ドラゴン・ディーラー

カワシマ・カズヒロ

ドラゴン・ディーラー




ドラゴン販売店『レッド・ムーン』は赤山の頂上にあった。

『レッド・ムーン』には235頭の竜が売られていた。

店で一番大きくスピードが出るのは灰谷種の赤竜だ。

値段は5,000G(ゲオルギウス)。

従業員達はこの竜をフィフティーと呼んで可愛がった。

特に可愛がったのは客にドラゴンを売ってやるディーラー達だった。

フィフティーは客の目を楽しませたり、客の金銭感覚を狂わせたりするのに一役買っていた。

朝『レッド・ムーン』にやって来たディーラー達はまずフィフティーを撫でてやる。

この習慣をはじめたのは若手のディーラーの19歳のフィリップだった。


「今日も1日頼むぞ」


フィリップがフィフティーの顎を撫でると、フィフティーは嬉しそうに鳴いた。

フィフティーの鳴き声に触発されて1番売り場の他の竜達も鳴いた。

フィフティーに一しきり構ってやった後、フィリップは他の234頭の健康状態を確認して回った。


店には1番から9番までの売り場があり、竜達は1番から8番までの売り場に係留されている。9番は餌や薬などの関連商品売り場だ。

1番売り場には見栄えのする竜が集中的に配置されている。

円形の公園の様なつくりで、開放的な印象を与える。

2番以降の売り場では種類ごとに竜が配置されている。

2番が赤竜、3番が白竜、4番が緑竜といった具合だ。

1番と9番以外の売り場は木造3階建ての建物(無節操な改築で迷宮と化しつつある)の中にあった。

フィリップより先に来て仕事をしていた飼育係のゲイリーは主力商品の緑竜のコーナーで渋い顔をしていた。


「何かあったんですか?」


フィリップが聞くとゲイリーは肩を竦めた。


「ヒヤミズの元気が無い」


フィリップは鎖に繋がれたヒヤミズを見た。

ヒヤミズの方でもフィリップに気が付き、フィリップに向かって飛びつこうとした。

だが、その動作には若干元気が無かった。


「それは困ったな。手術が失敗したとかですかね?」

「いや歳のせいだろう。だが早いとこ売っちまうに越したことはないだろうな。このままじゃ牧場に払った金とエサ代がパーだ。昔と違って今は精肉店も引き取ってくれないしな」

「まぁ、何とか売り込んでみますよ」

「頼むぜ」


フィリップは巡回を続けた。

その日はヒヤミズの件を除けば取り立てて変わった事は無かった。

フィリップは事務所に戻った。

事務所と9番売り場は石造りの平屋の建物にあった。

胸が大きい物販係のシンシアは職員用の休憩スペースで寛いでいた。

彼女はお茶と焼き菓子(レンバス)を交互に口に運んでいたが、フィリップの存在に気が付くと手を止めた。


「おはよ、フィリップ」

「おはよう、シンシア」

「調子はどう?」

「俺は普通、いつも通りだよ」

「私が聞きたかったのはフィリップのじゃなくてドラゴン達の体調のことなんだけど」

「ヒヤミズの調子があんまり良くない」

「そっか……プリンスみたいな事にならないと良いけど……」

「売るさ。どうせ、ミーティングでオーナーからまたせっつかれるだろうしな」


フィリップはテーブルの上に肘を乗せ、顎を掌の上に乗せた。


「気の毒なフィリップ」

「だがまぁ勝算が無い訳じゃない」


フィリップは両手を叩いた。

フィリップはこの動作でモチベーションを上げる。


「1日でこの件を片付けてみせよう」

「ホントに?」

「賭けようか?」

「何賭ける?」

「俺が勝ったら一緒に飯を食いに行こう。七角山に良い肉料理屋がある。『ダイナー&ドラゴンズ』だ。もし俺が負けたら食事代だけ出すよ。20Gで良いかな」

「オッケー。良いよ」


シンシアは焼き菓子を頬張りながら言った。




しばらくして他の従業員達もぞろぞろと事務所に集まって来た。

『レッド・ムーン』では開店直前に従業員全員出席のミーティングがある。

狭い事務所内に全従業員が集まるため、事務所は一気に狭苦しくなった。

室内温度も上がる。

従業員達の愚痴が聞こえ始めたところでようやくオーナーが登場した。


「よーし、みんな、これからミーティングを始めるぞ! そこをどいてくれっ……!」


従業員達は速やかにオーナーに道を開けた。

オーナーは樽の様な腹を揺らしながらミーティング時の定位置(先代オーナーの肖像画の下)に移動した。

そしてオーナーは体格相応の重低音で演説を始めた。


「ここ数年、我が国はずっと景気低迷中だ。だが、皆、不景気を理由に怠けてはいかんぞ。不景気な時には不景気な時なりの商売の仕方がある。それさえ分かってれば、不景気はチャンスだ。例えば……」


