第7話 日焼けと霜焼け

「マジ?人面犬見たの?」

「ふふふふふ…見た…正体も知ってる」

「正体ってなによ?人面犬は人の顔した犬じゃないの」

「守秘義務です!」

 きっぱりと言い切って、右手で会話を遮る奈美。

「あんた…人面犬の人権を認めるのね…患者の個人情報は駄々漏れのくせに」

「患者の前に友達だもん」

「…友達の前に患者だったでしょ…出会いは診察室でしょ」

「そんな、出会いだなんて…なんか照~れ~る」

 奈美が両手で顔を覆う…指の隙間から目が出てるあたりが軽く腹立たしい。

「照れるって…まさか!付き合ってるとか?」

「えっ?誰と…人面犬?」

「アンタ…いや…もういいや…」

「誰とも付き合ってません~、奈美は、まだ誰のモノでもありませんよ♪」

「うん…ずっと誰のモノにもならない気がするよ…アンタもアタシも…」


 ず~んと重くなる四捨五入で30歳で女2人であった。

 2人の年齢を足すと50を超える関係であった。


 ………………♪♪………………

 ぴんぽ~ん♪

 診察室の呼び鈴が鳴る。

「は~い」

「あの…予約してないんですけど…いいですか?」

 綺麗な女性の声がする。

「はい…大丈夫ですよ」


 快く引き受ける奈美…今日はヒマだったのだ。

 ちなみに昨日もヒマだった。

 おそらく明日もヒマだろう。


「突然すいません」

 ドアを開けると…色素薄い系、薄幸美人が立っている。

 あ~…なんかムッ!…いけない、いけない、客!客!…いや患者。

「どうぞ~」


「どうされましたか?」

 診察室でキョロキョロとあたりを見回す薄幸美人。

「あの~なにか…」

 奈美が聞くと

「あっ!はい…すいません…リモコンどこかなと思いまして…」

「リモコン?ですか?なんの?TV?」

「いえ…クーラーの」

「あぁ…暑いですか?」

「はい…とても…」

「じゃあ、少し下げましょうか…」

「お願いします…」


 ………………♪♪………………

「病院っぽくないんですね…」

「あぁ~カウンセリングですからね、リラックスしていただけるようにと…」

 確かに診察所というより、あまり余計な物がないリビングである。

 決してお金が無かったとか…いまだに無いとか…そういう理由ではない。

 断じて違います。


「あの~それで今日は、どうされました?」

「はい…私、夏がダメなんです…憂鬱になるというか、本来の自分を出せないというか…とにかく気分が沈んでしまって…何をしていても楽しくないんです…」

「あ~季節の変化が、気持ちに影響を与えるって珍しいことじゃありませんよ」

「えぇ…冬は大丈夫なんですよ。毎日、楽しいというか元気になります」

「はぁ~、夏に嫌な思い出があるとか…」

「嫌な思い出と言うか…はぁ~~~」

 薄幸美人が溜息をつく。


「ところで…寒くないですか?」

 奈美が薄幸美人に尋ねる。

「えぇ…大丈夫です」

「そうですか…アタシあったかいものを…」

 無理もない…アイス3個を食う奈美が寒いと思う温度。

 冷房MAX急速設定である。

 エアコンがゴファーっと音を立てている。


「どうぞ…」

 奈美が熱い紅茶を差し出す。

「お構いなく…」

 顔が心底迷惑そうだ。

「御嫌いでしたか?」

「熱いモノが苦手で…」

「あ~紅茶が嫌いなわけじゃないんですね」

「はい…好きですよ、アイスティ」

「氷持ってきますね」

「ご心配なく…自前があります」

「はい?」

 薄幸美人が紅茶に息を吹きかけると、紅茶の表面に氷が張る。

 なに?目を疑う奈美。

 お構いなしにシャーベット状になった紅茶をシャリシャリ食べる薄幸美人。


「あの~」

「あっすいません…私…信じてもらえないとは思いますが…雪女なんです」

「名前が!ということじゃないですよね~」

「えぇ…違います…名前は、冬月夏音ふゆつき なつねといいます」

(寒いんだか…暑いんだか…)

「保険証お預かりしますね…しかし…大胆なお名前ですね」

「先生は、信じてくれるんですか?」

「雪女ですか…信じるというか…珍しくないというか…慣れました」

「カウンセラーですもんね…そういう変な人も多いんでしょうね」

「いえ…変な人というか…人と言っていいのかどうかみたいな人が多いというか」

「大丈夫ですよ…私も慣れてますから」

 冬月さんが力なく笑う。


 ………………♪♪………………

「えっ?そうなんですか?吸血鬼も来るんですか」

「えぇ…信じてもらえないかも知れませんけど」

「いえいえ信じますよ、私も雪女ですから」

 奈美が毛布にくるまる頃、ようやく打ち解けたようで、冬月さんはよくしゃべる。

 あるいは、冷えてきて元気になったのかもしれない。


「先生、おかげで少し元気がでました」

「いえ…いえ…お役…に…たて…れれれ…ば…寒い…いえ…幸いです」

 すでに歯の根が合わなくカコココココ歯を鳴らしながら答える奈美。


 玄関で深々と頭を下げて冬月さんが帰ろうとする。

 外の日差しに大きくため息をつく冬月さん。

 充電されてしまったのか…溜息が奈美の足元をガッチリと凍らせた。

「えっ?」

「あらっ!」


「動けない~」

 奈美の足が自然解凍される頃…夕日が差し込む時間となっていた。


 顔は日に焼け、真っ赤になって…

 足の指はしもやけで赤くなりました。

(真夏にしもやけって…どうよ…)

「顔と足が…痛痒い~!」

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