旅の始まり
村を出て旅をすることにした
幼馴染と二人で
せまっくるしい世界から抜け出したくて
堅苦しい世界から抜け出したくて
普段から少しずつ
少しずつ準備を進めた
そして新月の夜
二人でこっそりと村を抜け出した
―――これから、二人の旅が始まる
「……始まる。筈だったんだけどなぁ。」
溜息交じりに呟く。
草の上に寝転がり、両腕を枕代わりにして空を眺める。空では太陽はそろそろ真上に昇りきろうとしていた。また、大きな雲が形を変えながら、ゆっくりと場所を移動している。いい天気だ。
少し離れたところから声が聞こえる。
風が俺の体を通り抜け、程よい涼しさを提供してくれる。涼しさと一緒に、草と花の香りを運んでくる。遠くから運ばれてきたであろう、その香りに意識を傾けた。草の青臭さと花の甘い香りが混ざり合う、なんとも言えない草原の香り。それを、肺一杯に吸い込むと、とても清清しい気分になる。今までの嫌な気分を、全て忘れさせてくれそうなほどに。
ボソボソと話し声。だが聞こえてくるのは、一人分だけ。
今度は耳を澄ましてみる。風が吹くたびに草達が互いに触れ合い、カサカサと音を立てる。注意深く聞いていると、とても小さいが、虫の鳴き声も混ざっている。遠くには小動物が駆ける音も聞こえる。
―――平和だ。
比較的近くから、声。
本当に、今日は、良い天気、だ。
「お腹空いたぁ~。」
間の抜けた声が辺りに響いた。
ブチッと、頭の中で何かが切れる音が聞こえた。
「さっきからうるさいっ!」
せっかくクールダウンしていたのに、その努力も虚しく完全に頭に血が上ってしまった。勢いよく起き上がり、怒鳴った先には一人の女の子が座っていた。そして、こっちを恨めしそうな目で見ている。
「食料は今朝の時点で無くなったんだ!無いって言ったら、もう無いんだよ!!」
そう、食料が無かった。村を出るときには充分にあった食料は、今日の朝食を取った時点で全て消費してしまった。かき集めた保存食を入るだけリュックに詰めた。量だけ見れば、その時は余裕でひと月は持つだろうと思っていた。節制をして、現地調達をしていけばもっと持つはずだった。それが、二週間で食べきってしまった。
原因その一。今まさに隣で文句を言っている少女、と言っても年上だが、の分を考慮に入れていなかったこと。村を出るところまでは決めていたのに、こいつは食料を一切持ってこなかった。持ってきたのは着替えのみ。色々と言いたいことはあるが、言ってもしょうがない。これで一人当たりの量は半分。だけどこいつはそんなに食べないので、二週間で無くなる様なことにはならない。頑張れば三週間くらいの量になっていたはずだ。
原因その二。節制をする為にも現地調達をしたかったが、それが殆ど出来なかったこと。これは時期が悪かった。森を抜けてずっと草原を歩いてきたが、めぼしいものが全然無かった。森の中にはまだ木の実などある程度あったものの、草原には食べられそうなものが見当たらなかったのだ。結局、現地調達できたのは二日分。
そして最後の原因。これも隣にいるこいつ、ルキの所為だ。
一週間前になる。
腰の高さまである鬱そうと茂る草や、頭の高さにある木の枝など、邪魔なものを除けながら森の中を進む。日の光はその殆どが木々に遮られて線となって降り注ぐだけで、辺りは昼間にもかかわらず薄暗い。注意して歩かないと、すぐに木の根や草に足をとられてしまう。だから自分が道を作って出来るだけ通りやすくする。そして俺の少し後ろを、遅れがちな速さで歩いているのが一人。
「ふうん、そうなんだぁ?いいなぁ、羨ましいなぁ。」
少し離れたところで、楽しそうな話し声が聞こえる。と言ってもそこに居るのは少女が一人。少女と言っても、俺より二つ年上だ。少女の名前はルキ、幼馴染だ。細い眉に筋の通った鼻、顔つきは少し丸い方かもしれない。本当はパッチリしているその目は、普段は眠たそうに半分閉じている。最近伸ばしている髪は、今は肩まで届くくらいで、腰の辺りまで伸ばすんだと本人は張り切っている。その肩まで伸びた髪は癖が無く、まるで絹のようだ。とても愛嬌があり、誰に対しても明るく振舞える。そう、はっきり言って、可愛い。俺達が居た村の中でも一番じゃないかと思う。いや、俺が思うに村のどんな女の子よりも、ルキは可愛かった。