オーナーの例え話は大抵、オーナーの若い頃の自慢話である。

今日の例え話もそうだった。

従業員達は全員その話を最低3回は聞かされているのでテンションが凄く下がった。

次にオーナーは従業員へのダメ出しを行った。

彼は毎日無理矢理にでも1つはダメ出しを考えて来ている。

従業員全員を対象にしたダメ出しもあれば、特定の個人を吊るし上げるダメ出しもある。


「エド」


エドはゴクリと息を飲んでから返事をした。


「はい」

「最近、売り上げが落ちてるぞ。弛んでるんじゃないのか? ノルマは超えてるが、3ヶ月連続で下がってる」

「気をつけます。オーナー」


次のターゲットはフィリップの予想通り、フィリップだった。


「フィリップ、ヒヤミズはまだ売れないのか? 調子が悪くなってると聞いたぞ」

「はい」

「わざわざ君にこの件を任せとるのは、君を買ってるからだぞ。失望させるな」

「申し訳ありません」

「今日中に売れ。何、君ならやれる」

「ありがとうございます。オーナー」


その後、〆と称してオーナーの若い頃の自慢話が語られた。

今日の場合は「自分が如何にして人から愛される話し方を学んだか」についてだった。

ミーティングが終わると従業員達のテンションはすっかり最低になっていた。






フィリップは両手を叩き、テンションを元に戻し、その日最初の客に声をかけた。

客はファミリーだった。

一家は大人2人と子供数人が乗れる胴体の長い竜を探していた。

子供達は天竜山の白竜を欲しがった。

天竜山の白竜はふわふわの白い毛で覆われているからだ。

だが父親は購入に慎重だった。

父親は子供達に竜選びに関する有名な格言を語ってみせた。


「竜の年齢は爪の長さを見れば分かる。そして長い爪の竜は買ってはならない」


黄竜など種類によって例外はあるものの、格言は概ね事実だった。

成人男性の親指より長い爪を持つ竜は高確率で体にガタが来ている。

だから大抵の客は爪の長い竜を見ると購入を尻込みする。


「なのにこの竜の爪は大分伸びてる。この竜は買うに値しないよ」


父親はやや乱暴に白竜の手を跳ね除けた。

長女は白竜に同情して、白竜の頭を撫でた。


「パパの親指と同じくらいじゃない」

「お前達が成長して自分の竜を持ち始めるまで持たないかも知れないよ。それにこのフサフサの毛もいつまで持つか分からないかも」


フィリップはすかさず口を挟んだ。


「今ならサービスで専用のヘアブラシや歯ブラシ、風邪薬なんかをお付けしますよ。特にヘアブラシはお奨めです。何年も人を乗せているとこの綺麗な毛も段々と痛んで来るんですが、ちゃんと手入れしてあげれば今の状態をキープできます」


すると長女と長男は目を輝かせた。


「ねぇ、ちゃんとお世話するからこの子にしようよ。パパ、良いでしょ?」

「お願いパパ! 一生のお願い!」

「良いじゃない。皆で選ぼうって言ったのはパパなんだから」


多勢に無勢。

父親は根負けした。


「幾らだ?」

「2,800Gです」


父親は転送符を取り出し、2,800Gと記入した。

父親は二度と家族連れでドラゴン販売店には行くまいと決心した。












ベテラン・ディーラーのブライアンが言った。


「俺が見ててやるから、あの客に売り込みをかけてみろ」


新人時代のフィリップは言われた通りに1人の男性客に声をかけた。


「何かお探しですか?」

「竜を買いに来たんだけど、少し無理をして赤竜を買うべきか、それとも現実を見て緑竜を買うべきか迷ってたんだ」

「分かります。良いですよね、赤竜」

「でしょう? でもやっぱり値段を考えるとね」

「赤竜でも虹村種なんかは少々小さめですがその分低価格ですよ」

「へぇ」


フィリップは客に各産地の赤竜の特徴を解説しながら売り場を回った。

客はフィリップの解説を熱心に聞いた。

その結果、次の結論に達した。


「赤竜は流石に高いな。特にエサ代がこんなにかかるとは思わなかった。赤竜を買うのはやめておこう」

「緑竜の方も見に行きますか? 緑竜はお手頃価格なのが特徴ですが、産地によって必要な餌の量や最高速度に幅がありますから、お客様の好みに合うタイプもきっといると思いますよ」

