第38話 出会いはナポリ
「専門学校を卒業して、上京したのよアタシ」
と琴音は懐かしそうに過去を語る。
女だらけの職場と言うのは中々に難しい人間関係があるものである。
ましてや実力重視のネイリスト。
指名数が物言う世界となれば、なおさらである。
琴音は割とリピーターも多く、忙しい毎日を送っていた。
周りからの嫌がらせもあったが…それも含めて充実していたと琴音は笑った。
相手をしない…のが一番だよ…だけど、この方法が逆効果を産むこともある。
琴音は孤立させられた。
指名が入っている時間はいい、仕事道具だけ悪戯されないように気を付けていればいい。
指名の無い時間は苦痛以外の何物でも無かった。
「琴音が?苛められてたの?」
華が驚く。
「そうよ…まだ職場にも街にも慣れてないのに…アタシ可哀想だったの」
今の琴音からは想像できないが、上京したての20歳の娘だったのだ。
「遠い昔の話なのね~」
「そう遠くないのよ…つい最近よ」
「歳を取ると時間がね~1年早いらしいわね」
華が琴音の肩を憐れむようにポンポンと叩く。
奈美が出るタイミングを見計らって、身体をピクピクさせているのだが…どうにも間が掴めない。
(なんか…最近アタシ影薄い…)
「そんな頃よ、奈美と出会ったのは」
「出番来たー!」
奈美が小走りに2人の間に割って入る。
「ワタシね~、その日は、どうしても足が会社に向かなかったのよ」…琴音が話を続ける。
「うん、それで?」
なぜか奈美が琴音に聞く。
「奈美が聞くの?アンタの話でもあるのよ」
華が珍しい生物を見る目で奈美を見る、その目はミニチュアネッシーを見るより驚きに満ちている。
サボッちゃったのよ…初めて、電話は入れたけどね~、で…そのまま行くところも無くて、なんとなく入り易そうなファミレスでボーッとしてたの、そしたらね、知らぬ間にランチタイムになっていてね、混雑してきて…相席を頼まれたのよ。
「それが奈美!」
華がポンッと手を叩く。
「そう…奈美だったのよ…はぁ~」
「なんで嫌そう?」
不満そうに奈美が琴音を見る。
「この女はね~」
座る早々に、メニューを開いて、ブツブツと読み上げて、あーでもない、こーでもない、とまぁ決まらないのよ、注文が…ず~っと店員さんに何か聞いてるの。
アイスはどーだ?コーヒーの豆は何だ?とか…イライラしてきてね。
ワタシ、ナポリタンひとつって注文しちゃったの。
早く決めろ!って言いたかったのよワタシ。
「そうだったの~…初耳~」
奈美が興味無さそうに応える。ミニチュアネッシーに玉乗りを仕込みながら。
結局ね、奈美は御飯らしいもの頼まないのよ!
アイスとかケーキばっかり頼むの、あれだけコーヒーのこと聞いたのに紅茶頼むし!
それでね、アイス食べながら、ワタシの頼んだナポリタンをジーっと見てるのよ。
「そんなに見てたかな~食べたかったんだよ…ひとくちだけ」
「ねっ!この口調で、初対面のワタシに、ひとくち頂戴って言ってきたの!」
「無いわ~…奈美…それは無いわ~」
華が奈美を軽蔑した目でジトーッと見る。
なんかね…それで、お皿ごと差し出したら、奈美がアイスの皿をワタシに差し出したのね…ほぼ完食した皿をね。
そしてこう言ったの、
「バニラは食べちゃダメ」
プレートには、バニラ・ストロベリー・抹茶・ショコラ…とまぁ色とりどりのアイスが全部中途半端に残してあるのよ…小汚く…。
挙句に溶け出してるから、どこがバニラだが…抹茶だか…。
「食べたの?」
「食べたわ…だって、このバカ、ワタシのナポリタン、ひとくち超えて、ほぼほぼ食べてたんだもん」
「美味しかった…お金が有ればナポリタンも食べたかった~」
「奈美って、昔からそんなだったのね~」
「昔ってほど昔じゃないわよ~」
「そうね…7~8年前だもんね…奈美と琴音にとっては一瞬の出来事よ」
華がシミジミと頷きながら余計な事を言う。
琴音に叩かれて頭を撫でながら華が聞いた、
「で?どうして今に至るのよ?」
「お金…貸したの…奈美に」
「借りたの…お金…足りなかったの…」
奈美がアハハと笑う。
「奈美…誰からでも気軽に借りるのね…」
華が呆れて溜息をついた。
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