勇者の息子が異世界に転移したそうです
黒麦
プロローグ
父さんと、母さんは笑っていた。
俺はというと、状況を把握しきれず、ただ子供のように泣いているだけだった。
どうしてこんなことに、そんな気持ちばかりが募っていき冷静に考える事ができない。
なんでこんな事になってしまったんだろう。俺はなにも考えられずにこれから起きる事を受け入れる事しかできなかった。
事の発端は今日、十五歳になる俺の誕生日の事である。
退屈な授業と退屈な部活を終え、家に帰ると父さんが家にいた。
いつもは夜遅くに帰ってくるのに、俺の誕生日だから早く帰ってきてくれたのかな?
そんなことを思いながら庭にいる父さんの所に行く。
庭につくなり父さんから誕生日プレゼントだと言って、なにかの皮で作った袋を渡された。
この時点で、なにかおかしい事には気付いていた。
プレゼントのは袋の中に入っていると言われたけど、ここでは開けてはいけない。困ったら開けなさいとそう言われたからだ。
それに、プレゼントは袋の中と言われたのに、この袋はとても軽い。まるで中にはなにも入っていないかのように。
父さんが家の中に戻った後、少し遅れて家の中に戻った。すると今度は母さんに本と手紙を渡された。
渡された手紙を開けようとすると、二つとも袋にしまっておきなさいと言われたので、素直に袋にしまうことにした。
その後、大事な話があると言われ椅子に座って父さんと母さんと向かい合う。
「まずは、誕生日おめでとうユーリ。ここまで立派に育ってくれて嬉しく思う」
「ええ、母さんもユーリが十五歳になるまで、何事もなく一緒に暮らせた事とても嬉しいわ」
そう言いながら母さんは涙ぐんでしまう。
突然の事に動揺する俺を見て、父さんが少し困った顔をしていた。
「ユーリがまだ幼かった頃に話した、異世界の冒険の話を覚えているかい?」
父さんが昔を懐かしむように、俺に問いかけてきた。
「もちろん覚えてるよ? 俺はあの話が大好きだったからね」
そう、俺は幼い頃両親が話してくれるこの世界ではない世界の話が大好きだった。
多くの種族が生活する世界。
人だけではなく亜人、神や魔人、人の言葉を理解し人と共に生活する魔物。
もちろん人を襲い、町や村を襲う魔物もいる。
空に浮かぶ島、海の底にある町、宝を守る魔物がいる迷宮。
その世界で両親は様々な魔物と戦いながら旅をし、最後には魔王と戦い勝利するも命を蝕む呪いをかけられる。
その呪いの進行を遅らせるために、かつて一緒に旅をしていた仲間達や王族の力を借りて、この世界に来たのだと。
別にその話を信じているわけではない。
あれは子供に絵本を読み聞かせするように、両親が子供のために作った創作話だ
「あの話がどうかした?」
俺がそう言うと、父さんは少し悲しい顔をした気がした。
「率直に言おう、父さんと母さんはこの世界の人間じゃない。もっと言うと母さんは普通の人間ではない」
ちょっとなにを言っているのかわからない。
この世界の人間じゃないとしたら、どこの世界の人間なの?
それに母さんはどこからどう見ても人間だ。
そう思いながら母さんを見ると、いつの間にか母さんの頭に犬の耳のようなものが生えていた。
「母さんは、亜人なの。正確には狼人族という狼の亜人よ」
母さんの言葉に、混乱していた頭がさらに混乱する。
いきなりどういうこと? 母さんは狼の亜人で、父さんも母さんもこの世界の人じゃなくて。
じゃあ、俺はなんだ? 俺にはあんな耳は生えてないし。この世界の事しか俺は知らない。
「ユーリ、混乱するのもわかるが聞いて欲しい。まず母さんの事だが、母さんは正真正銘ユーリの母さんだ。俺が普通の人種だから、ユーリは人種と狼人族のハーフということになる」
「今まで黙っていてごめんね。母さんが普通の人ではないとわかったら、ユーリに怖がられてしまうと思ったの」
二人の申し訳なさそうな顔を見て少し気持ちが落ち着く。
「怖がるわけないでしょ、母さんは母さんだ」
俺がそう言うと二人は嬉しそうな顔をしている。
「それで話しの続きだがユーリに昔聞かせていた話は、本当にあったことだ。今も父さんと母さんは呪いに侵されたままだ」
「その呪いって命を蝕む呪いってやつ? でも、昔話してくれた内容が本当だとしたら、進行を遅らせる事はできているんでしょう?」
「たしかにこちらの世界に来て進行を遅らせる事はできた、だが呪いを受けてから十五年、父さんと母さんの寿命はもうほとんど残っていない」
突然の事に目の前が真っ暗になる。
寿命が残ってないってどういうこと? 父さんと母さんはもうすぐ死んでしまうの?
「ユーリもう時間がない、納得はできないと思うが父さんと母さんは、ユーリを俺達のいた世界に転移させることにした。今日、この場でだ」
「待ってよ父さん、呪いを解く方法はないの? 呪いを解けば寿命は元に戻らないの?」
「無理だ、そんな方法があればこちらの世界に来てはいないよ」
必死にどうにかしよう考える俺を見て、父さんは一度嬉しそうに笑っていた。
「これから父さんと母さんの残りの命と魔力を使って、ユーリを異世界に転移させる。今日ユーリに渡したプレゼントは必ずユーリの役に立つ。無くすなよ?」
「ちょっと待ってよ俺は納得してない! いきなり違う世界に行くなんてどうしていいかわからないよ!!」
感情のままに怒鳴ってみたが、父さんは困った顔をしているだけでなにも言わない。
「言っただろう、父さんと母さんにはもう時間がない。これは親としてユーリにしてやれる最後のことだ。納得はしなくていい、だがいつかユーリが大きくなり親となった時、子供のためになにかしてあげたいという気持ちを理解してくれると信じている」
「・・・・・・嫌だよ。父さん母さん」
いつのまにか涙が出ていた。
「泣くなユーリ、男の子だろう?」
そう言って父さんは俺の頭を撫でる。
「ユーリ、あなたに渡した手紙はエリス・クレールという人に渡してほしいの。母さんの最後のお願いよ」
「いいかユーリ、お前ももう十五歳、立派な一人の男だ。父さんと母さんの自慢の息子だ! お前のためにこの命を使えるなら、父さんと母さんはこれほど嬉しい事はない。ユーリにハ、もっと広い世界を見てもらいたい。たくさんの人や物を見て、いろいろな場所を見て回り、できることなら困っている人達を助けられる人間になってほしいと願っているよ」
父さんと母さんに抱きしめられた後、俺の意識は眩い光の中に飲み込まれていった。
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