「外見も間抜け面じゃないのが良いんだが」

「勿論、イカした面構えのタイプも何種類かいますのでご案内しましょう」

「よし、じゃあ早速頼むよ」


フィリップは客を緑竜が売られている4番売り場に移動した。

客の反応は上々だった。


「いやぁ、どれも良い竜だった。特に死人沼種と緑柱洞窟種が良かった」

「それは良かった」


フィリップは最後の一押しを仕掛けようとした。

ところが客はフィリップが思いもしなかった言葉を発した。


「ただ死人沼種と緑柱洞窟種のどちらにするかまだ凄く迷っててね、今日焦って買うのはやめにして、10日程じっくりどちらを買うべきか考えてみるよ。親身になって相談に乗ってくれてありがとう」

「そうですか。では、次の機会に是非」


フィリップは呆然と客を見送るしかなかった。


「まぁ、最初はこんなもんだ。気を落とすなよ」

「……勿論です。次はもっと上手くやってみせます」


フィリップは両手を打ち、自分を鼓舞した。












フィリップは親子連れの客から手に入れた転送符を事務所に置きに行くために、売り場を出た。

すると彼の周りに急に大きな影が差した。

フィリップは影の正体をサムの黄竜だろうと予想した。

予想は大当たりだった。

フィリップが店を出て空を見上げると、黄竜に跨ったサムの姿があった。

サムの黄竜は大きな黒い袋を抱えていた。


「よう。フィリップ、術後の経過はどうだ?」


サムは黄竜を地面に着地させた。

加減を誤ったせいで黒い袋が勢い良く地面にぶつかり、地響きと共に土煙が上がった。


「問題無い。それより、その袋はどうしたんだ?」

「事故さ。曲乗り好きのアホ共が悪魔の神殿で無謀なレースをやって、乗り手の1人がミスって竜を柱に激突させた。竜は首の骨をやってあの世行き、乗り手は直前に脱出したが全治3月ってところだ。で、ついさっき俺のところに事故った野郎の仲間が来てな、竜の回収依頼が来た。そんなところだ」

