第5話 魔王の娘

「ほら、起きて」


 誰かが、体をゆすってきた。

俺が目を開けると、ベットの脇に誰かが立っていた。

 俺は眠気でまだぼやける目を擦る。


「はじめまして」


 そんな俺に微笑みながら女子が挨拶してきた。

 本物の銀で出来ているような綺麗なロングヘア。

人形みたいに緻密に整った顔、その中でもアメジストを思わせる紫色の目が印象的な美少女だ。


「私はメリーヌ」


 メリーヌは握手を求めるように手を差し出してきた。

俺は、それに応じた。

 何か言おうとしたが、眠気で上手く頭が回らなかった。


「お父様が呼んでいるわ」


彼女はそう言って俺の手を引いた。

俺は、手を引かれるまま、ふらふらと彼女について行った。


※※※※※※


 メリーヌは俺を大きな扉の前まで連れて行った。

 扉の前には、ジェームズとは別の、召使らしいスケルトンが立っていた。

スケルトンはメリーヌに一礼すると扉を開ける。

 中は食堂のようで、大きな机が一つと椅子が幾つか並んでいた。

その中に三人分の食事が用意されている。

 一番奥の席には誰かが座っている。

その人物の顔は、手に持っている紙に隠されて見えない。


「お客人をお連れしました、お父様」


メリーヌが、その人物に声をかける。


「座れ」


 あれ、なんか声に聞き覚えが……。

メリーヌの『お父様』は書類を机の上に置いた。

書類の奥からフォルネウスの顔が現れた。

 お父様って事は、メリーヌは……。


「いただきます」


 驚く俺を他所に、メリーヌは食事を取り始めた。

フォルネウスも書類に目を通しながらトーストを齧った。


「お父様、食事の時くらい仕事の事はお忘れになったら」


メリーヌがフォルネウスに言った。


「これだけは、終わらせねばなら無いのだ」


 フォルネウスは書類から目を離さないまま答える。

メリーヌもその答えを予想していたのか、肩を竦めただけで何も言わなかった。

 魔王も人間と同じように仕事があるらしい。

 書類を読んでサインしていく姿は、魔王と言うよりも人間の会社の社長みたいだ。


「魔王様……」


部屋にスケルトンのジェームズが入ってきた。


「如何した、ジェームズ」


ジェームズは書類を数枚フォルネウスの前び置きながら言った。


「例の件でお話が……」

「少し、外で話そう」


 フォルネウスが席を立った。

まだ、トーストを二口齧っただけで。

 魔王も楽じゃなさそうだ。


「夏実 慶よ」


部屋から出る前にフォルネウスが俺を呼んできた。


「はい」

「良ければメリーヌの遊び相手になってはくれぬか?

 この城に同年代の友がいないのだ」


 そう言った時のフォルネウスの顔は娘思いの優しい父親の顔だった。

フォルネウスが部屋から出て行く。


「まったく、朝食ぐらいちゃんととればいいのに」


 フォルネウスが出て行った扉を見ながらメリーヌが言った。

彼女の顔には諦めが半分、もう半分は優しさがあった。

 親子仲は決して悪くないんだろう。


「ごめんなさい、何時も忙しいから」

「いや、面倒見て貰っているだけ純分だよ」


これは、メリーヌに気を使って言った事ではなく本心だ。


「そう言ってもらえると、ありがたいわ」


 メリーヌがウインクしながら言ってきた。

かわいい。

 俺は自分の顔が熱くなるのがわかった。


「ふふ、可愛い」


 そんな俺をメリーヌは微笑ましそうに見ている。

何だか、年上のお姉さんにからかわれているみたいだ。

 そう言えば、彼女は何歳位なのだろうか?

 フォルネウスは二千年以上は生きているみたいだし、そんなフォルネウスに取っては20年や三十年さなんて、同年代の範囲だろう。

だとすれば、彼女の年齢が俺よりずっと上と言う事も十分考えられる。

 悪魔の寿命がどの位なのか解らないが、フォルネウスは三十代くらいに見えた。

 メリーヌは10代後半に見えるからひょっとして千才?


「今、失礼な事考えてない?」

 

 正面に座っているメリーヌが、ニッコリと笑って聞いてくる。

何だか、その笑顔が怖い。


「いや、なにも……」

「何を考えていたの?」


俺はとぼけ様としたが、メリーヌは最後まで言わせてくれなかった。


「はいメリーヌさんの年齢がどの位か考えていました」

「あら、どの位に見える?」

「千さ……」

 

一瞬、メリーヌの笑顔が引きつる。


「十六歳」


俺はとっさに俺と同じ年齢を答えた。


「惜しいけど間違い、十七歳よ」


 あれ、案外人間の感覚でも同年代だった。

フォルネウスの年齢に対する感覚は思ったより人間に近かったようだ。


「間違えても、千才とか言わなくて安心したわ」


 メリーヌは満面の笑みを浮かべて言って来た。

俺の背中に得たいも知れない寒気が走った。

 これは絶対怒ってる。


「そうそう、貴方の名前聞いていなかったわね」


どんな事を言われるのかビクビクしていた、俺は胸をホッと撫で下ろす。


「俺は…」


俺は名乗ろうとしたが、メリーヌが手を出してそれを止めた。


「ミレスなんてどう?」

「はぁ?」


俺が訳の解らなず混乱していると、メリーヌが言葉を続けた。


「魔族としての貴方の名前」


人間の名前のままじゃ、駄目なんだろうか?

俺は正直そう思ったが、


「解った」


これ以上彼女の印象を悪化させる事も無いだろう。

その名前を受け入れる事にした。


「なら、命令よミレス机を本気で殴って」


 メリーヌがいきなり訳の解らない事を言い出した。

だが、更に訳がわからない事に俺の手が勝手に動いて机を本気で殴って。


「痛った」


 俺はこぶしを擦る。

いま、何で俺の体勝手に?


「魂は魔族に取っては魂と同義。

相手の名前を受け入れるという事は相手の支配を受け入れるという事よ」


 メリーヌが指を一本立て、済ました顔で言って来た。

俺は、どうやらさぎられて人権を剥奪されたらしい。


「……」


 俺が絶望的な顔をしていると、そんな俺の様子が可笑しかったのかクスリと笑ってから、

彼女はこう言った。


「大丈夫、私の気が済めば開放してあげるわ」


これは、どうやら千才と言ったことに対する仕返しのつもりらしい。


「じゃあ、少し外に行きましょう」


 彼女はそう言って外に出て行った。

俺は、彼女の後を体が勝手について行く物と思っていたが、そんな事は無かった。

 どうやら、『命令』されなければ強制的に何かをさせられる事は無いらしい。

俺は自分の意思で彼女の後を追った。

 出来だけ早く彼女の気が済むことを祈りながら。

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