でも、ルキに言い寄るような奴は居なかった。理由は……まあ、なんだ。
「うん、いいよ。あははっ♪気にしないで~。どうせ沢山あるんだからっ。」
気がつくと木の幹に寄りかかり、ルキは虚空に向かって笑いながら話しかけている。まあつまり、コレが原因だ。ルキは村に居た頃からよく独り言を話していた。要は気味が悪いのだ。人の話を無視して、誰も居ないところに話しかける奴なんかと、誰が楽しく付き合えるもんか。ルキも積極的に人に話しかけるような事は無く、孤立するのは当たり前だった。そういう訳で、ルキは村の中で言い寄る男どころか、友達一人すら居なかった。
だが、何故か俺とは気が合うらしく、ルキのほうから話しかけてくる事があった。そして、何故か俺の言葉なら、無視せずに聴いてくれたりした。といっても、言っていることがチグハグだったりするし、他の人に比べれば、の話だが。
で、比較的仲の良い身として、ルキが村の中で孤立している様をずっと見ているのは耐えられなかった。だから、こっそりと準備を始め、新月の夜にルキを連れ出して村を飛び出した。あんな狭苦しい村になんか居たくなかった。俺はもっと、自由に生きたいから。ルキも、誰もが冷たい視線を投げてくる、あんな村なんか嫌気が差していたはずだ。
「おい、ルキ!今夜までには森を抜けたいんだから急げよっ。」
独り言というレベルを遥かに超えたシャドートークに苛立ち、つい声を荒げてしまう。ルキは俺の言葉に慌てて歩き出す。
「あぁ、まってよ、タ~。」
「ターって呼ぶなっ!タナール!」
ルキの呼び名に若干力が抜けつつも怒鳴り返す。何度言っても人の名前をまともに呼ばないんだ。というか、人を子供扱いしているような節がある。何かと、自分が年上だからとお姉さんぶって振舞おうとする。まったく、面倒を見ているのはどっちだよ。俺が通りやすくしたはずの道をつまづきながらも追いついたルキを確認してから、森の出口を目指してまた歩き始めた。
夕暮れ。ようやく森を抜け出した俺たちは、そこから先には進まずに、森の入り口で夜を明かすことにした。食事の準備をしようと、ルキが運んでくれていた分のリュックから食料を取り出そうとする、が。
「あ…れ?」
リュックがやけに軽くなっていた。慌ててリュックを開け、中身を確認する。リュックに入っていたはずの食料が、殆ど無くなっていた。道中、ルキが盗み食いしている様子はなかった。そもそもルキはそんなに意地汚くない。
「なあ、ルキ。リュックに入ってた食料、どうした?」
「ん?それなら鹿さんがおなか空かせてるって聞いたからあげたよ?」
ああ、空耳か。
「なあルキ、リュックの中身知らないか?」
「だから、鹿さんの為にあげたって。」
言葉を理解するのに、少し時間が掛かった。
「誰にあげたって?」
「だから、鹿さん。おなか空かせてるって聞いたから。ター、人の話はちゃんと聴かないと駄目だよ。さっきから同じこと言ってるのに。」
ターって人の話聞いてないよね、と自分のことを完全に棚に上げ、腰に手をあてて怒っている。駄目だ、頭痛がしてきた。
「なんで大事な食料を渡すんだよ、しかも動物相手に!」
「いいじゃない、沢山あったんだし。ちょっとぐらい分けたって無くなんないよ。それに、鹿さんだって食べ物が無いと生きていけないんだよ?」
両手を腰に当て、間違ったことはせてません、と主張するルキ。俺は本気で頭を抱えた。
―――と、こんなことがあったのだ。
俺が運んでいた分の食料は残っていたから、すぐに食べるのに困ることは無かったけど、問題はそこじゃない。俺たちが住んでいた村から街まで馬車で三日、大人の足で約十日かかる。子供、といってももう十四の俺と十六のルキなら、休憩をそこそこに、頑張って歩けば大人の足とあまり変わらない日数で着くことは出来る。が、そうは問屋が卸さない。実際は、ルキがしょっちゅう独り言をして遅れるのと、ルキが疲れたと頻繁に休憩を取るのとで、大人の足どころか、その半分にも届くかどうかの速度でしか進むことが出来なかったのだ。あぁ、ここにも食糧問題の原因があった。