「頭がおかしいのはどこからでも湧いて来るな」

「これからもっと増えるぞ。今回の事故でハクが付いた」

「迷惑な話だ。ヘンな客が増えると普通の客が逃げる」

「そっちは大変だな。ああ、そう言えばもうオーナーは今日来てるか?」

「ああ。多分、事務所にいるよ」

「じゃあ、手が空いたらオーナーに俺が来たって言っておいてくれ。諸々の作業が済んだらオーナーを呼びに行くからさ」

「分かった」


サムは黄竜を店の裏手にある作業場に向けて歩かせた。




フィリップは事務所に入り、金庫番に転送符を渡した。

フィリップはついでにオーナーを探したが、オーナーはどこにもいなかった。

金庫番が言った。


「オーナーなら警察署長に会いに行ったわよ」

「何しに?」

「さぁ? ブライアンがやり過ぎたって話じゃない?」

「ああ。あの話か。納得」


フィリップはノルマ表に実績マークを1つ書き足し、事務所を出た。

そしてすぐに次の客をつかまえた。

次の客は線の細い優男だった。


「何かお手伝いすることはありますか?」


優男は言った。


「飛竜(ワイバーン)を買いたいんだ」

「飛竜なら7番売り場ですね。ご案内しましょう」

「じゃあ頼む」


フィリップと客は現在地である4番売り場から7番売り場を目指して歩いた。

フィリップは客を売り場に誘導しながら最近の流行などについて話した。


「買うなら大型が良いと思ってるんだが、アンタどう思う?」

「大型にも色々なタイプがあるのですが風谷種や顎峠種あたりはかなり大きくて2人乗りも楽ですよ」

「女とのニケツも楽かな?」

「勿論ですよ」

「良いね」


フィリップ頃合を見て客が普段どこに住んでいるのか聞いた。


「……そう言えば、今日はどの辺りからこちらに?」

「林檎林から来た」

「そんな遠くからですか。それは大変でしたね」

「林檎林は平地だからね、ロクな竜が売ってないんだ」

「うちの店ならきっとご期待に添えますよ」

「頼むぜディーラー」


客はフィリップの脇を小突いて笑った。

フィリップもそれに合わせて笑った。

フィリップは「この客は良いカモだ」と思った。

林檎林と言えば『レッド・ムーン』がある赤山からかなり遠い。

それだけでわざわざクレームを言いに来る可能性がグッと減る。

だから遠方からの客はディーラーにカモられ易い。

客が青い飛竜を指差した。


「これは幾らくらいだ?」

「風谷種ですね。今なら950Gで大変お買い得ですよ」

「ギリギリ買えなくも無いが、どうするかな……」


男は顎に手をあて長考に入った。

フィリップはタイミングを見計らってオプションを奨めた。


「買ってから1週間以内でしたら同じ値段の別の飛竜と取り替える事もできますよ」

「手数料を取るなんて言わないだろうな」

「最初にいただく950Gだけですのでご安心下さい」

「分かった。現金で払うよ」


男は財布から100G札を9枚と10G札を5枚取り出した。

フィリップは札と引き換えに飛竜用の鞍が入ったボックスの鍵を開け、鞍を客に渡した。

男は青い飛竜に飛び乗り、意気揚々と店を去って行った。

男はまだ気付いていないが、交換対象の飛竜達は950Gでは少々割高な個体ばかりである。












オーナーは椅子に深々と座りながら紹介状とフィリップの顔を見比べた。


「うむ。紹介状に偽り無しだ。紹介状にある通り、若いし竜への知識も人並み以上、熱意も十分だ」

「ということは……!」


フィリップは身を乗り出した。

だがオーナーはフィリップの先走りを葉巻を人差し指と中指に挟んだ手で制した。


「採用! ……と言いたいところだが、まだ1つ2つ質問がある。何、安心したまえ。君ならパスできるだろうさ」

「失礼しました」

「いやいや、それくらい威勢が良い方が良い。まず1つ目、度胸はある方かね?」

「ある方だと思います」


フィリップは自信満々に答えた。

オーナーは満足気に頷いた。


「手先は器用な方かね?」

「ええ。人並み以上に何だってやれるという自負がありますよ」


フィリップは自信満々に答えた。

オーナーは満足気に頷いた。


「結構。君をディーラーとして使ってみるとしよう」

「ありがとうございます」

「今日はもう帰って良いぞ。で、明日は正午に店に来てくれ。諸々の手続きをやる」

「分かりました。ではまた明日」


フィリップは応接室のドアノブに手をかけた。

だがその時、オーナーがフィリップを不意打ち気味に呼び止めた。


「ところでフィリップ……」

「はい、何でしょう。オーナー」

「君は今までに人を騙したことはあるか?」

「今まで17年生きて来ましたが一度も捕まったことはありません」


フィリップは多少虚を突かれたが、やはり自信満々に答えた。

オーナーは葉巻に火を点けながら言った。


「質問の仕方を変えよう。君はお使いのお釣りを着服したり、おやつを自分の取り分が多くなるように細工したり、そういう騙しをやったことはあるか?」


フィリップはすぐには質問に答えなかった。


「その質問にお答えする前に確認しておきたいのですが、その質問とディーラーとしてこの店で働くことにはどんな関係が?」

「その内分かる。ちなみに君がディーラーとして大成できる確率は、私の見立てでは4割ってところだな……まぁ、今晩は私の言葉の意味をじっくり考えてみると良い。それが成功の鍵だ」


