第3話 身体ひとつに心は2つ

「でさ!今度の満月に生狼男見に来ない」

「…アタシ吸血鬼ですら信じてないのに、狼男って」

「なんで!生変身だよ」

「狼男見に来ない?ってナニ?新手のナンパですか?知り合いじゃなかったら、グーでいくよ!」

 グーがグッと、奈美の眼前に拳が突き出される。

「信じてない~」

 ふて腐れ気味に奈美が溜息をつく。

「アンタ、カウンセラーでしょ。開業したんでしょ。なに?お化け屋敷のオーナーになるの?」

「ん?」

 少し首を傾げて考える奈美。

「それもいいかも♪」

 ニタッと笑う奈美。


「まぁ…変人ばっかだけど客は入ってるのね」

「うん♪今日も予約入ってる」

 ペロッと舌をだし、横ピースする奈美。

「2人も?」

「ううん…2人というか…一人だけど2人みたい」

「はぁ?」

「なんか多重人格らしいのよ」

 小声になる奈美。

「また…複雑な客を…」

「あのねー客ってのやめて!患者」

「客でしょ…金持ってくんだから」

「患者なの!救いの手を待っている患者さんなの!」

「はいはい…まぁ頑張りなね」

「うん♪」

「景気のいいとこで奢ってね…あと…三十路の横ピースイタいよ!」

「うん…」

 凹む微妙なお年頃である。

 四捨五入が憎くなる境目を去年突破したのだ。


 ………………♪♪………………

「予約した松下です」

「お待ちしてました…どうぞ~」


「なんでも多重人格だとか……」

「解離性同一性障害です」

「……はい……」

「御存知ですよね?」

「も…もちろん」

「じつは…先祖がスコットランド人でして、ジキルとハイドのモデルとなったウィリアム・ブロリーです。御存知ですよね…心理学者なら?」

「も…ち…ろん」

 奈美の顔がやや斜めに傾きだした。

 目線が天井を向いている…早くも限界だ。

 正直な気持ちは

(ナメてた~、マジもん来ちゃった~)

 である。


「先祖代々、たまに出るんですよ、家系というか…二面性というか…」

「はい…突発的に入れ替わるんですか?」

「いえ、主に冬期間が多いんです」

「はい?」

「だから…冬にね」

「冬限定の人格交代ですか?」

「…そこが悩みでして……」

「ビールか!季節限定品気取りか!」

「えっ?」

「いえ…つっこみ……です」

「あっ…はい」

(やりづれ~!なんかノリが、空気が、すべてが…)


「で…それで困ってるってことは…その人格に問題が?」

「いえ…それが、いい人なんですよ…ホント」

「ん?いい人…なんですか?暴れないんですか?若干の肩透かし感は否めませんよ、アタシ」

「う~ん…いい人です。無償の愛を万物に注ぐような人格です」

「あ~では、あなたに問題が?」

「私は真面目な人間です!普通より少し堅物かも知れませんが…」

「いいいじゃないですか…じゃあ」

「良くないんです…春になると、借金が増えてたり、モノが無くなってたり」

「あ~そういう人ですか~」

「そうらしいんです」

「ひとシーズン入れ替わるんですか?」

「毎年ではないんです…4年に1度くらいかな?」

「オリンピックの年!」

「関係ありませんね」

「肩透かし感は否めませんよ、アタシ」


 ………………♪♪………………

「お話は理解しました」

「なにかいい方法が?」

「やってみましょう!催眠療法!」

 5円玉に糸を通したものを白衣のポケットから得意気に取り出す奈美。

 その姿…青い猫型ロボットが未来の便利道具を取り出すような効果音が聴こえるような気がした。

「松下さん!リラックスしてください!」

「催眠術…心得があるんですか?」

「大丈夫です!事前に鏡の前で自己催眠をかけてあります」

「えっ?」

「アタシは世界一の催眠術師だ!ってね♪」

 ペロッと舌をだし、横ピースする奈美。

 四捨五入が憎くなる境目を去年突破した…のである。


 催眠治療の結果は推して知るべし。

「またのご来店お待ちしてま~す」

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