある木のテーブルの傍にアランさんが座っていた。
「おはようございます」
「おお、おはよう! もう動けるのかね?」
俺が挨拶をすると、アランさんは少しびっくりした顔でこちらを見ていた。
「はい、おかげさまですっかり良くなりました。えっといきなりなんですけど、昨日俺が落ちてきた時袋のようなものを持ってませんでしたか?」
「持っておったぞ、ちょっと待っておれ」
俺がそう言うと、アランさんは戸棚の方まで歩いて行き、戸棚の中から袋を取り出し俺に手渡してくれる。
「おぬしは珍しいものを持っておるのう、それは魔法の袋じゃろう。たしかその袋の口から入る大きさの物ならなんでも収納できる便利な袋じゃな」
「そんな便利なものだったんですね。俺もこれがなにかよくわかってなかったんです」
受け取った袋に手を入れてみると、突然頭の中に文字が浮かんできた。
剣、本、魔道書、手紙、魔道書ってなんだ?
それにこの袋中を見なくても、手を入れるだけで今触ってる物がなんなのか頭の中に浮かんでくるんだけど。
「その袋の中になにが入っているか聞いてもいいかの?」
俺が袋の仕組みについて考えていると、アランさんが袋について尋ねてきた。
「両親からもらった物です。剣と本と手紙ですね。俺も質問なんですけど、この村の名前とあとエリス・クレールという人を知っていたらその人について教えてくれませんか?」
俺の質問に、アランさんは一瞬驚いた顔をしてからなにか考えている。
あれ? 俺なんかまずいこと聞いたかな・・・・・・アランさんが考える人みたいになってしまった。
気まずいな、えっとなにか他の話題を考えよう。
あ、今日のご飯とか! いやご飯を頂いている立場の俺がご飯の催促してどうする!
俺が一人つっこみをしていると、アランさんが真面目な顔で質問をしてくる。
「あー少しいいかね? まずそのエリスさんという人の名前をどこで知ったのかね?」
「俺の母がその人に手紙を渡してくれと・・・・・・ええっとそれでアランさんはエリスさんを知っていますか?」
「うむ、知っておる。まずこの村の名前から教えておこう。この村はクレール王国領にあるダラムという村じゃ」
クレール王国? ダラム? やっぱり聞いた事ない場所だ・・・・・・予想はしてたけどやっぱり俺の知ってる世界ではないみたいだ。
やっぱり父さんと母さんは・・・・・・。
「大丈夫か?」
「少し両親の事を考えていて・・・・・・」
「そうか、結局このあたりの森にはおぬし以外の人は倒れていなかったしのう・・・・・・」
アランさんは心配そうな顔をしながら黙ってこっちを見ていた。
昨日からアランさんにお世話になりっぱなしなのに、俺の事情でアランさんに心配までかけちゃいけない。しっかりしないと! まずはしっかり情報を聞かないと。
「すいません、お話しの続きを聞かせてもらえますか?」
「うむ、エリスさんの話をする前にわしのことを話しておこう。わしはかつてクレールの王城で料理人をしておったのじゃ!」
「料理人ですか、どおりで昨日の料理が美味しかったわけだ」
アランさんは嬉しそうに一度笑うと、また真剣な顔に戻り話しを続ける。
「それでじゃな、まぁわしがそこで働いておったころの王女様がエリス様だったわけじゃが」
「王女様!?」
アランさん、さらっとすごいこと言いましたね。
なんで母さんは王女様と知り合いなの? ていうか、王族の人に手紙渡せってどうしたらいいの?
まずは王族に会って手紙渡せって、母さんも無理をいいなさる。
「まぁ、今はエリス様は女王様なんじゃが・・・・・・」
「・・・・・・はい?」
女王様ってあれ? クレール王国の王様の奥さん? それはまた随分な事で。
母さんの知り合いに女王様がいるなんて母さんはすごいなぁ。
もしかして母さんも王族だったりして! なんてね! うちは普通の一般家庭だし。
でも、父さんは剣術とか使えてたし、小さい頃聞かせてくれていた話しでは、魔王を倒したって言ってたし王族に知り合いがいてもおかしくないのかな?
そういえば転移する時、王族の力も借りたとかなんとか言ってたような。
突然の事に頭が混乱して考え込む俺に、アランさんはお茶を出してくれる。
「ほれ、これでも飲んで一旦落ち着きなさい」
「ありがとうございます」
お茶を飲んで一旦落ち着く。
まずは落ち着いて話しを聞こう。聞いてから考えよう。
「まぁ、なんじゃエリス様について、わしがおぬしに教えてあげられることはこんな所じゃが手紙を渡すにしてもクレール王都までどうやって行くつもりじゃ?」
「えっと、歩いて行くとしたらどれくらいかかりますか?」
「歩いて行くとしたら、そうじゃのう三日から四日、馬車に乗れば一日じゃな」
歩いて三日から四日か、歩けない距離じゃないな。昔夏休みに父さんに連れられて行った山で、熊を倒すまで帰らないと言われて、山の中を一週間歩き続けたのにくらべれば多分いける。
お金もないし歩くしかないかな、まずはこの先どうするか考えなきゃいけないし。
手紙を渡すのは王都についてから考えるとして、とりあえずアランさんにお礼をしてから王都に向かおう。
「とりあえずお金もないので歩いて向かうことにします」
「待て待て結論を急いではいかんぞ! 明後日には行商人がこの村に来る。その行商人の馬車に乗せてもらえば王都にはすぐつくぞ?」
「ですが、お金も持っていない俺を王都まで運んでもらうのは無理じゃないでしょうか?」
「そこでじゃ! おぬしがここで行商人が来るまでわしの手伝いをしてくれたら、わしがおぬしを王都まで乗せて行ってもらえるように行商人にかけあってやろう」
たしかに、それなら一番早く王都に行ける・・・・・・だけど、怪我の治療に着替え、食事に寝るところまでお世話になってそんなことまで頼んでしまうのは申し訳ない。
それ以前に、なんでアランさんは俺みたいな見ず知らずの子供に、こんなに優しくしてくれるのだろう?
俺がそんなことを考えていると、アランさんは孫を見るような優しい目をしながら俺の頭に手を置いてくる。
「おぬしを見てるとなにかしてやりたくなるんじゃよ。両親のことはわしにはよくわからんが、なにか辛い事でもあったんじゃろう」
アランさんはゆっくりと俺の頭を撫でる。
「ユーリよ、人に頼ることは悪い事ではないんじゃよ。わしは困っているおぬしを見ていて助けてあげたいと思ったから、勝手に世話を焼いているだけじゃ。もし、わしのした事にユーリが感謝をしてくれているなら、困っている人を見つけたら次はユーリがその人を助けてあげたらいいんじゃよ」
そう言いながら、アランさんは俺の頭を撫で続けていた。
この世界には、見ず知らずの俺のためにこんなにも優しくしてくれる人がいる。
父さんと母さんが俺に見せたかった世界。
もっと、たくさんの場所を見てみたい、もっとたくさんの人に出会ってみたい。
この世界に来て初めて素直にこの世界をもっと知りたいと思えた。
「アランさん、ありがとうございます。短い間ですがよろしくお願いします」
俺は涙を流しながら、笑顔でアランさんに頭を下げた。
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