オーナーは葉巻を吸い始めた。












優男に割高な飛竜を売った後、フィリップは物販スペースに向かった。

物販スペースではシンシアが床にしゃがんで雑誌を並べ替えていた。

『ライダーズ・ダイジェスト』がフィリップの目を引いた。


「そう言えば、今日はもうトニーは来たのか?」

「確か、まだ来てないよー」

「忘れてたよ。クソ……」


『レッド・ムーン』の従業員は全員、トニーの事を知っていた。

トニーは『ライダーズ・ダイジェスト』を毎号発売日に買いに来る、店の常連客だった。

彼は大抵、昼頃に店にやって来て『ライダーズ・ダイジェスト』を買う。

そしてその後は店の竜を日が暮れるまで眺めて過ごす。

その光景を店員達はいつも微笑ましく見ていた。

シンシアや他の従業員達は気分次第で彼にお菓子をくれてやったり、仕事を見学させてやったりした。


「別に悪い子じゃないのにトニーの扱い酷くない?」

「嫌いじゃないんだよ、俺も。でも何か苦手なんだ」


フィリップはソーダを買って物販スペースがある平屋を出た。

物販スペースの出入り口から少し離れたところでは数人のディーラーが固まって休憩を取っていた。

フィリップもそこに混じった。


「災難だったなフィリップ」

「まぁ、何とかしてみますよ」

「そう言えば今日はトニーが来る日だな。あの子を見てるとガキの頃を思い出すよ」

「まぁ、確かに。でも今日は風邪でも引いててくれると嬉しいんですけどね、今日は大仕事をやらなきゃいけないから」


すかさず先輩ディーラーのブライアンがフィリップに言った。


「そりゃムリだ。今日は『ダイジェスト』の発売日だ。多分、トニーは這ってでも来るんじゃないかな」

「でしょうね」


フィリップは赤土を蹴った。

小さな土煙が立ち上り、近くにいた青い鱗のワイバーンがとばっちりを受けた。

ワイバーンは小さい頭をブンブンと振って砂塵を払った。


「おいおい。一番売り場の商品を傷つけたらことだぜ」


フィリップがシンシアを狙っている事を知っているブライアンはその様子を見て1人で大ウケしていた。


「シンシアがダメだったら俺が一緒に行こうか?」

「あんたに可愛い妹がいたら考えても良いですが、いないでしょう?」

「しばらく待っててくれ。今度親父とお袋に頼んでみるから」


一同はブライアンのお決まりのジョークに愛想笑いで応えた。

一しきり笑った後、フィリップは店の入り口までトニーがやって来ているのに気付いた。












「なぁ、フィリップ」

「何ですかブライアン」

「お前の売り上げが低いのは何でだと思う?」


フィリップはバツ悪そうに答えた。


「ドラゴンについての知識が足りないからですか?」

「違う違う。知識に関して言やぁ、お前がウチじゃピカイチだろうよ」


ブライアンは煙草に火を付けた。

そして一息置いてから答えを言った。


「足りてないのは客をカモる知識と技術だ。俺は親切だからそれを教えてやろう」












トニーは買ったばかりの『ライダーズ・ダイジェスト』を大事そうに抱えて休憩中のディーラー達に近寄って来た。

フィリップはさり気なくトニーから離れようとした。

だが今日に限ってトニーはフィリップの後ろをずっと付いて来た。


「見てよフィリップ」


フィリップは地面にしゃがみ込み、トニーと目線を合わせて言った。


「何で今日は俺がお前の当番なんだ?」


トニーは『ライダーズ・ダイジェスト』をフィリップに見せた。

表紙は躍動感溢れる競技用赤竜だった。

そして表紙の下部には「特集:灰谷種の速さの秘密」とある。


「だって、前に竜の中だったら赤竜が好きだって言ってたじゃないか」

「あれはそう言う意味で言ったんじゃないんだがな」


フィリップはトニーの好奇心を警戒していた。

トニーは前に一度、竜の無料検診サービスのイカサマに気付きかけた事がある。

飼育員達は竜が病気に罹っていないか調べるという名目で竜の口の中に自分の上半身を突っ込むのだが、その際に下剤を染み込ませた草を竜に食わせる。

このイカサマが行われる時、竜は大量の唾液を垂れ流す。

竜の唾液は地面をジュウという音と共に焼く。

そのため客が竜の口の中で何が行われているのか一々確認しようとすることは稀だ。

そして検診を担当した飼育員は何食わぬ顔で「こりゃ不味い。大分消化器系が弱ってるね」などと言い、治療費用を余分に請求するのだ。

もし客が飼育員の忠告を無視すると腹を下した竜のせいで酷い惨事になる。

ところがトニーは竜の涎を恐れず、地面に寝そべり飼育員の「検査」の仕方を見ていた。