そんなものだから、なおさら残りの食料には気をつけなきゃならなかったのに、ルキはその食料を鹿にあげたって?そもそも、どうやってルキは鹿を見つけて食料をあげたんだ?俺が辺りを探っていた限りでは、鹿の気配を感じ取れなかった。見つけていたのなら、鹿を狩って食料に出来たのに。くそ!その鹿を仕留めて干肉を作れば、俺とルキの二人でなら一週間以上の食料になったんだ。逆に、一週間近くの食料が無くなるとは。
腹の立つ回想を止め、再び空を仰ぐ。ああ、空がこんなに綺麗でも空腹は満たしてくれない。なんて現実は残酷なんだろう。
「ん?」
風で草同士がこすれあう音とは別の音がした、気がした。
―――いや、気のせいじゃない。微かに、何かの足音が聞こえる。本当に微かだが、こちらに近づいてきているのが分かる。聞こえてくるのは風下から。アグレッサーか?いや、あいつらはこんなに慎重じゃない。恐らくは狼か。
そして、ルキに注意を促そうとそちらを見て、固まる。のほほんと独り言を話しているルキの向こう、草むらの中に、光る双眸が一対。
背筋が凍った。
獣と俺の位置はルキを挟んでちょうど正反対。やばい。どう動いても、仰向けでいる今の体勢では間に合わない。このままじゃルキが餌食になってしまう。
「ルキ!」
声を上げ、ルキに注意を促す。もう何も考えずに体が動いていた。
―――間に合え!!
身体を回転させ、その勢いを利用してルキに向かって駆けだす。俺の声に、ルキが振り返る。こんな時でものほほんとしたルキの表情が見える。そして俺の声と動きに反応して、獣が飛び出した。駄目か!?
ドゴォッ!!
重い音が響く。俺はルキを突き飛ばそうとした姿勢のまま、固まっていた。目の前にはルキ。俺は手が届く後一歩のところで、固まっている。今の俺は、きっと、ものすごい間抜けな顔をしてる。うん、絶対。
音の正体。それは、ルキが狼が飛び掛ってきたのを紙一重で避け、振り向き様に放った肘打ちが狼の脇腹に鋭く突き刺さった音だった。襲い掛かってきた狼はルキに襲いかかったが返り討ちにあい、撃墜された。
ほんの少し前までのほほんとしていたはずのルキは、今はその顔に鋭い眼光を宿していた。その眼つきは、それだけで人を殺せそうである。果たして、ルキは無傷で、狼はルキの一撃の下に完全に伸びていた。俺はと言えば、ルキの放つ殺気に当てられて完全に動きが止まってしまっていた。ルキを守るどころか、情けなくルキに守られた形になってしまった。
―――そうだった。その見かけとは裏腹にルキは、格闘術は村の誰も勝てないほど強かったんだ。ある意味、俺の先生だもんな……。
ルキが大きく息を吸い、吐き出す。その間も、俺は身動きせずに成り行きを見守る。ただ怖くて固まってるだけ、という言い方もある。すると、緊張した雰囲気が解け、いつもの、のほほんとした空気が流れだす。
「もう、やっぱり私が守ってあげてないと駄目だね。」
得意げな顔をして、胸を張るルキ。そんなルキの態度に、とても釈然としない気持ちになる。くそ、一瞬前までは狼の存在にすら気づいてない様子だったのに。というか、本当にいつ狼の存在に気付いたんだよ?調子に乗っているルキは俺に言葉を続けた。
「ちょうど食料調達も出来たね、一石二鳥だぁっ!」
どこが二鳥?と心では思いつつも突っ込むのを止め、正直に食料調達が出来たことにほっとする。たった二人だから、これで数日は充分食っていける。俺は解体するためにナイフを取り出した。
「じゃあルキ、解体するの手伝ってくれよ。」
「えぇ、服が汚れちゃうじゃない。」
「汚れて困るような服をこんな旅で着るなよっ!手伝わないと飯抜きな。」
そして、文句を言いながらも解体の準備を始めた。
村を出て、最初の街に着く前からこんな状態では、なんとも前途多難な旅になりそうだ。ちょっとどころではなくズレているルキと一緒では、平穏無事な道中ってのは無いように思える。だけど村に戻って元の生活に戻る気は無い。例え困難であっても、ルキと旅をしている方が、色々と面白い。
それに、街の奴らに頭を下げているだけで、粗末なお目こぼしをもらって満足している生活なんて真っ平ごめんだ。
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