二つ目 六十億年の里帰り

その時、テレビは毎日夕方にやっているニュースを流していた。ついてはいるが、誰も意識を向けてはいない。ただのBGMとして、そのテレビはアナウンサーの声を流していた。少年はソファに寝転んでスマートフォンのゲームで遊んでおり、少年の姉である少女は座椅子に座って本を読んでいる。リビングの開け放されたままの扉からは母親がシャワーを浴びている微かな水音が聞こえていた。

 二人の間に会話はなく、テレビは全国のニュースから国際的なニュースへと移る。アナウンサーの堅苦しくスーツの着せられた声はスピーカーから吐き出されるだけで、二人はそれぞれの作業に没頭していた。壁にかけられた時計の針は七時頃を指している。六時半には既に食事が終わっているので、今は食後の団欒と言ったところか。会話のないこの時間を団欒と言ってもいいのか分からないが、同じ空間でまったりと過ごしてはいるようだった。

「そういえばさぁ」

 テレビの音しか響かない空間で、おもむろに口を開いたのは少女だった。少年は目だけを彼女に向ける。少女はいつの間にか本を閉じており、その目はテレビを見ていた。その視線を辿ると、テレビでは宇宙に関するニュースをしている。火星に水の痕が見つかったらしい。

「火星には水があって、人間が移住できるって話、あるじゃん」

「あぁ、あるね。それがどうかした?」

「それでさ、思うんだけど」

 少女はテレビを見ながら、そう切り出し、そして少しだけ考えるように空白を置いてから再び口を動かした。

「本当は、人間は火星に住んでて、水が枯れたりなんだりで住めなくなったから、近くにあった水の豊富な地球に移り住んで、でもそれを知らないで火星に戻ろうとしてる……って考えたら、面白いなって」

 少年はテレビと少女を交互に見て、そして軽く足を組みなおしながら「あー」と一つ頷く。

「そういう考えもまぁ、面白いんじゃない」

「でしょ。帰巣本能かもしれない。六十億年かかった里帰りだけど、誰もそれがそうだって知らないの」

 面白いね、と少女は笑い、少年は大した返事は返さなかった。廊下の向こうから水音が止んだ。母親が戻ってきたらアイスでも食べよう。

 少女の小さくて広大な思想は、世界に何も響きはしなかった。

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