フィリップが客とトニーの注意を逸らさなければイカサマが露見していたかも知れない。

だがトニーの方に悪気は一切無い。




次の客が見えたのでフィリップは頭をフル回転させ、トニーの興味を別の対象になすりつける方法を考えた。

丁度良いタイミングで作業場から出て来る黄竜とサムが見えた。

フィリップは黄竜を指差しながらトニーの肩を叩いた。


「あれを見ろ、トニー。黄竜だ。珍しいだろ」

「大きいね!」

「実はあの黄竜のライダーは俺の友達なんだ。紹介してやるよ」

「良いの! やったぁ!」


トニーは話に食い付いた。

フィリップはサムに声をかけた。


「サム、この子に黄竜を触らせてやってくれないか。ついでに黄竜の秘密なんかも教えてやってくれるとなお良しだ」


サムは明後日の方向を向き、考える様な素振りをした。

フィリップは目にも留まらぬ早業でサムに20G札を渡した。

サムは人の良さそうな笑みを浮かべてフィリップと握手した。


「良し。じゃあ今回は特別だぞ」


サムはトニーを黄竜の鞍に座らせてやり、黄竜に関する薀蓄を語り始めた。

フィリップはその隙にトニーの視界から消え、本業を再開した。

フィリップは次の客を捉まえに行った。

そして次の客はフィリップの目的を達成するのにピッタリの相手だった。




ドラゴンは伝統的に男の乗り物とされている。

そして客は筋骨隆々の極めつけに勇ましい外見の男だった。

客は1人乗りの竜のコーナーをあちこちうろついていた。

フィリップは客をまずフィフティーが係留されているコーナーへ案内した。

燃える様な熱風が客を歓迎する。

フィフティーの吐息だ。

客はガレージに繋がれた灰谷種の赤竜を見た。


赤竜は何十本もの鎖によって巨大な翼、巨大な頭、巨大な手足、巨大な尾を地面に縛られていた。


だがフィフティーは「その気になればいつでも脱出できるのだ」と言わんばかりに翼を稼動させ、長大な首をもたげた。


「さすが灰谷種だ。見応えがある。もし、買うとしたら値段は幾らだ?」

「5,000Gです」


客は竜の全身を興味深そうに見て回った。

だが客は結局「コイツをくれ」とは言わなかった。

その代わりに、彼はいかにも「金はあるんだ」と言いたげな態度でガレージの他の竜を見た。


フィリップは客を別の竜のところに案内した。

客が次に紹介されたのは死人沼産の緑色の鱗、赤い羽を持つスタンダードな竜だった。

その竜は灰谷種と比べればやや小さく見えたがパワフルさでは負けてはいなかった。

フィリップは客が死人沼産の竜を気に入ったのを見て取り、話しかけた。


「こちらの竜は赤竜に比べるとややパワーが落ちますが、今ならセール中でかなりのお手頃価格でお買い求めいただけますよ」

「値段を教えてくれ」

「2,200Gです」

「安いな」


客は感嘆した。

だが死人沼産の竜の相場は2,400G前後であり、然程安くは無い。

憐れな客は最初に灰谷種という高値の華を見せられたせいで金銭感覚が麻痺しているのだ。


「しかし、そう安いと何か裏があるんじゃないかって疑っちまうな」


客は疑わしげにフィリップの顔を見た。

フィリップは臆面も無く、目の前の竜がサービス品であるかの様に演技を続けた。

フィリップはさり気なく竜の足を蹴った。

死人沼産の竜は咆哮し、鎖を引き千切って襲い掛かろうとした。


「見ての通り気性がかなり荒いですから、この値段でも買い手が中々付かないんですよ」

「成る程な」

「爪を見せて貰っても良いかな?」

「ええ。構いませんよ」

「では遠慮無く」


客は自分の親指と竜の爪を見比べた。

竜の爪は客の親指と同じくらいの長さだった。


「良し。これくらいの長さなら問題無いだろう」


客は竜のグリーンの鱗をピシャリと叩いた。

そして転送符と筆を懐から取り出した。


「なぁ、この際だ、2,000Gまで負からないか?」

「2,000Gですか?」


フィリップは額から流れ出る汗を拭った。

客は定番の切り札を切った。


「ダメなら他の店をあたってみるつもりだ」

「……分かりました。2,000Gに値引きさせていただきます」


客は転送符に2,000Gと書き込んだ。

フィリップは転送符と引き換えに鞍を渡した。

客は意気揚々と竜に乗り、店を出た。

フィリップは両手をグッと握り、安堵の溜息を吐いた。




フィリップが客に売った竜はヒヤミズだった。

ヒヤミズの爪は最近事故で死んだ別の若い竜の爪を移植した物だった。

ヒヤミズの本来の爪は客よりずっと長い。

もし客がヒヤミズの本来の爪の長さを知っていたらヒヤミズを買うなどと言わなかっただろう。

買ったとしても1,300Gくらいまで値下げせねばならなかった筈だ。












