第7話 竜姫とお出かけ

「……メリーヌ」


俺は前をズカズカ歩くメリーヌに話しかけた。

だが、メリーヌは聞こえていないように何も反応を返してこない。

さっきから、すっとこの調子だ。


「メリーヌ、そろそろ機嫌直せよ」


メリーヌはようやくこっちを振り向いた。


「なにかしら? ヘンタイさん」


怒っているのかと思ったが、何処かいじけた子供みたいな顔をしている。


「……悪かったよ」


俺はメリーヌに対しては何もしていない筈だが、取りあえず誤っておいた。


「許してあげる」


俺は何を許されたのだろうか?


「ここね」


メリーヌが立ち止まった。

目の前には下に続く階段がある。

階段は明かりの類いは一切ついていなくて真っ暗だ。


「炎よ」


メリーヌが手の平を上に向けて唱える。

すると、メリーヌの手の上に野球ボールほどの火の玉が生成された。


「行くわよ」


メリーヌはそれを明かり代わりにして、階段を降りていく。

俺は最初はメリーヌの後ろについて行っていたが、階段を降りるにつれて階段の入り口からの光が減って、足元が見えなくなった。

一段一段、確かめながら降りていく俺に気づいて、メリーヌがこっちを振り向いた。

メリーヌが気を使って、手をこっちに向けてくれた。

足元が明るく照らされる。

俺はそのうちにメリーヌの横まで階段を下りた。

そこから、俺達は横に並んで階段を下りた。

階段が終わると、そこには長い廊下があった。

廊下の両側には鉄の檻が付けられている。


「なあ、ここって」


「ええ、地下牢よ」


メリーヌは廊下の奥まで進むと奥の壁に手を当てた。

すると、奥の壁が文字どうり消えた。

本当に跡形も無く。

驚く俺を他所にメリーヌは奥に現れた通路を進んでいく。


「早くしないと元に戻るわよ」


俺は小走りでメリーヌの元まで行った。

途中で何かにつまずいてこけ掛けたのをメリーヌは笑った。


「ここって……」


「王族専用の脱出路よ」


こんなに、気楽に使っていいものだろうか?

まあ、王族のメリーヌが使っているのだから問題は無いんだろう。


「……」

「……」


そこから、会話が途切れた。

そうして、十分くらい歩いただろうか?

通路に梯子が掛かっていた。


「ここを上って」


「俺が先に行くのか?」


「私のスカートの中を見たいの?」


メリーヌはからかうような笑顔で言ってきた。

また、からかわれるネタを作った。

俺はこれ以上自爆する前に、梯子に手をかけてゆっくりと上っていった。



梯子は森の中の掘っ立て小屋の中に続いていた。


「まだ、着かないのか?」


その、小屋をでてもう長いこと立っている。

小屋が見えなくなった時から、歩いた歩数を数えていたが百を越した辺りから数えるのを止めた。

おまけに、ここは森の中で道は整備されていない。

今、通っている所も、多分獣道だ。


「もうちょっとよ」


メリーヌはさっきから同じ答えしか返さない。

目的地を聞いても秘密の一点張りだった。


「……」


まえを歩いていたメリーヌが急に立ち止まった。


「どうした? 道にでも迷ったか?」


冗談のつもりだったがメリーヌは答えない。

まさか、本当に迷ったのか?


「駄目ね、囲まれているわ」


メリーヌは、肩を竦めながら言った。


「なに・・」


俺は何に囲まれているか聞こうとしたがそれは必要なかった。

前方の獣道に白く大きな狼を表す。

体長は二メートルほどで、向こうの狼には無い白い角が一本額から生えている。

俺は逃げ道を探そうと後ろを向いた。

だが、後ろにも同じ生物がいた。

そのまま、後ずさった俺と、メリーヌは背中合わせの形に成った。


「あら、竜姫を昼食にしようとでも言うの?

いい覚悟じゃない」


後ろではメリーヌさんがノリノリで先頭体勢に入っている。

これは、転生して初のバトル展開か?

メリーヌが目の前の狼をにらみ付けたまま言ってきた。


「前の奴は私が、左右は眷族が引き受けるわ」


「俺は後ろのやつか?」


後ろで、メリーヌが頷く気配がした。


「盟約を履行し我が元に来たれ『ワイバーン』『ファフニール』」


前を見ているせいで見えないがメリーヌが眷族を召還したようだ。

そして、背中からメリーヌの体温が消え去り、後ろから轟音が聞こえる。

どうやら、戦闘を始めたらしい。

ここで、俺は一つ問題点に気づいた。

俺、喧嘩すらまともにしたこと無いんだけど……。


「……」


今更、メリーヌに助けを求める訳にも行かない。

俺は覚悟を決めて狼に殴りかかる。


「ぐっは」


だが、あっさりと前足で払いのけられた。

俺は吹き飛ばされ、近くの木に打ちつけられる。

肺の中の空気が搾り出され呼吸が乱れ立てなくなる。

狼は木に持たれかかるようにして、座っている俺にゆっくりと近づいてきた。

そして、俺の目の前まで来る 。

狼の前足が高く振り上げられて……。

俺を目がけて振り下ろされる。


「……」


俺が死を覚悟したとき、急に風景が歪んで、脳内に直接ノイズが響いた。

体に悪寒が走る。

俺の腕が意思とは関係なく動き始めた。

手は、狼の前足を受け止めようとでも、するように上に翳された。


「プレイト ウィ ニノ フォレシェ プラド」


手だけではなく口までかってに動き、俺が聞いたことも無い言葉を話し出す。

翳した手が狼の振り下ろした前足と触れる。

俺は自分の腕がズタズタになる事を覚悟していた。

だが、俺の腕は狼の前足を受け止めていた。

狼の体が音もなく崩れ白い粉末になった。


「はぁ……」


俺は混乱と安堵感でそこから動けなくなった。

しばらく、そうしていた。


「大丈夫?」


目の前まで歩いてきた、メリーヌが俺に手を差し出してきた。

彼女に外傷らしいものは一切無い。


「ありがとう」


俺はその手を握って立ち上がった。

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