第6話 召使とメイド

「少し、着替えて来るから待てって」


部屋から出たときメリーヌは振り返ってそう言った。


「解った」


 本当は嫌だ。

 メリーヌは黒いドレスにハイヒールで動きにくそうな格好をしている。

彼女が着替えたいと思うのもやむ得ないと思う。

 だが、女子の少しは男子が昼飯を済ませられる位には長いんだ。

特にファッションに関する事になると余計に。

 ところが、もしここでNOと言った所で、今度は『命令』されるだけなんだろう。

どうせ結果が同じならここでもめるだけ無駄だ。

 悪態の一つでもついてやりたい気分だ。


「ちゃんと、待ててね」


 メリーヌが顔を近づけて小さな声で言って来た。

 フワリと彼女のほうから良い臭いがしてくる。

その、香りに頭がクラクラしてきた。


「ふふっ」


 メリーヌは少し笑うと、俺の頬をそっと撫でてきた。

そして、彼女は何事も無かった化のように機微を返して廊下の向こうに歩いていった。

 俺は意味も無く撫でられた頬を手で押さえながらロレーヌを見送った。


「……」


 メリーヌには勝てそうに無い。

俺は諦めて、ここで待つ事にした。


※※※※


 ……やっぱりこうなった。

俺の感覚では大体、三十分位待っていたがメリーヌはまだ来ない。

 そもそも、彼女の私室が何処に有るのかも解らない。

ひょっとしたら行って帰るだけで、この程度の時間が掛かるのかもしれない。


「いかが、なされましたか?」


 横から誰かに声をかけられる。

俺が何気なく振り向くと、そこには人の頭蓋骨があった。


「……!!」


 人間本当に驚いた時は声が出ないらしい。

俺が恐怖の余り動けないでいると相手は何か勘違いをした様で手を胸に置いて一礼しながら行った。


「昨晩、お部屋まで案内させてもらったジェームズです」


 ああ、昨日のスケルトンか。

本当に一瞬、心臓が止まるかと思った。


「それは……」


 俺は先ほどの経緯を全てジェームズに話した。

ジェームズは頷きながら俺の話を聞いているが顔が骸骨なのでどんな表情をしているかまでは解らなかった。


「メリーヌ様の部屋までご案内いたします」


 話を聞き終わったジェームズはそう言った。


「いや、別にいい」


 ジェームズも暇ではないだろう。

さっきから、廊下を行き来しているのを何度か見かけたし……。


「……姫様は人との約束を忘れる事が…」


 ジェームズには目が無いが、もしこいつに目が有ったなら、それは多分何処か遠いところを見ていたんだろう。

こいつも、メリーヌに振り回された事があるのかもしれない。


「解った、案内してくれるか?」


俺はジェームズに案内して貰う事にした。

正直、待つのも飽きた。


「此方です……」


 ジェームズは一度頷くと、廊下を歩き出した。

俺も、その後ろをついて行く。

ジ ェームズの歩く速度は昨日よりはやい、ひょっとしたら予定が詰まっているのかもしれない。

俺はジェームズに置いていかれない様に速度を上げた。

 もし、ここでジェームズと離れたら食堂にすら戻れる自信は無い。

 そうして、丁度角に差し掛かったとき。

 廊下の角から誰かが飛び出してきた。


「あっ!!」


俺と相手がお互いに気づいて同時に声を上げた。

だが時は既に遅く、俺も相手もそれ以上の反応はできず相手とぶつかり。

抱き合うようにして転んだ。

俺は相手の下敷きになる形になった。

 顔が白い布で隠されて何も見えない。

あと、何か良い臭いがする。

良い臭いがするけど……苦しい。

 俺は酸素を得ようと動く。


「ヒャッ、動かないでくださいっ」


 何処からか、可愛らしい声が聞こえる。


「何だか、面白そうな事をしているわね」


聞き覚えのある声が聞こえると同時に、俺の呼吸が自由になった。

さっきまで、暖かいものが当たっていた顔に冷たい外気が触れて気持ち良い。


「大丈夫、ファニー?」


 近くには、メリーヌが立っていた。

服装はドレスから、中世ヨーロッパの町娘の様な格好に変わっている。

彼女はメイド服を着た少女をお姫様抱っこしていた。

この子がファニーだろう。

 綺麗な金髪をショートカットにした、何処か気の弱そうな女の子だ。

ファニーはメリーヌにコクンと頷いた。

メリーヌはファニーをそっと床に下ろす。


「さて、説明してもらえる?」


メリーヌが俺のほうを見て言った。

何だか、目が冷たい。


「何を…」


「もちろん、ファニーの胸に顔を押し付けた事についてよ」


 何だか、メリーヌの方から冷たい空気が流れてくる。

俺はさっき、そんな状態に成っていたのか。

 完全に不可抗力なのだが今のメリーヌさんにその言い訳が通用するとは思えない。


「あの、私が…ぶつかったんです」


 思わぬところから救いの手が伸べられた。

ファニーが俺の代わりに弁明してくれた。

 なんだか、その健気な姿に罪悪感が湧いてきた。


「そう」


 メリーヌは納得したようだ。

俺はホッと胸を撫で下ろした。


「行きましょう」


 メリーヌがそう言って俺の方に歩いてくる。

そして、すれ近いざまに俺の脛を蹴て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る