フィリップは新しく買った緑竜で店に出勤して来た。

だがフィリップは特に浮かれた様子も無く、粛々と竜を職員用ガレージに着地させた。

ガレージには何時もなら一番最後に店にやって来るブライアンが待ち構えていた。

ブライアンはフィリップの竜を馴れ馴れしく撫で回した。


「おお、これがお前の新しい相棒か。良いじゃないか。ウチで売ってる奴より全然良い」

「かなり吟味しましたからね」

「良いのが買えて良かったじゃないか。いらなくなったら言ってくれ。ウチの査定より高めで買うから」

「考えておきます」

「下取りでフィフティー買おうぜ。ロマンで」

「竜はお値段相応でかつ乗れれば良いんですよ。それに俺が買うとして、客を釣るための新しい見せ札はどうするんです?」

「おっと、それは考えてなかったよ」

「じゃ、俺は今日の商売の準備があるんでこれで」

「おう熱心だな。頑張んな」


フィリップは朝一の巡回に出かけた。












フィリップはサムに子守の仕事が終わった事を告げに向かった。

ところがトニーは元気が無かった。


「どうしたトニー、今なら手が空いてるから、幾らでも竜のトリビアに付き合うぞ」


反応無し。

フィリップの脳裏に「サムが口をすべらせて商売のからくりを話してしまったのでは?」という考えが浮かんだ。

フィリップはサムの目を見た。

サムは両手を突き出し「俺のせいじゃねぇって」と弁解した。

フィリップはトニーの目の前で手を振ってみたが、それでも反応が無い。

フィリップはもしやと思いトニーの頭に手をあてた。

トニーは高熱を出していた。


「今日は本当にツキが無いな」


フィリップはトニーを連れて事務所に入った。

3度目のコーヒー・ブレイクに来ていたシンシアが異変を察知して寄って来る。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「トニーが高熱を出してる」

「大変。すぐに病院に運ばなきゃ」

「病院に連絡して来させた方が良いんじゃないか?」

「あなたが病院まで連れて行ってあげれば良いのに」

「俺が?」

「ええ」


フィリップは断ろうと思ったが、シンシアの無言の圧力に屈した。


「……分かった。行ってくるよ」

「そうこなくちゃ。ちょっと待ってて」


シンシアは事務所の奥に引っ込んだ。

そして戻って来た時には彼女は竜をモチーフにした貴族趣味な柄の鞍を持って来た。


「オーナーに話を付けてフィフティー用の鞍を借りて来たから、これ使って」

「少々大袈裟過ぎじゃないか?」

「竜は速ければ速い程良いって言うでしょ」

「分かった。借りておくよ」


フィリップは右手でトニーの手を引き、左腕で鞍を持ってフィフティーのところに向かった。

事情を察した何人かの飼育係がフィフティーの鎖を外すのを手伝ってくれた。

フィリップが鞍をフィフティーに乗せるとフィフティーは大はしゃぎした。

発熱からぐったりしっ放しだったトニーも心なしか嬉しそうだった。


「落ち着け」


フィリップはフィフティーの顎を触ってからフィフティーの背中に乗った。

そして飼育係の手を借りてトニーを自身の後ろに乗せた。


「しっかり掴まってられそうか?」

「……たぶん」

「良し、じゃあ飛ぶぞ!」


フィリップはフィフティーの手綱を握った。


フィフティーは鎖から完全に解放され、大地を力強く蹴った。


巨体が階段を駆け上る様に宙に舞い上がった。


そのスピードは凄まじく、フィリップは目を見張った。


頭をフィリップの背にべったりくっ付けたトニーが言った。


「飛んでる?」

「ああ。飛んでる」


フィリップは首を後ろに向け、トニーを励ました。

フィフティーは病院を目指して凄まじい速さで飛んだ。


「この分ならすぐに病院に着くぞ」


フィリップはフィフティーを励ました。


だが、その直後にトラブルが起きた。


フィリップ達の前方、病院への近道となる悪魔の神殿が、凶悪そうな外見のドラゴン・ライダーの集団により占拠されていた。

彼らは出鱈目な曲乗り大会を催していた。


「クソ……サムが言ってた通りになったか」


フィリップは悪魔の神殿を通過することを諦めた。

フィリップはフィフティーの手綱を引き、右手に向かって進路を変更した。

だが曲乗り集団はフィフティーに気付いた。

そして今日の彼らは特に気が立っていた。


誰かが言った。


「アレをダニーに捧げようぜ!」


曲乗り集団は「ダニーのために」を合言葉にフィフティーを追った。

フィリップは平和的に解決しようと思った。

彼は力の限り叫んだ!


