第42話 筋肉ダルマ トカゲを喰らう

 最初に異変に気付いたのは、意外にも奈美だった。

 それもそのはず、華の血を吸って封印を解かれようとしている『魔導書』を思いっきり踏みつけていたのが奈美だったのだから。

「なんか本の裏に何かいる~」

「はっ?」

「ゴキブリ?」

「ん~にゃ…もっと柔っこくて~デカい気がする」

「足どけなさいよ奈美」

 琴音がスリッパを構えて本に近づく。

「ん~なんか~嫌な予感がするのよ…どけてはいけないよ~な」

「そうよ琴音、ここの書庫は普通の本ばかりじゃないわ、うっかり変な本に関わってわいけない」

「華!アンタ馬鹿なの、アタシ達は、今、その書庫で大騒ぎしてたのよ! 今さら何抜かしてんのよ! 手遅れよ!」

 琴音が怒るのも無理はない。

 なぜなら、本の下からゴツイ腕がニュッと出ているのだから…どう見ても手遅れだと判断した琴音は正しい。

 そして、その腕を抑えつけているのが…奈美なのだ。

 まるで地雷を踏んで、1歩も動けなくなった兵士のようなものだ。

「開いたら…閉じればいいのよ…たぶん…」

 華がゴツイ腕を見ながらゴクリと生唾を飲む。

 なんとなく解るのだ。

 出しちゃいけないモノが、うっかり出掛けちゃってる気がする。


「ど~すんのよ~、なんかものすごい押しのけようとしているんですけど~」

 奈美が必死に足で本を押さえている。

「コイツは開けば出て来るし…閉じるにはひっくり返さなきゃならないし…」

 琴音がスリッパでペシペシとゴツイ腕を叩く。

「この段階で頼れるのは、アンタだけのよ~華」

「そうよ奈美を見て…ギリギリよ…あの顔」

「華…よく聞きなさい、ダムで結界に繋がる致命的な穴をガムテープで補強しろって言われているようなものなのよ…」

 奈美が泣きそうな顔で訴えてくる。

「華! なんとかなさい! 街を水没させる気なの? あのペラペラの女じゃ持たないのよ!」


「えぇーい! ファイヤーボール!」

「えっ?」

 華は奈美の足元に火球をすっ飛ばした。

「アチッ」

 奈美の足が本を離れた瞬間ゴツイ腕が火球を弾き飛ばす。

「紙だから…燃やせばいいと思った…すまんかった」

 3人の前に家で飼うには大きすぎる黒光りする筋肉ダルマがムキッと立っていたのである。

 暗い書庫で、異様に光る白い歯が不気味だ。

「ヤバイ…アタシのダメなタイプ~、見てるだけで妊娠しそう~サブイボがほらっ」

 細い腕を琴音に見せる奈美、その腕をスリッパでペシーンと叩く琴音。

「AHAHAHAHAHAHA」

 嬉しいのか、笑っている。


「おうおう…ご苦労さまでしたな華様」

 いつの間にか書庫に降りてきていたご主人様。

「さーかーきー! 貴様!〇×△×☽!!!」

 華が責任転嫁しようと必死でわめき散らす。


「これが魔神ドグラ・マグラですか、うんうん、これは頼りになりそうだ」

 相変わらず笑っている魔神ドグラ・マグラ。

「アレ…頼りになるの?」

 奈美が琴音に小声で尋ねる。

「さあね…出てきたものは、戻せばいい…さもなければ生ごみで捨てればいいのよ」

 琴音がドグラ・マグラに飛びかかる。

「そうね」

 華が薄い胸の前で両手で印を結ぶ、邪魔する胸が無いせいなのか早い。

「先手必勝! 喰らい尽くせサラマンダー」

 華の目の前で空間が裂け、炎を纏った無数の火トカゲが琴音を追い越してドグラ・マグラに飛びかかる。

 炎に包まれたドグラ・マグラにナイフを突き立てる琴音。

 護衛の名目上、最低限の武器は持ちこんでいるのだ。

 キーンッと折れる琴音のナイフ。

「AHAHAHAHAHA」

 笑い声が途絶えない…身体を這いまわり黒い筋肉に歯を立てる火トカゲを両手で交互に掴み、喰らいだすドグラ・マグラ。

「桁違いだ…」

 榊さんが驚嘆の表情でドグラ・マグラを見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る