第6話 月に吠える
「桜さんてさ~イケメンなの?」
「イケメンというか…整ってるけど、特徴ないというか…」
「吸血鬼って美形じゃないの?」
「アタシもそう思ってたんだけどね…」
「違うの?」
「桜さんの話だとね…血を吸うにも好みの人がいいわけよ、男も女も、だから自然と容姿が整ってる人が多いんじゃないかって言ってた」
「なるほど…新説よね」
「新説というか、本職の話ですからね…真実でしょ」
奈美がアイスのスプーンを咥えながら答える。
「で…梅田さんは?」
「梅田さんは濃いね…」
「毛が濃い人だっけ」
「うん、毛も濃いけど、顔が濃い…」
「それは、ちょっとパスかな」
「人も犬も恋愛対象だし…ストライクゾーン広い人だね」
「ストライクゾーンっていうか…野球の枠を飛び越えてるよね」
「だからアレよ!競泳水着で野球するみたいな!」
「変態だよ…退場だよ…」
奈美の前に2個のアイスのグラスが並ぶ。
「奈美…アンタ、アイスばっかおかわりするね…見ててキモいよ」
「そう?」
今まさに、3個めを追加しようと右手を挙げた奈美。
先手を打たれた感半端ない…挙げた右手を慌てて戻す。
「松下さんは?」
「松下さんは…トンボに似てるよ」
「トンボ?」
「そう…トンボ」
「ドラゴンフライ?」
「うん…ドラゴンフライ」
奈美がメガネのジャスチャーをする。
「虫系は嫌だな~カキカキ鳴きそうで」
「そうだね…それに!2人に告白してOKでないと季節限定ラバーになっちゃう」
「面倒くさい人だね~」
「すいませ~ん、アイスもう一つください!チョコかけて♪」
「結局食べるのね」
「うん…でも3個で我慢する」
「3個を我慢って言わないよ」
「我慢だよ…食べたいもん、もっと」
「お腹壊すよ…」
………………♪♪………………
「お腹痛い~」
いつものカフェを出て、1時間…デパートのトイレを占領中の奈美である。
くどいようだが…四捨五入で30歳…プリキュアのコスプレには抵抗があるお年頃の娘さんである。
抵抗はあっても恥じらいはないようで…先週やっちゃったわけだが…。
今週はトイレでやっちゃっているのである。
危なかった…もし…トイレ探しに迷っていたら…そう考えると恐ろしい。
「お腹が痛い~………大丈夫かも?」
どうやら峠は越えたようだ…。
「食べた以上に出たような……これって損してない?あっ!でも痩せたかも♪」
こんな考え方だから…アイス3個食ったらどうなるか…想像できないのである。
なんとなくではあるが、身が軽くなったような気がして、夜道をスキップで歩く奈美。
「今日は満月だ~」
黄色いお月様がキレイな夏の夜。
公園でブランコに乗ってキーコ・キーコしていたら…。
(うっ…第2派…来たかも)
ふたたび腹痛に見舞われる奈美。
不本意ではあるが…公衆トイレに入る。
(なんか嫌だよ~)
不気味で汚い…それが公衆トイレという場所である。
そして…やることが無いので、落書きを隅から隅まで読んでしまう、それも公衆トイレである。
お決まりの卑猥なマークや、携帯番号…いつの時代も変わらない。
『人面犬が出る公園』
そんな走り書きが目に入る。
「人面犬って…いるわけないじゃないの」
自分の患者に似て非なるモノがいるのに…この思考である。
うぉぅぅぅぅうおおおおおぉ!
外で遠吠えが聴こえる…。
思わずビクッとなる奈美。
『人面犬が出る公園』
奈美の視線は再びその文字に吸い寄せられる。
そろ~っとトイレから出て公園を忍び見る…。
街灯の下に大きい犬がいる。
後を向いている…というか…月を見ている。
(チャ~ンス)
そろ~っとトイレから離れる奈美。
抜き足…差し足…忍び足…抜き足…差し足…忍び足…。
ぶ~ん…ピトッ…。
奈美の髪に何かが止まる。
手で取ろうとすると、硬いナニカがモゾッと右手の中で動く……緑のカナブン。
「ヒッ!」
思わず声が出た!
そのメタリックグリーンを地面に振り落すと…。
「あっ!」
大きな犬がコチラを見ている。
目と目がバチッと合う。
「なに見てんだよ!」
「ぎゃぁあーーーーー……犬面人でたーーいやぁーー」
パニックの奈美。
「人面犬だよ!」
まさかのつっこみ。
「犬につっこまれた~」
泣き出す奈美。
「犬じゃねぇよ!狼だよ!」
「狼に怒られた~」
(狼…?…ん?)
両手で目を擦って、街灯の下へ恐る恐る歩き出す奈美。
「梅田さん?」
「ん…先生?」
………………♪♪………………
ブランコをキーコ・キーコする奈美、その横でお座りする梅田さん(人面犬)
「梅田さんって…そういう感じになるんですね~」
「いや…いつもじゃないよ、今日は月に雲がかかってるから」
「あ~、そうすると、そうなるんだ」
「はい…」
「人面犬って、中途半端な狼男だったんですね」
「まぁ…そういうことになりますかね」
「ひとつ聞いておきたいんですけど……」
奈美が聞きにくそうに尋ねる。
「梅田さんって…狼に成れる人なんですか?それとも、人に成れる狼なんですか?」
「……………考えたことありませんでした…………」
しばらく無言で時の流れを感じました。
ヒョイッとブランコから飛び降りた奈美。
「そんなに深く悩むことないですよ、梅田さん」
「保険証はあるので、人ベースだと思います」
胸を張って答える梅田さん(人面犬)
「そうですね♪帰ろうっと…また来てくださいね」
「はい…」
「あっ!」
梅田さんの前にしゃがむ奈美。
「お手!」
反射的に右手(右前足)をハシッと奈美の手に乗せる梅田さん(人面犬)
「うふふっふっふふふっふ」
楽しそうな奈美であった。
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