「話を聞いてくれ! この竜には病気の子供が……」


だが聴く耳を持つ者は誰もいなかった。

イカれたライダーは暖かい言葉の代わりに竜をけしかけた。


「ヘイヘイヘイ! 立派なドラゴン、ダニーのお供をやりな!」

「話を聞いてくれ!」


フィリップは説得を諦め、速度を上げた。


普通の竜はまず赤竜の速度に追いつけない。


だが後方の曲乗りライダーはフィフティーを捕らえようとまだ追って来る。


フィリップは曲乗りライダーの竜の皮膜を見た。


皮膜にはドス黒い斑点が浮いていた。


「ああ、クソ! やっぱり改造皮膜か……!」


皮膜の改造は竜の寿命を縮めるが、竜の直線飛行の最高速を飛躍的に高めることが出来る。

そのため曲乗りライダーの4人に1人は竜の皮膜に手を入れていると言われている。

フィリップは作戦を変える事にした。


「これならどうだ!?」


フィリップは手綱でフィフティーに細かく指示を出し、複雑な軌道で飛ぶように仕向けた。

挑発に乗った1頭が翼を岩肌にこすり脱落した。


「しっかり掴まってろよトニー!」


だが曲乗りライダー達はなおも追って来る。

フィリップは賭けに出た。

フィフティーを追跡するライダーに警告した。

そしてフィリップはフィフティーを急降下させた。


「ケガしたくなきゃ追うのをやめろ! アホ共!」


怯んだライダーもいたが大多数は追跡を続けた。


フィリップは地面が迫って来るのを感じた。


フィリップの頬から汗が流れ出す。


フィフティーはフィリップの手綱捌きに応え、地面スレスレで見事に方向転換をやってのけ、そしてまたすぐに最高速度を取り戻した。


他の竜とライダーはそうは行かなかった。


ある者は衝突を回避するために早めに減速した。


またある者はフィフティーとフィリップと同じ様に地面スレスレまで行ったが、方向転換に失敗、軟着陸する羽目になった。


フィフティーは曲乗りライダーの乗った竜を全てブッ千切った。




フィリップは勝利の雄叫びを挙げた。


「レースは俺の勝ちだな! 見たかクソ共め! バーカ! バーカ!」


フィフティーもそれに呼応するかの様に激しく咆哮した。


フィリップはフィフティーの頭を撫でてやり、その活躍を労った。


「良い飛びっぷりだったぞ、フィフティー。流石高いだけの事はある」


次にフィリップはトニーの方を見た。

フィフティーに乗って飛んだ感想を分かち合うためだった。

しかしトニーは疲れ果てており、その余裕は無かった。

フィリップは先を急ぐことにした。


曲乗りライダー達が負け惜しみの罵声をフィリップにぶつけたが、フィリップには彼らが何を言ったのか殆ど聞こえなかった。

曲乗りライダー達の声はどんどん遠くなり、やがて彼らの声は一切聞こえなくなった。

ただ、風を切る音だけがした。


それからしばらくして一行は病院に辿り着いた。


灰谷種の赤竜は珍しいのでかなり人目を惹いた。










10


フィリップとシンシアは七角谷のレストランで食事をしていた。


「最近フィリップってばドラゴンに乗る時はすごく楽しそうにしてるね」

「まぁ、否定はしないよ」

「否定はしないよ……って、ふふ、さっきも私そっちのけでエキサイトしてたのに説得力無いよー」


シンシアはクスクス笑いながら店の外を眺めた。

店の外には灰谷種の赤竜が繋がれていた。

赤竜の背中には竜をモチーフにした貴族趣味な柄の鞍が乗っていた。


赤竜の値段は鞍も含めて5,000Gした。










「ドラゴン・ディーラー」終わり

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ドラゴン・ディーラー カワシマ・カズヒロ @aaakazu16

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